第2話 デトロイトの稲妻
デトロイトの稲妻は大きくて雄大だ。
彼が、バンドのメンバーとライブで旅をした時のカンザスよりかはだいぶ劣るが、けれどもそれとは少し、違うところが美しい。
彼は、稲妻が大好きだ。
稲妻は、ジェイニーに似ていると、かってに思っている男だった。
一瞬の輝きだが、その天を切り裂く激しさは、炎より強い情熱を感じた。
彼は、そんな気持ちでロッカーとして、今までやってきた。
人の意見を聞かず、人と衝突を繰り返し、そして、売れないバンドのヴォーカリストだった。
レコードを二枚程度出しただけで、日本では知られているが、本国アメリカではほとんどご無沙汰の無名のミュージシャン。
それが、ジェイニー・レインだった。
しかし、ジェイニーには、夢があった。
いつか、多くのミュージシャンのように世界中の人々の心に残る曲を書いて、みんなを振り向かせてみせる。
輝く一瞬の稲妻のように、オーディエンスの心に電光石火のような感動を植え付けて、エナジーを感じてもらうんだ。
デトロイトのコーヒーショップで、ブラックのアメリカンコーヒーを飲みながら、ジェイニー・レインはニヤリと笑った。
外は大雨。
空には無数の稲妻が、3秒ごとにその輝きを放っていた。
窓から見える、家路を急ぐ車たちも怯えたように走り去っていく気がする。
それを見たジェイニーは、ククッ・・・と心の中で、含み笑いをした。
角のカウンター席に座っていた女性が、稲妻がピカッと光る度、「キャー」と悲鳴を上げる。
それと同時に、地が裂けるかと思うほどの雷鳴。
女性は、連れの男性の胸にすがって、またもやキャーキャー!と泣き喚いた。
ふん!せいぜい泣き喚くといいさ。
俺は、雷鳴がとどろくほど、自分が自分に戻れて嬉しいさ。
外の稲光に向かって、コーヒーで乾杯をするジェイニー。
その顔はほくそ笑んでいた。
それから彼は、コーヒーをグッと飲み干すと、カチャッとカップをソーサーに置き、革のジャンパーを着て、店から立ち去り、愛車の赤いポルシェに乗り込むと、エンジンをかけた。
外は嵐だった。
車を走らせながら、ジェイニーはロサンゼルスにいたときのことを思い出していた。
自分の気持ちを正直に話せない彼のことを、ジェイニーの両親は一人前に扱ってくれなかった。
しかし、彼はそんな両親のことを一番に愛していた。
だが、恥ずかしくてその言葉を出すことはできなかった。
一番愛していた両親にそのように幼児期から扱われていたジェイニーは、いつの間にか、ひねくれた猜疑心の強い子供に育っていった。
17歳のある日、両親と大喧嘩をした彼は、遂に家を出た。
それが、お互いにとって一番最良の方法だと思ったからだった。
彼の瞳に映る家は、彼の涙でやけにぼやけて見えた。
しかし・・・引き返すことは出来なかった。
万感の思いを込めて、ジェイニーは、自分の家のためにクラクションを一つ鳴らした。
それから、夜明けのハイウェイに向かって車を走らせた。
独り相撲・・・そう人は思うだろう。
だがしかし、17歳のジェイニーには、このような行動をとることしかできなかった。
このまま、憎み続けながらお互い暮らしていっても、むしろ針の無磁路だろう、そう彼は考えたのだ。
自分しか信じる者がいなくて、自分しか愛することが出来なかった彼。
だからこそ、ジェイニーが途方に暮れてハイウェイで立ち往生していた時、助けてくれた、クリス・リベンジとの出会いも、自分が生きていく過程匂いての、利用者としか考えてはいなかったのだ。
そんなジェイニーは、クリスのバンドでもうまくいかないことは目に見えていた。
猜疑心丸出しのわがままなヴォーカリスト。
人を信じることを知らず、人に打ち解けるということを知らず、彼の一つ一つの行動は、周りの人々の神経を嫌というほどかきむしった。
こんな筈ではなかった・・・。何故・・・?また、家にいたときと同じ状況に落ちいってしまうのだろう・・・。
