95.問題は問題が解決しない事

既に身体強化・風でスピードは上がっている。

合図と共に松明の灯りで確認できていた痺猿へと走り寄った俺は、片手で痺猿ひえんを掴むとモフモフ目掛けて投げつけた。

痺猿がモフモフの口に吸い込まれていくのを確認しつつ、次の痺猿へ手を伸ばす。

虫の実体を確認できてはいないが、モフモフが吐き出さなかったという事は虫が取れていたと見ていいだろう。

片手でも痺猿を投げれることが解れば、後は両手でつかんでは投げの繰り返しだ。

その前に、視野を確保しなくてはいけない。

俺は痺猿を投げつつ、火の玉を浮かべると近くの地面へ放った。

辺りが一気に明るくなり、痺猿の他に痺猿に投げつけていた槍や石、壊れた柵の残骸が転がっているのが分かった。

虫が乗ってようが構わずに俺は痺猿を掴みモフモフへ投げつける。

モフモフの所にさえ届けば、多少ずれても食ってくれる。

落としたらまた虫が寄ってきそうだし、モフモフも必死なのだろう。

しかし、気になる事があった。

俺が数匹痺猿をモフモフに投げつける間に、グリュイはまだ一匹もモフもモフに食べさせていないという事だ。

気になったとしても、俺には暗闇にいるグリュイを見つけることは不可能だ。

無駄に火の玉を使ってグリュイの位置を探ることもしたくない。

今は痺猿を投げ込むことに集中するんだ。

俺は柵の下に挟まれた痺猿を引きずり出した。


モフモフの口に痺猿を多く投げ入れた方が勝ちという単純な勝負。

しかし、判定を誰がするかが問題だった。


「それで誰が数を数えるんだ?」

「モフモフが数えてくれるといいんだけどね」

「心配するな。俺達なら七つまで数えれる」

「心配しかねえ!」

「僕が両方数えてもいいけど、お兄ちゃんはそれで納得しないでしょ」

「対戦相手の言葉なんて信じられねえよ。特にお前はずるしそうだしな」

「非力なのに何で強気に出れるのかが僕には分からないよ」

「非力なのは自覚してんだ。開き直るしかないだろ」

「それは良い考えだね。でも問題は問題が解決しない事だよ」

「それでは、私がカウントしましょう」


そういえば、完全にこいつの存在忘れていたな。

俺は飛び回るナビを目で追った。


「グリュイ、お前は俺側の数を伝えなくてもいいんだよな?」

「両方カウントしながらできるから問題ないよ」

「ならこっちも問題ない」


何かを言いかけたが、察したようにグリュイは頷いた。


「カウント間違えんなよ」

「その時は、そっちの妖精が嘘つきなんだよ」

「失礼な。私は嘘などつきません」


自信満々で嘘をつくナビの声は聞こえていないのだろうが、俺は何も言い返せなくなった。


「一匹」


ナビのカウントが始まる。

既に俺は十匹近く投げているのに、グリュイは今一匹目。これはどういう事か。

俺はモフモフからUの字に片側を掃除しつつ折り返す作戦だったが、グリュイは一気に奥まで走ったのだろう。

奥から手前にジグザグに片付けていくつもりか。

どちらの作戦が有効かは分からないが、今は自分を信じて突き進むのみ。

虫が飛び回る中、俺は地面に埋もれた痺猿に目を走らせる。

俺は痺猿を見落とさないよう、なるべく近くに火の玉を放ちながら進んだ。

俺が痺猿を投げ入れる間も、差を詰める様にナビのカウントが上がっていく。

モフモフから距離が開く度に、痺猿の数は減るが投げるのに力を込めなくてはいけない。

火の玉を闇に投げ込み、辺りに痺猿がいないかを探る。

よく探せばいるかもしれないが、ここで時間をかけてもいられない。

折り返し地点を見誤れば勝利はないのだ。

埋もれ掛けた痺猿を見つけられなくても、虫ならば見える。

痺猿がいれば虫がいる。たとえ実態がずれた場所にいようと、そう遠くに虫がいることはない。

足を止め見ることに集中した俺は、ナビの声で踵を返す。


「こちらが十七匹で、向こうが十匹です」


残りが半分とすれば、こちらの方がグリュイより痺猿が多いのか。

いや、グリュイは遠い場所から始めている。

それは痺猿が少ない場所だ。

気を緩めてはいけない、ここから徐々に差を詰めてこられるのだ。

俺は額の汗を拭い、新たな場所に火の玉を放った。


痺猿の数が少なくなることで、痺猿に集る虫の数も増える。

場所が分かり易くはなるが、虫を払いながら痺猿を掴むことになる。

今のところ虫は飛び回るのみだが、何時こちらに敵意を見せてくるかが分からない。

なるべく敵対心を煽らないようにしつつも、素早く痺猿を掴みモフモフへと投げる作業は疲労も重なり、心身に負担をかける。

追い打ちをかける様にグリュイとの差がなくなってくる。

虫を散らすためにモフモフの近くまで先に火の玉を放った俺は、足に力を入れ照らし出された痺猿へと走った。


「向こういなくなちゃったから、こっちの貰っていくよ」


火の玉に照らされたグリュイが、痺猿を掴み上げるのが見えた。

開始地点を東西に決めただけで、痺猿がいなくなればこちらに来るのは当然の事。

こちらを見つつ軽々と痺猿をモフモフへと放っている。

あれがグリュイの実力か。もしくはグリュイも力の指輪を使っているのか。

グリュイなら他に指輪を持っていても可笑しくはない。

重要なのはグリュイの方がモフモフに近く、痺猿も多いって事だ。


「こちら二十六匹、向こうが十九匹」


頭上からナビの声が響く。


「負けられるか!」


俺は両手に一匹ずつ痺猿を掴み、モフモフへ投げつけた。

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