第4話 変人が多いことで有名

 万葉集にもその名は出てくる。


 大口の真神が原に降る雪はいたくな振りそ家もあらなくに


 確か、舎人娘子の読んだ歌。

 ここでの『大口の真神』といえば、これは、「オオカミ」のことだ。


 オオカミの記述は古い。『日本書紀』にもその存在は記され、 山道に迷ったヤマトタケルを先導したとも記されている。


「大正解―」

 ぺちぺちとカワウソがまた拍手をしてくれ、お膳の前に座る三人衆は、かんらかんらと笑った。なんとなく自慢げに筋肉無愛想男を眺めると、つまらなそうに鼻を鳴らされた。


「オオカミと呼ぶな。俺にはギンという名がある」

 ぶっきらぼうに言われた。


「……ギン?」

 確認のつもりでそう繰り返すと、「で?」と切り返される。


「お前の名前は? ニンゲン」

 言葉がぶつけられ、怯んだところに自分に視線が集まるのを感じた。

 気付けば、座敷の妖怪たちが全員私を見ている。


「……鈴原すずはら朱里しゅりです」

 さっきまでのハイテンションはどこへやら。

 私はなんだか恐縮した面持ちで自分の名前を告げ、ぺこりと頭を下げて見せた。しゃらり、と飾り金具が鳴る。


「鈴原。このあたりじゃ、聞かん名前じゃの」

 間延びした塩辛声に目を転じると、狸が顎の無精ひげを撫でながら呟いていた。私はおずおずと頷く。確かに、紅葉谷もみじだに地区に多い苗字と言えば、赤谷か岩戸だろう。鈴原なんていない。


「お母さん、旧姓は久世くぜなの。結婚して、鈴原になった」


「なんだ、久世なの? どうりで変わってるはずだわ」

 納得したように声をあげたのは、野衾のぶすまだった。その隣では、ペンタチコロオヤシが頷いている。狸は、からから笑い、「あの血筋なら、わし等が見えてもおかしくないの」と言った。


「……私、やっぱり変わってるかな……」

 思わずそう尋ねると、三人は目を見開いた後、小さく吹き出す。


「そりゃあ、変わってるだろう。喜々として妖怪の名前を当てるし、そもそも、妖怪を見ても怯えないし」

 狸の言葉に私は知らず、背を丸める。


 妖怪オタク。


 小学生の頃、隣の席の女子に気味悪そうに言われた。大好きな女子だったから、宝物にしている『水木しげるの妖怪大辞典』を見せて上げたのに……。


 私が目を爛々と輝かせて妖怪について語りすぎたからだろう。

 次の日から卒業まで、私のあだ名は『よーかい』だった。


「まぁ、流石、久世の娘、というところだわね」

 野衾がころころと笑った。私はお追従程度に、口の端に笑みを載せる。


 久世は。

 この集落では有名な家だ。

 というのも。


 変人が多い。

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