109.……リング

「そういえば、ルーフはどこか行ったんですか」


色々あっていままで気付かなかったが、ルーフの姿がない。

ここは村長の家でもあり、ルーフの家でもある。

俺がこの家にたどり着いたのはまだ朝の時間だったはずだ。

その時間より早く村長の家の前を行ったり来たりしていたが、ルーフを見ていないとなると、俺が来るより早くに家を出ていたことになる。


「ルーフなら見張りの手伝いに行っている。村を修復する間に見張りくらいは一人で出来る様になってもらわないとな」


村長の話で、たまに見張り台に立っていたことを思い出す。

俺が村に来た時は、まだ子供だったのになと振り返ってみるが、よくよく考えてみれば今も子供だった。

数か月で子供が大人になる訳がない。

しかし、日々成長はしていると感じている。

大人は悲観的な面が見えるが、子供たちはどう思っているのだろう。


「クメギの事は今はどうしようもなさそうなので、とりあえず保留しておきます

。では、この話はこれで終わりという事で、少し用事があるので出かけてきますね」


村長とシュロさんは、俺が急に話を変えたことに異変を感じたのだろう。

生返事を返しながら、俺を疑問符がついた顔で見返してくる。

さっきまでしつこく迫っていたのに急に出て行くと言えばそうなるか。

二人の顔を見ずに俺は家を飛び出した。


用事と言っても、ルーフたちにも意見を聞こうというだけで急用という訳でもない。

クメギの記憶を完全に呼び戻すことは、誰にも出来ないのだ。

出来なくてもなにか情報を持っている人物でもと考えて、デォスヘルに連絡しなければいけないと思い出す。

これは急を用するかもしれない。

連絡するために村の端の方へ移動する。

指輪を叩いて開口一番、遅いと怒鳴られた。

昨日の今日で遅いのか。

デォスヘルなら切ってすぐかけても、遅いと怒鳴られていたかもしれない。

俺は上司に怒られる部下のように、デォスヘルに事情を説明した。

これでなにか助言でもくれれば、良い上司なのだが、面白いと一言だけで他には何も言おうとしない。


「それだけ? 記憶が戻るような薬なら東に行けばあるとかないの」

「そういう薬なら何処かに行けばあるかもな」

「それは、無いと言ってるのと同じだろ!」

「ほう、えらく強気だな。代わりに取って置きの情報でもあるって口ぶりじゃねえか」


そうだった。デォスヘルとは情報の交換で成り立っている。

取って置きの情報なんて持ってないぞ。

だが素直に無いと言っても通じない相手だ。

何でもいい。俺の日常はこっちの世界の非日常と考えるんだ。


「ジャグリングという技を教えてやろう」

「ほう、少しは強そうだな」


こいつはどういう基準で強さを決めているのか。

ジャグリングとはボールを上空に投げ取るという技。

これだけ聞くと簡単に聞こえるが、ボールが三つ以上と条件を加えると難しくなる。

上級者になればなるほど数は増え、二十個のボールを回す達人もいる。


「どうだ。凄いだろ」

「……」


どうやら驚きすぎて言葉が出ないようだ。

それもそうだろう。

俺の友達ジャグリングの達人なんだ、という言葉は聞いたことがない。


「……つまらん」


それもそうだろう。

この世界であってもジャグリングは凄いの……


「今なんて言った?」

「つまらんと言ったんだ。そんなもの浮遊の魔法を使えば簡単だろうが」


しまった。この世界には魔法があったんだった。


「それが取って置きとは言わねえよな」

「もちろんだ。ジャグリングはただの序章。俺が言いたかったのはサイクリングだ」

「響きだけは強そうだな」


サイクイングとは自転車を使って何処かへ行くことなのだ。

説明は適当だが、大体あってれば問題ないだろう。


「ほう、ジテンシャがどのようなものかわからんが、一緒くたに何処かへ葬り去られたいようだな」

「なんで、葬るんだよ!」

「もっとマシな情報ねえのか」

「ふっ……ここまでは序章よ。本当に俺が言いたかったのはポンデリングだ」

「一気に弱々しくなったな」


小麦粉の生地に水・砂糖・バター・卵などを加えたものをリング状に揚げ、コーティングを施した食べ物なのだ。


「ほう、さっきまでよりは良い情報だ。一回作らせてやろう。材料をもっと詳しく話せ」


作らせるとは、メイドでもいるのだろう。

なんたって魔人だからな。城の一個や二個あってもおかしくない。

この世界にもあるのかわからないが、俺はできるだけ詳しく材料を教えてやった。


「大体わかった。材料が揃い次第、私の所へ招待してやろう」

「ご馳走してくれるのか」

「完成形はお前しか知らん。作らせてやるといってるんだ」

「俺が作んのかよ!」

「私は忙しくなった。じゃあな」


俺が言葉を発する前に通信は切れていた。

デォスヘルは俺が作れると思っているだろう。

俺は作ったこともないし、料理すら普段しないのに作れるわけがない。

それに俺はデォスヘルに情報もらってないのに切りやがって。

もう一度、通信をしようと指輪を叩いてみたが、デォスヘルが出ることはなかった。


「問題解決してないし。面倒事増えただけじゃねえかよ」


俺は盛大なため息を吐き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る