三十六国記

銭屋龍一

第1話 馬国 プロローグ

 やれ。

 玉座に座っている男は、穏やかな声で、ゆっくりと命令した。

 肌の色が異様に白い。

 細身だが背はかなり高そうである。

 それがさらに輝くような白衣に身を包み、綠の腰紐を結んで端座している。

 地面は敷き詰められたタイル状の石畳。

 長年の使用のためか、それは水平ではなく、凸凹にゆがんでいる。

 石造りの大きな建物の内部だ。

 空気は冷たい。

 玉座の前に、七人の男たちが手足を縛られて並べられている。

 いずれも頭を紅に染めた布で包んでいる。

 若き男、壮年と、年齢は様々だ。

 その男たちの背後におよそ百人ほどの軍属が整列している。

 青銅の兜をかぶり、同じく青銅の鱗状になった鎧を身につけているので、ひと目で軍人だと分る。

 その軍人達の間にたちまち緊張が駆け巡る。

 が、すぐさまそのざわめきのような緊張の波は凍り付いていく。

 しわぶきの声ひとつも聞えない。

 唾を飲み込むのさえ、音をだしてしまわないかと、躊躇しているように見える。


 整列した軍属の中からふたりの巨漢が歩み出て、玉座の前で片膝をつき、深く頭を垂れた。

 玉座に座ってる男からの、新たな言葉はない。

 代わりに玉座の男の両端に立っていた、女のように美しい顔立ちの少年がふたり進み出て、ふたりの巨漢の前に青龍刀を置いた。美しい少年達がふたたび玉座の両脇に戻るのを待ってから、ふたりの巨漢は青竜刀を掴み上げて、手足を縛られた男たちの方を振り向いた。

 巨漢の男のひとりが声を張り上げ、

「我らが国の馬国は、マ教の宗教的な掟と国王が定められた政としての律令によって秩序が守られておる。その秩序を乱す者は何人も許すまじ。それが我らが武の役目であり存在する意味そのものじゃ。そのことを汝らは知らぬのか」と問うた。

 手足を縛られ、頭を垂れていた7人の男たちが面を上げた。

 その目は死んでいない。ばかりか瞳の中には炎が燃え盛っているかのような力強さがある。

「秩序とはなんでございましょうや。毎日毎日国民の多くが餓死していくのを見ない振りをして、宮殿の中で饗宴にふけることでございますか」

 七人の男たちの中では一番の歳頭とおもわれる、四十になったかならずに見える男が朗々とよく通る声で言い返した。

「まだそのような戯れ言を口にするのか。ならば、死ね」

 青竜刀を持ったふたりの武人は七人の者たちの頭上に高々と飛び上がった。

 七人の者たちは自分たちの上に降りかかる運命に身構えた。

 青竜刀が振り下ろされる。

 七人の者たちを縛り付けていたロープが切って落とされた。

 たちまち広間にざわめきが起った。

 すぐにそれは喧噪にと変った。

 背後に居並んでいた武人たちの間でも、そこかしこで争いが始まっている。

 七人の者たちのいましめを切り落とした武人のひとりが大声を張り上げた。

「我らが馬国の存在意義とは何や。マの教えとは何や。何のために我々は息をして、生きながらえている。それは専横に走る腐った王に従うためであるのか。心あるものは我らに続け。本当の馬国をふただびこの手に戻し、真のマの教えをこの世界に広めようぞ」

 広間に鬨の声が響き渡った。

 玉座の脇に控えてた美しい少年たちが剣を手にして、声をあげた武人たちに襲いかかっていく。

 だが、単純な戦闘能力では、武人たちに敵うはずもない。

 武人は手にした青竜刀で少年たちの胴体を真っ二つにした。

 その勢いのまま玉座に向って駆けた。

「何の真似だ、これは。汝らは国王であるわたしに背こうというのか」

 王は玉座に座ったまま、落ち着いた声で問うた。

「王というのは、国民の命と財産を守り、平和な暮らしをさせてやるために、その全精力を傾けるもの。それを忘れて己が欲望に溺れる者はもはや王ではない」

「その、もはや王ではない者というのが、わたしだと言うのか」

 王の声は、少しの震えもなく、落ち着いたものである。

 広間に轟音が轟いた。

 両脇の壁が崩れ、広間に、いつもは宮殿を守っているだけの近衛兵がなだれ込んできた。 

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