精霊の歌姫と自動人形
暗黒星雲
第一章 遺失兵器と記憶を失った姫君
第1話 父との会話
私の名前が聞こえる。
誰かが私を呼んでいる。
この声は父だ。
『シルヴェーヌ。シルヴェーヌ。私の声が聞こえるかね』
『聞こえています』
私は今、何も見えていないし、聞こえていない。勿論、声を出すこともできない。しかし、どういう理由かは分からないのだけど、心の中で、思うだけで会話ができる。
『今日は宗教について話をしよう』
『はい』
『宗教は悪なのだ。人々の精神を汚染する穢れた概念の事だ』
父の話は続く。
架空の神を信じ、人々を縛り付ける。
そして、現実をおろそかにする。
本来、全ての人々は自由で平等なのだ。
しかし、宗教はそれを認めない。
神に近き人と神より離れた人とを区別する。そのような差別は許されない。そもそも、存在しない架空の概念である神を持ち出して人心を惑わす事は大罪なのだ。
こんな話が続いた。そして次は、この宗教的なシンボルとしての帝国批判となる。
『帝国とは古い概念である。しかし、未だに存続し一大勢力を築いている醜悪な国家だ。しかも、先程述べた宗教と一体化している。そして国家元首を世襲制で決定するという前時代的な機構を未だ続けている。そんな国家など言語道断だ』
『はい』
帝国とはアルマ帝国の事だ。数千万年。いや、一説には数億年の歳月を経ている古から続く大帝国。十余の惑星国家を直接支配下に置き、更に百数十の惑星国家を星間連盟として従える銀河の中の大勢力だ。そこは信じられない事に、宗教的理念で結びついている。
『繰り返すが、人々は平等なのだ。世襲で身分が決まる事などあってはならない。ましてや、存在しない神などを崇めているのだからな。非常に下劣な理性の持ち主だ』
帝国批判となると、父の口調が激しくなる。かつて、私たちの国を支配していたという絶対権力。それに対する怨嗟の感情が噴き出しているのだろうか。
『自分たちの星だけでは飽き足らず、他所の星にまで支配しようとするその貪欲で傲慢な国家など、我々の宇宙に必要ない。すべからく滅ぶべきである』
『はい』
とりあえず肯定した。それも一つの考え方であろう。しかし、他の考え方もあるのではないだろうか。帝国は数千万年も存続しているのだ。それはつまり、それなりに意味があり、人々の支持もあるはずだ。
そう考えた瞬間に、私の全身に鋭い痛みが走った。
『ぎゃあああ!』
思わず悲鳴を上げてしまう。不味い。先ほどの思考が父に漏れたのだ。
『シルヴェーヌ。何度も言ってるね。私の言う事は全て肯定するように。反論は許されない。疑問を持つことも許されない。いいね』
『はい』
『薬の時間だ』
『え?』
『気持ちが楽になる。痛みも感じないよ』
『はい』
幸せな気分になる薬。父の言葉が心地よく響き渡る。
『帝国は醜悪だ。100年前、我々が実質的に帝国から独立できたことは幸いである』
『はい』
『過去、栄華を誇ったパルティア王国は近年衰退し、帝国の支配下にあった。その広大な国土を我々が革命によって掌握した』
『はい』
『我々は解放者だ。宗教に汚染され衰弱したパルティア王国の歴史に幕を引き、蒙昧な人々に光を与えた。それが我々のシュバル共和国なのだよ』
『はい』
何故か疑問は浮かばなかった。革命によって多くの血が流れているのにも関わらず、それ尊い犠牲であり輝かしい行為であると信じていた。
『今日はこの位にしておこう。明日からは体を動かすようになるよ』
『外に出られるのですか?』
『ああ、そうだよ。ゆっくりと休みなさい。心安らかに』
『はい。おやすみなさい、お父様』
『お休み。シルヴェーヌ』
薬の影響からか、本当に楽な気持のまま意識が閉じた。父の言葉を心に刻みながら。
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