108.クメギの記憶
「もう一度、落ち着いて話し合いましょうか」
俺は安堵のため息を漏らし振り返る。
俺の言葉に村長は真ん中にある焚き火の前に座り込むと、俺にも座るよう催促した。
「何度も言うようだが、私はクメギにこれ以上の変化を与えたくないと思っている。それが間違った記憶であろうとも、今すぐに変えることでクメギは持ちこたえれないかもしれない。勘違いされた君については申し訳ないと思っているが、少し時間をくれないだろうか」
「クメギのことを考えれば、すぐに変えるのは避けるべきでしょう。それについては同じ考えです。ですが、時間が経てば今の記憶が定着してしまうかもしれません」
「時間の見極めが大事だということだね」
そう言いながら、シュロさんも焚き火を囲むように座る。
「村長、この際ですからはっきり言ってみてはどうでしょうか」
「シュロさん話し聞いてました? 今クメギに言うのはまずいと思いますよ」
「言っておいたほうがいいかもしれんな」
「え、村長までですか」
今話していたことと言っていることが、真逆でまだ夢の中にいるようだ。
俺は困惑の表情で二人の顔を見返す。
「君はこの村に住んでいたくはないか」
村長はいつにもまして真剣な表情で俺を見ていた。
村長の言う真意は、生涯この村で過ごしてみないかということだ。
俺が言葉に迷っていると、シュロさんが村長の言葉に続ける。
「もう少し踏み込んだ話をすると、今の状況は君を向かい入れる良い切っ掛けになると思っている」
「言い方は悪いですけど、クメギを餌に村に誘い込むつもりですか」
「少し考えてみてくれ。クメギが今の状態になったのは、クメギの中で君とムクロジが同じような存在だからと言えないだろか。この村にクメギに釣り合う者は他にいないとくれば、君がいなくなればクメギは一生独身かもしれない」
「釣り合うと言うならシュロさんがいるじゃないですか」
「ルアファとは同じ世代の親友だ。その子供を嫁に迎えれるわけがないだろう」
「まあ、そうかもしれませんけど、クメギをこの状態のままにしておくことは出来ません」
「私たちには、君たちのような魔法は使えない。クメギを変える術さえ持たない。では、どうするか。現状を受け入れるしか無かろう」
「そうやって何もせずに受け入れるだけなんて、クメギが可哀そうですよ」
「そんな可哀そうなクメギの為にも、この村にいてくれはしないだろうか」
「話を戻さないでください!」
苛立ちが俺の声を大きくする。
クメギは記憶を取り戻そうとして俺に打ち明けたのだ。
記憶を取り戻すための作戦だった。
それを救えなかった俺にも責任はある。
結果がこれでは救いがなさすぎる。
[魔法が使えたとしても同じです。クメギを救える魔法なんて持っていないのですから……それでも何か救える術はあるはずなんです。なぜそれを探そうとしないのですか」
いつか話したことがある。
もう遠い昔のような気もするが、ログさんと話したのもこういう話だった。
弱く力がない者は何もできないと、何でも受け入れるしかないのだと。
自分の中に限界を作り、それを越えようとすることを諦めた考え。
その考えを変えようとして、俺を村に向かい入れたのではなかったのか。
俺の力に縋りたいだけだったのか。
あれほどまで賑やかだった家の中が嘘のように静まり返っていた。
今日何度目かのため息が漏れる。
沈黙を破ったのはシュロさんだった。
「六年前、ルアファが村の連中にクメギの記憶にもう触れないでくれ、と頼んだ話を前にしただろう。それには続きがあってな。クメギが元の生活に慣れてきた頃、クメギから頼まれていた事がある」
シュロさんが頼まれたのは、記憶を取り戻すのを手伝ってほしいという事。
ルアファが頑なに話そうとしない事が、逆に気になっていたのだという。
シュロとしても話すことには否定的だった。
だが、必死に訴えるクメギにシュロさんは秘密を漏らしてしまう。
シュロさんとしても、弟のムクロジを覚えていて欲しかったのかもしれない。
シュロさんはそれからもムクロジとクメギの思い出を語った。
村長にも相談し、記憶が戻る方法を考える日々が続いた。
「結論は言うまでもないが、クメギに記憶は戻らなかった。しかし、傷跡が痛むと高熱を出すようになってね」
高熱の原因は無理に記憶を呼び起こさせようとしたことだと二人は考えた。
「私たちとしても、クメギの記憶は取り戻してやりたい。しかし、私たちでは無理だったんだよ。私たちのやり方ではクメギの様態さえ悪化させてしまう。そう考えたら、何もしない事が一番なんだ」
「じゃあ、何で今回の作戦に賛成したんですか」
「クメギを取り戻せそうな気がした。私たちにない知識や力を持つ君になら何かが変わるんじゃないかと」
変わった結果がこれかよ、と突っ込む気にもなれない。
シュロさんや村長がしたこと以外で、俺に出来ることはないだろうか。
悩んでも何も出てこなかった。
「グリュイは何か案はあるか」
取り敢えず、部屋の隅でモフモフとじゃれ合っていたグリュイに聞いてみる。
「僕に出来るのは、もっと強引に記憶を取り戻させることくらいかな」
「それは、絶対にすんじゃねえぞ!」
慌てて言う俺に、グリュイは大げさに驚いてみせた。
「結局、進展なしかよ」
俺はそう漏らし後ろに倒れこんだ。
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