2-2

「……ごめん。ちょっと考えさせて」



***


 ピー、という音ともにそれまで流れていた音声が途切れた。


 机の上に置かれたボイスレコーダーを理恩は手に取ると、オカルトミステリー研究部の面々は張り詰めていた呼吸を吐き出した。


「いいんじゃね?」

「宝生くんの言った通りにしたけど……。あんまり心を開いてくれた感じはしないよ」


 梢が理恩に反論すると、佐野が潤んだ目元を手でこすりながら言った。


「小嶋くんが特定の彼女を作らない理由はそこにあったんだね……」


 どうやら佐野は小嶋の話に感化されたらしい。その佐野を見た田中まで涙目になっている。


「ファーストコンタクトとしては手応えは充分だ。このまま友達として毎日会話しろ」

「毎日!? それはちょっと難しいんじゃないかな」

「昼休みに一緒に飯でも食えばいいだろ」

「はあ? 簡単に言わないでよね!」


 そこで梢はハッと我に返った。

 またしても本性が表に出てしまっている。


「……んんっ! で、次は何を聞き出せばいいの?」


 梢が咳払いをしてから問いかけると、理恩は「暫くは世間話でもしろ」と答えた。


「え、世間話?」

「いきなり小嶋尊に会わせろなんて言えないだろ。野神沙耶香の話もまだ切り出せない。そこへ辿り着く為に、まず小嶋周こじまあまねのことを知りたいからな」


 確かに他殺として考えれば、関係者に直接事件の話を聞き出すことはリスクがある。


「梢のことを自分の味方だと思い込ませられれば都合がいい」

「なんか騙してるみたいで嫌なんだけど」

「すでに騙してるんだから気にするな」


 梢は一抹の不安を覚えた。

 この一件が警察の捜査通り自殺だったとしても、理恩の睨んだ通り、他殺だったとしても梢が小嶋周を騙したことは変わらないのだ。


「宝生くん、真相がわかった時は責任取ってくれるんでしょうね」

「大丈夫だろ。モテない男を騙したならいざ知らず、相手は人気者らしいし、梢に騙されたと知ったとしても、ここにいる人間よりダメージを受けることはない」


 あまりの無神経な発言に、梢が顔を青くした。


「俺、部長なのになんもしてないなあ……」


 だが、言われた当人である大森は別段気にする風でもなく、そんなことを悲しげに呟いた。


「やっぱりこの件は部として追うべきものじゃないかしら。といっても私たちには霊感はないから直接解決は出来ないけど、協力はさせて欲しいの。怨霊がいるというだけでも大スクープなのに、それがもし他殺だったとしたらマスコミが来るレベルよ。つまり、我が部が有名になる、部員が増える、部費が増える!」


 神楽坂は気にするどころか目を輝かせている。


「でも、すごく危険なんですよね? 小比類巻さんが倒れちゃうくらいなんだから……」


 そう言ったのは田中だ。いや、そろそろ理恩の言動についての言及を誰かしらしてもいいと思うのだが、と梢は呆れ返った。


「私たちには私たちの出来ることをするのよ。新入部員のふたりにだけ任せておけないわ」

「さすが副部長! 俺は今猛烈に感動している!」


 部長である大森が大袈裟に神楽坂の手を取り、次の瞬間、我に返ったのかわかりやすく赤面をして手を離したが、神楽坂も大森同様に耳まで真っ赤に染め上げている。そして、何故か関係のない佐野、田中までもが顔を赤らめている。


 思いがけないロマンスが産声をあげそうだ。


「だ、だ、だからね。私たちに出来ることがあればなんなりと言って。ほら、大森くんは野神さんとクラスメイトだったんだし、私も小嶋尊くんと同じ学年なんだから色々と動きやすいと思うの」


 まだ赤面している神楽坂は早口でそう捲し立てた。


「わかりました。じゃあ、何かあったら遠慮なく言わせてもらうとして……。でも俺としては普段通りの活動をしていてもらえると助かります」


 普段通りの活動。

 理恩の言葉に全員が壁に貼り付けられた文字を見た。


 【今月のお題……学校の七不思議】


 清々しいほどにB級なお題が、デカデカと掲げられている。


「そうね。これも私たちの大切な仕事だわ」


 大真面目に神楽坂は言ったが、入学して間もない梢と理恩は、この学校に七不思議があるとは知らなかった。


「七不思議……」


 梢が呟くと、大森が嬉々として口を開いた。


「音楽室のバッハの肖像画の目が光る、誰もいないのにピアノの音がする、理科室の人体模型が歩き回る、夜中に学校の階段を上がると昼間より一段多い、地下にあるサブ体育館の鏡を見ると自分の死に際が映る、屋上のプールの4コースを泳ぐと必ず足がつる、あとはトイレの花子さんかな。まあ、旧校舎には花子さんはいなかったみたいだけど」

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