87.騙し合う二人

「全部台無しにされちゃったよ」


鳥を見送っていた俺に後ろから声がかかる。

頭の後ろで腕を組みながら、グリュイが近づいてきていた。


「お兄ちゃんが鶚薦がくせんにちょっかい出すからだよ」

「ちょっと待て、俺が何にちょっかい出したって?」

「鶚薦、さっきの大鳥の事」


ボス猿の大きさから鶚薦という鳥は三倍以上はある。

どうしてそんなやばい相手に、俺がちょっかいを出さないといけないのか。


「ふざけんな。そんな事する訳ないだろ!」

「ああ……自分のやったことに気が付いてないのか」


グリュイは天を仰ぐように両手を広げ、呆れてみせる。


「何だそれ、雨乞いでもしてんのか」

「……僕にそんな力があれば、お兄ちゃんの上に降らせてるよ」


そういってグリュイは上げていた手を、俺目掛けて振り下ろす。

もちろん何も起こりはしないが、グリュイは指をうねうねと動かし続けるのだ。

いつまでも続けられそうなので、改めて俺が鶚薦にやったことを聞いてみる。


原因は風流弾だった。

ボス猿を狙った風流弾は上空に消えていった。

その上空にいたのが鶚薦だという。


「今まであんな大きな鳥を見たこともなかったが……」

「そりゃね、普通は雲のもっと上を飛んでいるから見れないよ」

「え……」


俺が驚いたのはその鳥の生態ではない。

もちろん鶚薦の事も驚いたが、もっと驚くべきは、風流弾の威力だ。

雲の上を飛んでいたあんなに大きな鳥が怒るほどの一撃を、与えたというのか。


「名前の通り、風の流れにうまく乗れば威力倍増です」


ここぞとばかりにナビが俺の前に出てくる。


「たまたま低い所を飛んでたんだろうけどね」


ナビの見えないグリュイも話を続ける。


「なぜそれを今いう!」


怒りを込めた俺の怒りが爆発する。


「物は試しという言葉の通り、まずは実践派なのです」

「まさか、お兄ちゃんが鶚薦を目掛けて魔法打つと思わないからね」

「待てよ。便利な魔法かと思ったら使いどころが難しい魔法じゃねえか!」

「何を言うのですか。大は小を兼ねる。威力が増えようともそれは小を兼ね備えているのです」

「え? さっきの魔法、今まで使ったことないの?」

「そんな訳ないだろ!」

「そんな訳がない事がないのです。これはれっきとした事実です。否定する人がいるなら見てみたいものです」

「だよね、ぶっつけ本番で魔法使う人なんかいないよね」

「ここにいるんだが……って、お前ら同時に言うんじゃねえよ!」


俺に向かって同時に首をかしげるが、グリュイにナビは見えていない。


「もしかして、お兄ちゃんが妖精とかいう存在が、ここに?」

「何でも……ねえよ」


グリュイにナビの存在を知られてはいけない。

グリュイ経由でデォスヘルに情報を与えることになる。

既に駄々洩れな気もするが、進んでばらす必要もないだろう。


「妖精なら僕も見えるはずなんだけど、お兄ちゃんの言うその存在は違うものか……」


まずい、このままでは突き止められそうだ。

話を逸らさなければ……


「そういえば、妖精の話ってお前としたっけ?」

「ないよ」

「じゃあ、何で知ってんだよ」

「村の人に聞いた」


俺が話したのは村長と息子のルーフだが、この二人が簡単に妖精の話をするだろうか。

ナビが心を読めると分かってからは声に出すこともしていない。

その存在に気付いている村人は限られてくるはずだ。

ひとつ鎌をかけてみよう。


「村の人に言った覚えはないんだが、おかしいな」

「お兄ちゃんは嘘が下手だね。村の真ん中で話しときながら言ってないは通じないよ」

「何だよ、見てたんか」

「見てないよ。聞いたんだよ」

「誰に?」

「村長……だったかな」

「村長? 村長には言ってないぞ。妖精の存在を信じる人でもないだろ。言う必要もないし」


実際は真っ先に飛びついてくる性格だろう。

村長の家で厄介になっているグリュイに話していても可笑しくはない。

話が出たとすれば俺のいない時だろうが、俺のいない時にたまたまその話になるだろうか。


「何で知っているのかは分からないけど、聞いたのは村長……だよ」

「そうか、後で村長に確認するか」

「まあ、僕もはっきりとは覚えてはないけど……」


何からしくないな。

いつものグリュイなら断言するはずなのに、この話に関してはあやふやだ。

俺が村長に話したのは家の中。

村の真ん中で話していたのはルーフで、会話の聞こえる範囲に村人はいなかった。

というか初期の頃は俺に近づいてくる村人はいなかったはずだ。

では、ルーフに聞いたのかと言うとそうでもないような。

ルーフは村長と補佐官の会話も聞いている。

それをべらべら話すこともない。

以前俺に話してくれたことはあったが、それは俺を思ってくれての事だろう。

ルーフとグリュイが仲良く話しているという事もなかったように思う。


「グリュイ、子供は好きか?」

「何、その質問」

「いいから、答えろよ」


脈絡もない質問にどう答えようか迷っているグリュイに、俺は笑みを作り軽い質問だと思わせる。


「まあ、どっちかといえば苦手かな」

「そうか、そうか……」


俺は悪い笑みになるのを堪えつつ、グリュイの肩を軽く叩いた。


「……で、どこから俺を見てた?」

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