第5話 ヒメミコ役の娘

 お母さんが滅多に里帰りしたがらなかったり、離婚してもあんまり実家を頼らないのは、そのせいだ。


『……あ。久世くぜの……』

 このあたりのヒトは、私が久世のおじいちゃんの孫だと伝えると、必ず笑いを堪えたような顔をする。昔はその理由がわからなかったのだけど、十六にもなると、流石に理解している。


 久世の人間は、変わり者が多いのだ、と。


 まず、じいちゃん。

 じいちゃんは『発明家』と名乗っていて、役に立たないものばっかりを納屋で作っている。私が小学生の時、自慢気に披露した『自動で団扇をぱたぱたする機械』なんて、「扇風機があるじゃん」と突っ込んでしまったぐらいだ。じいちゃん曰く、『自動で団扇をぱたぱたする機械』は、酢飯のあら熱を取るときに必要な機械なのだそうだ。絶妙な仕上がりになるらしい。


 で。お母さんの弟で、じいちゃんの息子。

 私には叔父さんにあたるこのヒトは、現在オーストラリアに居る。文化人類学者で、アボリジニと一緒に生活しているらしい。先日お母さんのメールに、『ジープ買った』と、写真が送られてきた。アボリジニと、なんだかボロボロのジープの前でポーズを決めている叔父さんは、肩に猟銃を担いでいて、どこかテロリストにも見えた。顔はいいのに、なんか残念感が漂っていて、お母さんと二人、溜息をついた。


 そのほかにも。

 書道家、染色作家に、陶芸家、占い師、高山植物採集家、洞窟専門の写真家など、あまり聞かない職業で生活している人が多い。看護師のお母さんが逆に奇異に見えるぐらいだ。


 お母さんは高校を卒業し、看護学校に通うという名目のもと、村を出た。


『こんな人たちと一緒にいたら気が狂う』

 理由はそれだったらしい。


 大げさだなぁ、と笑ったのだけど。

 数年前、法事で仕方なくお母さんと里帰りしたとき、理解した。


 まず。

 言語が違うのだ。


 そもそも日本に住んでいる人たちが少ないから、集まったらみんな好き勝手な言葉でしゃべる。中には、「日本語忘れた」と片言で言うヒトまで現れて、どこまでが冗談でどこまでが本気なのかわからない。しかも、一斉に一方的に話し始めるから、てんやわんや状態だ。お坊さんも困っていて、唯一の普通人らしいお母さんにべったりくっついていたぐらいだ。


「ひょっとして、比佐子ひさこの娘かね?」

 狸が団扇をあおぐ手を止め、私に尋ねるから頷いた。「ほぉ」と驚いたようにのけぞり、にやりと笑う。


「あの娘。村がイヤだ、と出て行ったのに。その娘は戻ってきたのかい?」

「戻ってきた、っていうか。たまたま」

 私は肩を竦める。


「いまね、この格好が出来る女の子が村にはいないんだって」

 そういって、座敷の中にいる妖怪達に腕を広げて見せた。


 白い水干と緋袴。いわゆる巫女装束だ。頭には前天冠までつけられていて、さっき、謎の舞を神社で踊らされたところだ。


「娘がいない?」

 ペンタチコロオヤシが目を瞬かせた。その隣では野衾のぶすまが首を傾げる。


「赤谷の……。ほら、平吉の血筋にいたでしょう。ユメノとかいう娘。それに、今の自治会長のところにも、外に出したけど娘が数人。まだ、あの娘達は十代後半ではなかったかしら」

 私は溜息ついて頭を横に振った。


「みんなね、恋人がいるんだって」

 そう言うと、妖怪達は顔を見合わせて小さく吹き出す。


「そうじゃ、そうじゃ。この村の娘は皆、顔が良いからのお」「なるほど、なるほど。そりゃ、仮初めとはいえ、『お手つき』をオオクチの花嫁御寮にはできんわいなぁ」


 呆れたような顔の野衾を挟んで、ペンタチコロオヤシと狸が卑猥に笑う。私はその様子を見て、ぞわり、と総毛立った。妖怪だけど、エロ親父たちだ。


『百年に一度の祭りが行われるんだが、ヒメミコさんがおらんのだ』

 おじいちゃんが電話をかけてきたのは、二週間前だった。


『皆、村の外に出た娘にも電話して、孫娘やひ孫に声をかけてるんでな、わしもかけてみた』

 うししし、と笑うおじいちゃんの後ろで、村の人が「武蔵たけぞうさん、そんなことはどうでもいいから。返事はどうなんだ」と急かしている。


「イヤよ。そんなところに朱里しゅりはやらないから」

 お母さんはあっさりそう言って通話を切ったのだけど。


 その後。

 未曾有宇の水害が私達の住む隣県で起こった。


 ニュース映像を見たときから、「……あ、これは」と思うような大規模災害だった。一緒に見ていたお母さんの顔も一瞬にして表情が変わるぐらい。


 その後やっぱり、災害支援ナースとして看護協会に登録しているお母さんにも派遣の声がかかり、お母さんは慌ただしく荷物をまとめて被災地に飛んだのだけど。


 お母さんは出て行く際、私に告げた。

『お母さんが戻ってくるまで、おじいちゃんところに行ってなさい』


 当然、『えー』と私は不満の声を上げる。

 折角、夏休みが始まったところなのだ。


 中学校時代は陸上部に入っていたから、夏休みと言えば、炎天下の中、毎日毎日シャトルランだのラダートレーニングだのをやっていた。


 高校では部活に入らなかったから、今年はゆっくりできる夏休みだ、と思っていたのに……。


『高校生の女の子がひとりで家にいるなんて危ないわ。おじいちゃんの所に行ってなさい』

 お母さんが厳しくそう言う理由には、心当たりがある。


 お父さんの存在だ。


 一年前、お母さんとお父さんは離婚した。

 私はさっさと離婚すれば良いと昔から思っていたけど。


 お母さん。決心してからが早かった。

 家を出て、弁護士に相談して、離婚手続きに踏み切った。


 だけど、もめたのは、私の親権だ。

 お父さんは、私の親権をあきらめなかった。


 結局、私が『お母さんと一緒が良い』と言ったことと、以前、お父さんに殴られた時の顔の怪我が決定打になった。警察に行って、写真を撮って貰ったのだけど、あれをお母さんが裁判所に提出したみたいだ。


 私達の住所をお父さんには伝えてないのだけど、お母さんは「そんなもの、いつかバレる」といつも言っている。


 多分。

 お母さんが家を不在にしている間に、お父さんがやってきて私を連れ去るのが怖ろしいのだろう。

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