123.捕らわれ

クメギが寝床の脇で寝ていた。

ずっと傍に付いていてくれたのだろう。

この格好を見ると引っ付いていたという方が正しいか。

俺はクメギを起こさないように引き剥がすと、ゆっくりと寝床を抜け出した。

クルクマさんが帰ってきていないという事は、時間はそれほど経っていないのだろう。

このままクルクマさんを待つよりかは、俺も村長の家に行った方がいいかもしれない。

クルクマさんから伝わっているとは思うが、今後の方針も含め話を聞いておくべきだ。

そして、シュロさんの事を謝罪しなければならない。

無理に魔法を使おうとした後遺症だろうか。

力の入らない足を動かし、壁伝いに家を出た。

家の前でモフモフたちが何かをやっていた。

礼を言おうとよろめきながらモフモフたちの近くまで歩いて行く。

モフモフたちも気が付いたのか俺を見ると、奇妙な表情を浮かべた。

不甲斐ない俺を嫌ったのだろうか。

嫌っていたとしてもモフモフは俺を助けてくれたのだ。

お礼だけでも言っておこう。


「モフモフ、俺を担いで逃げてくれたんだろ」

「にがみ」

「にがし」

「にがさ」

「何を言おうとしているのか分からないが、礼を言うよ。ありがとう。お前は俺の命の恩人だ」


俺の言葉にモフモフたちは顔を歪めて答える。

言葉は分かるが何をやっているのかが分からない。


「あらあら、あんたたちまだやってたのかい」


モフモフの対処に戸惑う俺の後ろから声がした。


「それと、まだふら付いているようだけど大丈夫なの」


クルクマさんが村長の報告を終えて帰って来たのだ。


「俺の事よりモフモフたちの様子がおかしいんです」

「今は落ち着いているようだし大丈夫よ。問題は落ち着かせるために与えた薬が気にいってしまった事かしら」


モフモフたちが顔を歪めていたのは苦い薬を舐めていたからだった。

取られないように隠しているのか、今もこちらを気にしながら順番に舐めては変な表情を浮かべている。


「すいません、心配ばかりかけてしまって」

「いいのよ、君も無理をしないように。私は中にいるから、調子が悪くなったらすぐくるのよ」


念を押すように同じ言葉を繰り返すクルクマさんに、俺は頭を何度も下げながら謝った。

納得したクルクマさんが家の中に消えていくのを見送った俺は、モフモフへ向き直る。


「落ち着きがなかったって言ってたけど、俺が寝ている間に何があったんだ」

「俺たちもう一度洞窟へ向かおうと言ったのに、誰も言う事を聞いてくれなかった」

「言葉が通じないんだからしょうがないだろ」

「俺たち洞窟行こうって指差したのに、皆首振るだけだった」


言葉が通じていても皆首を振っていただろう。

始めからそう決めた上で洞窟へ向かったのだ。


「行く前に何回も説明しただろ。何があろうと村から洞窟に人を送る事はない」


モフモフに説明しながら、俺も十分に理解していたと言えるのだろうかと自問した。

こういう事態になる事を予想していなかった。

シュロさんを頼るあまり、危機感が薄れていたんじゃないのか。

多少の危険があろうと様子を見て来るだけだという甘い気持ちがあったんじゃないのか。


「俺たちだけなら無理でも回復したあんたがいればいける」

「無理だ! 回復してもあんな怪物に勝てるわけがない」

「俺たち助けに行きたい」

「俺だって見捨てたくねえよ! 村の人たちだって同じ思いだ。だけど、今の俺たちじゃ、助けに行くどころか被害が拡大するだけなんだよ」

「仲間見捨てたくない」

「俺だってシュロさんを仲間だと思ってる。だけど、残された人たちだって仲間なんだ!」


俺の怒気に蜘蛛の子を散らしたようにモフモフたちは逃げていく。

そして、物陰の陰から苦み走った表情をこちらへ向けるのだ。

モフモフを見ていると何処までが本気なのか分からなくなる。

俺にもっと力があればと拳に力を入れたとたんに頭に痛みが走った。

その場に膝をついた俺を青いオーラが包む。風の身体強化。

意識的に行っていたことが、無意識に発動した驚きに俺は目を瞬いた。

条件反射という奴か。

普段から意識しながら手足を動かしている訳ではない。

体が思わず動いてしまったとしても、制御できる範囲での行動だ。

それが、魔法にも適応できるなら、戦い方がスムーズになるかもしれない。

しかし、魔力の少ない俺が使えばすぐに魔力切れを起こすだろう。

制御を意識して使うならば今までと変わらない。

反射的に出てしまうなら、もっと意識しなければならなくなったっと考えた方がいい。

これではやりにくくなっただけではないか。

俺の溜息は身体強化の影響で穏やかな気分に包まれ、深呼吸へと変わった。


落ち着きを取り戻した俺は、村長の家へ向かった。

村長にどれほど話が通じているのか分からないが、俺がクルクマさんに伝えたことは洞窟内で起こった事だけだ。

それが全てではない。

俺は見たのだ。紅晶蜘蛛こうしょうぐもの背負う水晶柱に捕らえられた魔物を。

あれは、射水蛇しゃすいじゃだった。

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