Shuffle

禾月月乃

0 裏と表

風が冷たくなり、葉が色づき始め、赤や黄に染まる山に囲まれた櫻宮市。その東端に「LIAR」というマジックバーがある。僕はそこでバイトをしている。


人より真面目だったから所詮そこそこではあるがそこそこいい大学には入れた。人より手先が器用だったから、マジックバーでバイトを始めた。人より手先が器用だったからか普通のバイトより給料も良かった。しかし僕は大学に入ったことで中途半端に時間を持て余し始めていた。やりたいことはあるのにお金は食費やら家賃やら本やら映画やら安物買いの銭失いラッシュやらでなんだかんだでなくなってしまうから特に何かすることも出来ずに一日中阿呆みたいな顔をしてボーーーッと無為な一日を過ごすことも増えた。この一日の過ごし方はもう人生をすり減らしているようであまりに辛く、同居人が一緒に部屋にいるにも関わらず、虎にでもなってしまおうか、と発狂…というか叫び散らして部屋の中を走り回ったこともある。同居人には凄く怒られた。


まぁそんなこんなで人より真面目だったこと、大学に入ってから全く波風立たない荒んだ生活を送っていたこと、そして思春期が遅れてやってきていたことがありこんな一見無気力系男子の若造が一丁前に人生について悩んでいたのである。思い上がるな。


そんなことをボヤッと考えながら適当にマジックをやってみたりしていると何処からここを嗅ぎ付けたのか、バッサバサの長髪を後ろで括り、伸び放題の髭をもつ年齢不詳の…いや年齢は確か23だったはずだがとてもそうは見えない男、六良田陣がやってきた。小学校からの先輩後輩で大学も一緒になった。子供の頃の僕は何を血迷ったかこの人間と仲が良く、大学で再びあったところでお互いお金がなかったこともあり2人で下宿をとり、家賃を折半することにした。こんなナリで…いやこんなナリだからか芸人を志望している。この大学に入る頭脳はあったようだが一旦入ってからは持ち前の鈍い頭脳が帰ってきたようで留年を続け、延々と学生生活を繰り返すものだから結果「文化祭ステージ企画の帝王」という訳の分からん称号を手にした。そろそろ文化祭なので彼のコントを1度見てみたい、とは思っている。そんな彼のことを凄いとは思っているが尊敬は全くしていない。一応「先輩」とは呼んでいる。


「どうしたんですか?先輩」「ああ、店の売上に貢献してやろうと思って」、店の人間が少しずつ彼から離れていく。彼は物凄いアーティストか、さもなければ人間を卒業なさったかのような独特のオーラを漂わせており大物なのか廃人なのか分かりゃあしない、おそらく後者であると僕は踏んでいる。1人で生きていけるのだろうか…心配だ…


結局彼は売上に貢献と言っておきながらコンビニで買ってきたであろう安い酒を持ち込み2杯空けた。これが既に有り得ないのだがその上その程度で見事なまでに酔っ払い、僕にマジックを散々やらせた挙句持ち前の野生の勘でタネをズバズバ言い当ててしまい、スタッフにつまみ出された。幸い、彼がこの店を訪れたのは初めてだったし、僕の「先輩」呼びは誰にも気づかれていなかったようなので僕は全力で他人を装った。その後彼は出禁になったようである。僕は詳しいことは聞かなかった。


その後不思議な客が来た。和服を着たなかなかのご老人で体格も良いとは言い難いのだが腕や足がやけにゴツゴツしていて、親愛なる六良田先輩とは明らかに異なる鋭利なオーラを放っていた。白く長い髭を蓄えていて、いつか日本史の資料集で見た自由運動の演説をして襲われた政治家のようだった。その老人を何処かで見た気がした。何故こんな所に来たのか一通り考えを巡らせたが「この老人、実はヤクザの長」位まで妄想が進んだところで何故か店長に頭を叩かれた。顔に出ていたのか?


