第35話 モーガン・ボレリの後悔
「シルヴェーヌ。生きていたんだね。シルヴェーヌ」
初老の紳士、モーガン・ボレリがシルヴェーヌを抱きしめていた。彼は空軍の航空機で古都イブニスへと文字通り飛んできたのだ。
「君を調査部隊に同行させるべきではなかった。私の人生においてこんなに後悔した事は初めてだ。すまない、シルヴェーヌ。何と詫びてよいのかわからない」
「いえ、私は大丈夫ですよ。お父様」
「シルヴェーヌ。まだ私を父と呼んでくれるのかね」
「はい。お父様は私の凄惨な過去を忘れるよう手配してくださいました。そして、宗教を否定している共和国でも生きて行けるよう教育もしてくれました」
「差し出がましいようだが、そうせざるを得なかったのだ。あの凄惨な記憶を消してしまわなければ、君は自害するところだった。すまない、シルヴェーヌ。君の大切な思い出を奪った私の事を蔑んでもらっていい。君の命を救いたかっただけなんだ」
「大丈夫です。私はお父様を恨んだりしていません。おかげでリリアーヌ姉さまとセシリアーナ姉さまに会う事ができましたから」
「何だと? リリアーヌ姫は行方不明、セシリアーナ姫は戦死された。記録ではそうなっていたはず」
「リリアーヌ姉さまはロクセの中にいらっしゃいます。今もロクセが動くのは姉さまがいるからです。そしてセシリアーナ姉さまはそこです。自動人形のセシルがセシリアーナ姉さまなのです」
「何だと?」
初老の紳士、モーガン・ボレリが私を見つめる。そして、私の両手を握ってきた。
「本当にセシリアーナ姫なのですか?」
「はい。私がセシリアーナです」
「戦死されたとお聞きしたのですが」
「千年前のパルティア戦において、敵戦艦の砲撃により王宮は炎に包まれました。私の肉体もその時に燃え尽きてしまったのですが、自動人形の中へと意識を転移させることができました。これはアルマ帝国の先進技術です」
「そうだったのですね。宗教を否定している共和国の人間としては信じられないのですが、事実なんですね」
「はい。人は意識体、言い換えるなら魂という永遠の生命を持っています。私たちのような自動人形や鋼鉄人形にも人工的に制作された疑似霊魂が封入されています」
「おお、そうだったのですね。その疑似霊魂ではなくセシリアーナ姫が自動人形の中に入っていると、そういう話なのですね」
「そうですね」
「ああ、何てことだ。我々シュバル共和国は根本的な部分で間違っていたのか。セシリアーナ姫。私は、共和国はこの先どうすればいいのでしょうか」
「私に質問されても困りますわ。私は既に滅びた国の者。あなたたちの事はあなたたちで決めるべきです」
「そうですね。姫様のおっしゃる通りです。やはり、部分的に、特定地域だけでも、信教の自由を認める決断を成すべきでしょう」
「その意見には同意します。宗教を否定し弾圧する事でパルチザン組織が生まれたのも事実でしょうから」
「ごもっともです。我々が反省すべき点はそこにあると思います」
涙を流しながら頷いているモーガン・ボレリだ。シルヴェーヌは彼の所に預けても問題ないだろう。
「ところでセシリアーナ姫。もう一人のリリアーヌ姫はどうなっているのでしょうか。シルヴェーヌの話ではロクセの中にいるとの事だったのですが」
「いま彼女は、ロクセの中核に設定されている意識体と一体化しているのです。彼女たちを元通りにするには、神様の奇跡、私たちパルティアの言葉で言うならば大精霊様の奇跡にすがるしかないと思います」
「そんな……奇跡ですと……では彼女は、リリアーヌ姫は元に戻る事が出来ないのですか?」
「そうは言っていませんよ。千年に一度であるなら奇跡と言っていいでしょうね」
「何ですと? その、千年に一度の奇跡が起きるとでも?」
「ええ。恐らく。アルマ帝国のあの方が来られるなら。帝国の第一皇女であり次期皇帝となられる方です。そして帝国最高の法術士とも言われている方です」
「あの……奇跡の皇女……ネーゼ・ウェーバーが……このシュバル共和国に……嘘だ。嘘に決まっている」
「私を信じてくださらないのですか?」
「いえ、そうではないのです。姫君の言葉は信じます。しかし、我が共和国はパルティアを革命にて倒しアルマ帝国とは絶縁したのですぞ。国交がない我が国に、帝国の皇女が訪れるなど信じられない」
「そうですね。でもほら、いらっしゃいましたよ。ネーゼ皇女が」
私の目の前の空間が眩く光り始め、その光は人の形となる。そして銀色の髪の少女となった。
豊かな胸が目立つふくよかな体形の彼女こそ、第一皇女のネーゼ様だ。
「わざわざご足労いただきありがとうございます」
「いえ、このパルティアの悲劇は帝国の責任なのです。私たちは可能な限りパルティアの支援をすると誓いました。しかし、そのパルティアは既に滅んでいます」
「はい」
「ですが、帝国が残した鋼鉄人形に関わる不幸ごとは、私たちが解決すべき事案なのです」
「ありがとうございます」
「大丈夫。事情は全て把握しています。さあ、セシリアーナ姫。精霊の歌を今ここで奉納してください。私はあなたの歌と共に祈りを捧げ、鋼鉄人形に閉じ込められている少女を開放するための助力をいたします」
さあ、歌おう。精霊の歌を。
リリアーヌとローゼが元の人間にもどれるように。
私の全ての愛を込めて、可愛い妹たちの為に。
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