1-6

「宝生くんが……。他には誰かいませんでした?」

「彼ひとりだったわよ? 意識のないあなたを運ぶのは大変だったんじゃないかしら。後でお礼言っておくのよ?」


 梢は胸を撫で下ろした。

 倒れていたなら妙な言動もしていないだろう。

 問題はいつ倒れたのか、だ。こうしてはいられない。


「はい。もう大丈夫なんで戻ります」

「無理しなくていいのよ?」

「ありがとうございます」


 そう言いながらゆっくりと梢は起き上がり、ベッドから抜け出た。怠さは残っているが、歩けそうだ。


「お世話になりました」

「気をつけて帰ってね」


 保健室の入り口まで野々村に見送られると、梢は軽く会釈をして部室へと向かった。


 いつものことだが、意識を取り戻してから誰かに最初に会うのは緊張する。


 どうか、おかしな目で見られませんように――! そう願いながら部室の引き戸を恐る恐るノックした。


「失礼します」


 顔が見えるくらいの隙間から室内を除き見ると、中にいた全員と目が合った。


「小比類巻さん!」


 最初に席を立って駆け寄ってきたのは、神楽坂だった。


「もう大丈夫なの?」


 神楽坂に至近距離で見つめられた。その目は若干、潤んでいて心から心配していてくれたのだとわかる。


「すみません。私、倒れたみたいで……」


 探り探り梢が発した言葉に、神楽坂はうんうんと頷いている。


「旧校舎から出た途端に倒れたのよ。宝生くんから聞いたわ。あそこには厄介な怨霊がいるって。きっと近づいたせいで具合が悪くなったのね」


 怨霊。

 確かにあの嫌な感じは思い出すだけで気分が悪くなる。けれど、この通り無事なところを見ると取り憑かれたわけではないのだろうか。もしくは、宝生が助けてくれた? そう思い、梢は椅子に座ってこちらを見ている宝生へ視線を向け、にっこりと笑顔を作った。


「ええと……。助けてくれてありがとう?」

「そこは疑問形でいうところじゃねえだろ」

「は!?」


 やはり、この男はいけ好かない。

 宝生と話していると、うっかり本性が出てしまいそうになる。

 梢は引き攣った顔をなんとか元へ戻した。


 高校では見た目同様、完璧な女子を演じると決めたのだ。


 こんな瓶底メガネに化けの皮を剥がされてたまるか、と気持ちを落ち着かせるべく、小さく深呼吸をした。


 それから他の4人を見るが、特に梢を変な目で見てくることはないようだった。


 梢は咳払いをひとつすると「ところで悪霊って、やっぱり2年前の?」と話を逸らした。


「宝生はそう思っているみたいだな」


 大森がそう言うと、理恩は「俺は自殺っていうのも怪しいと思ってる」と爆弾発言をした。


「え?」


 この場にいる全員の視線が理恩へ集まる。


「でも、警察の捜査でも自殺って……」


 神楽坂が口元に人差し指の第二関節を当てながら言った。


「証拠がなかったんだろ。だから状況証拠だけで自殺と判断した可能性もある」

「殺人かもしれないって言うの?」


 梢が怪訝な表情を向けると理恩は「それを今から調べる。どのみち、アレを放置するのがマズイのはおまえだってわかるだろう」と言った。


 確かに、悪霊というのは生きている人間にとって脅威だ。

 普段近づかない校舎とはいえ、同じ敷地内で学校生活を送るのだ。除霊出来るものならした方がいいに決まっている。


「でも調べるってどうやって? またあそこに行くの?」

「いや、彼女――野神沙耶香には彼氏がいたみたいだ。まずはそこから糸口を掴もうかと思ったけど、引きこもっていて会えないかもしれないから、弟の方にアプローチをかける」


 理恩は佐野を見た。


「いや、さっきも言ったけど僕には無理だよ。小嶋くんと僕はクラスメイトってだけで、話したこともないし……」

「え、自殺した野神さんの彼氏の弟がこの学校にいるの?」


 梢の質問に佐野が頷いた。


「なんていうか、一軍なんだよ、彼は。僕なんてベンチ入りもしてない部類だから……。話しかけるなんて無理だし、ましてや事件について話すなんて……」


 無理無理、と佐野は首を横に振った。

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