第27話 覚悟の時
私はセシル姉さまの方を向いた。姉さまは微笑みながら頷いてくれた。
「リリアーヌ。王都は私たち精霊の歌姫が可能な限り防御します」
「大丈夫なの? 防御、できるの?」
「多分、何とかなるわ。でもね、その重力子爆弾がどんなものなのか知らないから、はっきりとしたことは言えないんだけどね」
「ええ? 想像できないんだけど、例えば、王国全土を燃やしてしまうとか?」
「アラミスの大地を全て破壊するかもよ」
まさかそんな事が?
私はローゼを見つめる。
「そこまでの威力はありません。効果範囲は直径十数キロメートルに設定されています。理論上は惑星どころか、恒星系すべてを破壊する事も可能と聞いております」
「想像できないんだけど、宇宙を破壊しちゃうって考えていいの」
「はい。狭い範囲での宇宙という意味なら」
何が狭くて何が広いのかさっぱりだ。私の感覚では、パルティア王国全土でさえ想像の範囲外になる。
「そろそろ戻りましょう。今、父王が停戦交渉をなさっておられますが、決裂するのも時間の問題です」
「え? そうなんですか」
「とりあえずは、貴方たち二人、リリアーヌとシルヴェーヌを説得するから時間をくれと言っているはずです」
「あーそうなんだ」
「そうですよ。だから私がここまで来たのです」
納得した。私たちをどうにかしないと停戦も降伏もあったものじゃない。
「貴方たちには、父王の意思を伝えに来たのです」
「お父様の?」
「ええ。父王はあなた方二人の事をたいそう気にかけておられます。仮に降伏するとしたら、貴方たちは戦利品として供出させられるでしょう」
「それって、奴隷になるのかな?」
「そうだとすれば、殺されるよりも悲惨な日々が待っているでしょう。父王の考え方はつまり、自分を大切にしなさいという事です。もし貴方たちが希望するなら帝国への亡命も可能です」
そんな事が承服できるはずがない。自分だけが助かって、お父様やセシル姉さまが悲惨な目に遭うなんて考えられない。
「その気はないみたいね。父王は悔いの残らないよう、精一杯、戦いなさいと仰せでした。後の事は父王に任せなさいと」
「うん、わかった」
私はローゼの手を握ってセシル姉さまに向かって頷いた。でも、一人だけ、シルヴェーヌは不満顔で私を睨んでいた。
「セシル姉さまにリリア姉さま。それにローちゃんもです。みんなで盛り上がって私はのけ者ですか? 私だって戦ってるの。リリア姉さまが死んじゃうなら私だって一緒に死ぬ。姉さまが悪魔になるなら、私も悪魔になる」
シルヴェーヌは私に抱きついて来た。私も彼女を抱きしめる。
「気持ちは固まったようね。じゃあ、私は戻るから」
「うん。任せて」
「あの戦艦は私が絶対にやっつけます!」
シルヴェーヌの言葉に頷いたセシル姉さまだ。姉さまの姿はすーっと消えた。そして私は鋼鉄人形ロクセのコクピットに座っていた。
『えどうした。まだ説得できないのか』
『今、話している。もう少し時間をくれ』
『時間稼ぎをしているだけじゃないのか』
『そうではない』
停戦交渉。もちろん、私たちが無条件に降伏するという前提なのだろう。
『三人の王女は帝国へ亡命させたい』
『ふん。最も価値ある戦利品を逃がすとでも』
『この条件を飲むなら私はどうなっても構わない』
『溺愛だな……馬鹿が』
交渉は続いている。やるなら今だ。
「ローちゃん」
「わかってる。重力子爆弾の発射ランチャーを出すよ」
何だか凄いモノをロクセが抱えていた。太い筒状のものだが、長さは20メートルもある。ロクセの身長よりだいぶ長い。
『何をしている。殺せ』
私たちの武装に気づいた奴らは攻撃を仕掛けてきた。ロクセと王宮の両方に。
ロクセはビームの直撃を受けた。もちろん、シールドで防御しているのだけど、この衝撃は半端じゃない。王宮の方は大きな爆炎がキノコのように吹き上がっていた。
「姉さま。セシル姉さま」
シルヴェーヌが叫んでいる。でも、私たちがやるべきなのは、お父様とセシル姉さまの心配をする事じゃない。
「シルヴェーヌ。戦艦を狙って!」
「わかった!」
彼女も理解していた。ロクセは20000メートルを一気に跳躍し化け物戦艦の直上に位置していた。
「撃て!」
シルヴェーヌが叫ぶ。ロクセは自身が抱えていた長大な砲を下に向け、必殺の砲弾を放った。
化け物戦艦の甲板で黒い閃光が弾け、それは真っ黒な巨大な球となった。アレが重力子爆弾? ブラックホールなの?
「シルちゃん、逃げて」
「うん」
ローゼの一言にシルヴェーヌが頷いた。ロクセは再び20キロの距離を瞬間的に跳躍し、炎に包まれている王宮の前に立っていた。
戦艦を押し包んだ真っ黒な球体は次第に小さくなっていき消えた。
「消えた。失敗したの?」
「これからよ」
シルヴェーヌの疑問にローゼが答えていた。これから何が……戦艦はそのままの姿を保っている……私はその様子をじっと見つめていた。
唐突に戦艦が小さくなっていく。いや、戦艦を構成する構造物がつぶれている。それは何か、巨人がぎゅうぎゅうと握り潰しているかのようだった。見る見るうちに小さな塊となって地面に落下した。そしてそれは凄まじい爆発を起こした。防御シールドで守られているはずのロクセも、その爆風に煽られ、仰向けに倒れてしまった。
王宮のテラスでは、セシル姉さまが水の精霊を呼び寄せるべく詠唱を続けていた。姉さまは炎に包まれていて、体はあちこち炭のように真っ黒だった。それでもなお、精霊の歌を詠唱し続けている姉さまはやはり王国一番の歌姫なのだ。
幾つもの大きな水球が王都上空に現れ、そして四散した。王宮と王都の火災はそれで沈静化したのだが、これで終わりじゃなかった。
「衛星軌道上から人型兵器が降下。総計24機。リリちゃん。ここは踏ん張るよ」
「わかった」
そう返事をしてみたものの、私は意識が朦朧としているし、目も回っている。正面モニター右上の棒グラフは、色彩が反転して黒くなっていた。
ああ、そうか。私は私の命を使い果たしたんだ。でも黒くなってるって事は私は悪魔になっちゃったって事かな。
自分の両手を見つめてみる。黒い鱗に覆われてた。頭に触ってみる。二本の角が生えていた。これはローゼとおんなじだ。
もう引き返せない。
「戦え、シルヴェーヌ! 遠慮はいらない」
「わかった!」
私が覚えているのはそこまでだ。急に意識が途切れてしまった。その後の事はわからない。ただ一つ、シルヴェーヌが頑張って戦い地上に降りた人型兵器を全て叩き伏せたのは間違いなかった。
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