そんな馬鹿馬鹿しい妄想や、ちょうど僕が人生について悩み浮かない顔をしていたからかその老人は僕の方に歩いてきて、「君は何か悩みがあるような顔をしている」と言い、僕は「はぁ……そうですね」と言った。前述の通り人生には悩んでいた訳だし間違いではない。それこそこの研ぎ澄まされた風格を持つ老人に人生相談が出来るならぜひしたい。


「そうですね…大学に入って時間を持て余すようになって、僕は何がしたくて大学に入ったのか、とか…そもそもなんのために生きているのか、とか…そういったことを考えはじめるようになってしまったんです。僕はこんなことをするために大学に入ったのかなって…もっと僕が頑張ればいい人生を送れているのかな…って、いや今の人生がドン底だという訳では無いんですが今の人生に波も風も何も無い分そういったことを長く考えてしまって」喋っている最中、僕みたいなのが何を言っているんだろう、と思うようになってきた。しかし彼はゆっくりと僕の言ったことにしっかりと耳を傾け、口を開いた。


「君は凄く真面目だな、自分の人生を自分の力で切り開くつもりでいる。が、そこまで気負わなくていいな。そうだね…君の人生は君が思っているほど自分の力でどうにかなる訳じゃないさ、他の人の色々な人生と絡み合って初めて成り立つわけだね。例えばこのトランプ」と、僕とその老人の前に置いてあった伏せてある1組のトランプを持った。


「私は王矢というものだが…そうだね、丁度いい…このキングが私だとしよう。これだけではババ抜きも大富豪もブラック・ジャックも、勿論手品だってできないさ」王矢、という名前には聞き覚えがあった気がする、顔なじみの刑事がそんなことを言っていた気がする。がまぁそれはさておいて僕は今思えばこの風格で持っているものの中身としては意外と低いクオリティのこの例え話に聞き入った。


「1人の力なんてこの程度だ、トランプなんて言う洒落た小道具を使った上で結局こう言う在り来りな結論にたどり着いてしまうのは少し残念だが、人は力を合わせて人生を紡いでいくわけだね、だから今の君の人生が停滞しているのは別に誰のせいでもない、そういうことに気づけたなら今からでも好転して行くだろうな、気楽にいけよ」僕はその話に幾らか気が楽になった。


そして王矢氏は気が楽になった僕に突然こんなことを言った。「私は四肢が機械でね、こういう体になったから自分の力の小ささに気がついたんだよ」王矢氏は和服の袖をたくしあげた。そこには銀色に光るおおよそ人間のものでは無いような腕がくっついていた。拳や足首より下、人目に触れる場所は人間にかなり近い精巧な出来だが、その上はあくまで機能重視、と言った感じだ。不謹慎かもしれないが非常に男の子心を擽られる。僕は安物買いの銭失いラッシュで買ってしまった様々な玩具に思いを馳せた。「人間の人生を語っておいてなんだが、四肢が機械の私は人間なのか、はたまたロボットなのか、もう分からんな」と言って王矢氏は重く笑った。何故そんな状況になったのか、は聞いては行けない気がした。


僕は少なからず衝撃を受けたが四肢が体格に較べてゴツゴツしていたことと、不思議な雰囲気を纏っていることがそれでなんとなく腑に落ちた。「君の名前はなんだい?」と聞かれた。


「英須…講介です」 僕の名前だ。


「いい名前だ、ちょうどこれだな」と王矢は1枚のトランプを僕に渡した。中央に大きく剣の装飾が施されたカード…スペードの……


「Aだな」と、彼は笑った。王矢氏はそこまで言ったところでカウンター席の方へ歩いていった。そして彼は僕がほかの客にマジックを披露しているうちに何杯かの酒を飲み、帰っていったようだった。何故彼がここに来たのかはその時はわからなかったが、ともかくこの瞬間が僕の「大学生活」が始まった瞬間なのはおそらく間違いない。


~人生はたくさんの人生が絡み合い入り乱れて前へ進む…〜

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