1-5
「バカ、おまえは喋るな。もう返してやれ」
「むう。わかったよお。また来るからね!」
何が何だかわからないといった大森たちと共に全員が旧校舎から出たところで、梢は糸の切れた操り人形のようにゆらりと身体を揺らした。
「おっと」
梢の身体を片手で抱きとめた理恩に大森たちは一瞬、ポカンとしていたが、神楽坂だけはすぐに我に返り、理恩と一緒に梢の身体を涙目になりながら支えた。
「小比類巻さん! しっかり! 一体何が……」
「ちょっと良くない霊気に触ったから気絶しただけだ」
「気絶って……大丈夫なの!?」
「ここから離れて少し休めば大丈夫。俺はこいつ保健室連れていくから先輩達は先に部室で待っててください」
「え、ああ、うん。わかった」
幸い、保健室にはまだ養護教諭が残っていたので、梢を引き渡すと理恩はその足で部室へ向かった。
引き戸をノックもせず開けると、最初にこの部屋に入った時の雰囲気とは全く別の空気が流れていた。
大森、神楽坂、佐野、田中。4人揃っているというのに揃って口を噤んだまま座っている。
「……あ」
理恩が入ってきたことに気がついた神楽坂が膝の上で握った両手から視線を上げた。
「何があったの?」
「あそこにいるのはトイレの花子さんじゃなくて、多分……2年前に亡くなった女子生徒の怨霊だ」
「お、怨霊!? ってことは何かに恨みを持っているってことよね」
「そうなるな。大森先輩と神楽坂先輩はその女子生徒と面識は?」
現在、3年生である2人は、その女子生徒と1年生の時に学年が一緒だったはずだ。
「……俺は同じクラスだったよ。
そう言ったのは大森だった。
「どんなヤツだった?」
理恩の問いかけに、大森は天井を見上げた。
「明るくて、クラスの中心にいる感じの子だったよ。俺は話したことないけど」
「成績は?」
「トップクラスだよ。常に10位以内にいた」
「自殺の原因は勉強がついていけなくなったからってニュースでは報じられてたけど」
「それは個人で受け取り方が違うから俺からはなんとも言えないけど……。野神さんなりに悩みがあったのかも。でも、あの時……野神さんと仲良かった人達は信じられないって泣いてたな」
「それは、自殺する理由がってこと?」
「うん。そうだ、野神さんには同じクラスに彼氏もいたんだ。幸せそうに見えたけど……。確か……
「今もこの学校に?」
「籍はあると思うけど……」
「けど?」
「あの事件から引きこもりになったって聞いてる」
普通に考えれば、付き合っている彼女が自殺したのだ。何事も無かったように学校生活は送れないだろう。
「会えないかな」
理恩の言葉に2年の佐野が口を開いた。
「小嶋先輩の弟なら僕と同じクラスだよ」
***
「ミャー」という猫の鳴き声で梢は眠りからゆっくりと覚めた。
身体が鉛のように重く、横たわっているベッドへめりこんでいるような感覚を覚える。
「うー……」
呻き声をひとつ上げると、ベッドを囲んでいるカーテンの一部が開けられた。その拍子に黒猫がサッとこの場から去っていった。
「びっくりした! 猫? いつの間に……」
まだ霞む視界に映ったのは白衣を着た女性だった。
「具合はどう?」
一瞬、病院にいるのかと思ったが、すぐにここが学校の保健室であることに気がついた。
「大丈夫です……。まだちょっと怠いですけど」
「じゃあもう少し休んだらいいわ。私ももう少しいるから」
そう言って再びカーテンを閉めようとする養護教諭……確か野々村という名前だったと思い出し、梢は震える声で呼び止めた。
「野々村先生、あの、私はどうしてここに?」
自分には旧校舎の階段を上がる途中までしか記憶が無い。そして、記憶がない間に何かに取り憑かれていたことは容易に想像出来る。
豹変した自分を野々村が見た可能性もあるのだ。
「瓶底メガネ……じゃなかった。ええと、宝生くんが連れてきてくれたのよ。あなたが貧血で倒れたって」
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