だが、ジェイニーは、心の中ではそうは思っていたが、決してその気持ちを外に出すことはしなかった。
彼は、その中である技術を身に着けていった。
それは・・・自分の気持ちとまるで正反対の行動を他人に取ることを。
例えば、悲しいと思った時には、反抗心をメンバーにぶつけ、苦しいと思った時には怒りをぶつけるというふうに・・・どんなことにも無関心の、そんな仮面を身に着けていった。
クリスは、そんなジェイニーに唯一真剣に立ち向かう貴重な存在だった。
その為、ジェイニーは彼を一番に嫌っていた。
なぜなら、クリスはジェイニーの総てをお見通しのような気がしていたからだ。
そして、クリスはジェイニーの気持ちを、ズタズタに切り裂くような言葉を平気で投げつける存在でもあった。
その、代表的な言葉がこの言葉。
『今のお前に、ラブソングは歌わせない』
クリスは、ジェイニーに決してラブソングを歌わせなかった。
速い曲、アップテンポな、ラブソングとは関係ない曲はジェイニーに歌わせても、スローなバラードは、全てクリスが歌っていた。
ジェイニーとクリスの反発は、そんな些細なことから十分に大きくなっていき、そしてついにジェイニーはバンドで孤立をした。
彼は、バンドを出ていくことに決め、そして、出ていく最後の日ジェイニーとクリスは話し合いをした 。
しかし、結局両者とも、折れることはなかった。
「俺にラブソングを歌わせない以上、俺はここにいる気もないし、いたくもない!クリスは、俺に嫉妬しているのさ。俺が歌った時のファンの反応を見ろよ!どちらが歌の面でより観客を引き付けるか、結果は見えているのによ!」
「ああ。それはよくわかっている。お前は確かに素晴らしいヴォーカリストだし、俺より歌も上手い。けれど何回も言うが、俺は今のお前にラブソングを歌わせる気はない。」
クリスの言葉に、ジェイニーが怒る。
「ああっ!そうかよ!だったらもう話すことはない!荷物をまとめて、出ていくまでだよ!あばよ!」
「ジェイニー。行く前にこれだけは覚えておけ!何故俺がラブソングを歌わせないかよく考えて見るんだな。それに気づかなければ、お前はどの場所に行っても、どのバンドに行っても破滅する。・・・それだけだ。」
「貴重な意見をありがとよ!この場でわすれてやらあ!」
『バンッ!!』とドアを閉めた音が頭に響いたところで、ジェイニーの回想はフッととぎれ、彼は我に返った。
雨は、幾らか小降りになっている。
雷の音も多少聞こえる程度に収まっていた。
自分の愛車はずぶ濡れになっていた。
彼は嫌なことを思い出してしまった嫌悪感と共に、スッと自分にまとわりつく、どうしようもない孤独感にさいなまれていた。
悔しかった。
どうしようもなく。
その、悔しさは、クリスに向けられ、バンドの仲間に向けられ、そして父や母、兄弟に向けられた。
「ちくしょう!!」
バンっと車のサイドシートを叩くジェイニー。
そうでもしなければ、この重苦しい孤独感から立ち直ることが出来なかったからだ。
二回、三回とシートを叩く。
いつの間にか、彼の瞳には、涙が溢れていた。
しかしそれは、自分の為の涙だった。
グッと涙を手の甲で拭うと、彼はさらに物凄いスピードでポルシェを走らせた。
周りのことなど気にせず、雨の中をめちゃくちゃに走った。
そして、心の中で怒りだけが憎しみだけが、自分を救ってくれる唯一の武器なのだと、悟っていた。
絶対、プロになってやる。
有名なミュージシャンになってやる。
そして、今、頂点に立っている奴らをトップから引きずり降ろして、今まで俺をバカにしていた連中を見返してやる!
その気持ちだけが、今のジェイニーを支える、唯一の支えであった。
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