86.結末は風のように
片足を掴まれ抵抗も出来ぬまま上空に持ち上げられた俺は、そのまま地面へと叩きつけられる。
振りほどくことも出来ず、俺は身を固めるしかなかった。
何度も地面へ叩きつけられ、衝撃で脳がやられたのか痛みすら感じない。
あれほど硬いと思っていた地面すら柔らかく感じるほどだ。
ひと際大きく振りかぶったボス猿は黒い地面へと俺を投げ捨てると、興奮冷めやらぬといった感じで胸を叩きだす。
猿の習性といえば、これといった感じだ。
叩きつけられた衝撃で頭がくらくらする。
目も回り、地面が温かく感じられた。
自分の血に溺れ、それを温かく感じているのだろうか。
手も痺れ感覚が鈍い。
草がまるで体毛のように騒めく。
地面も躍動しているようだ。
何かがおかしい。何もかもがおかしいのか。
「お……かいた……」
幻聴が聞こえてくる。
「……な……たい」
「……なんだ?」
俺は頭を振り、声を確かめようと神経を張り巡らす。
ボス猿は俺のことなどどうでもよくなったのか、胸を叩きまくっている。
「おなか……いたい」
「は?」
言葉の理解は出来たが状況が呑み込めない。
「おなか出して寝てた……から?」
「そう……なのか?」
くぐもった声は下から聞こえてくる。
「痛い……寝る……」
地面が大きく
俺は思い違いをしていた。
状況が呑み込めると共に笑いがこみ上げる。
「ふふっ……」
俺が叩きつけられたのは、固い地面ではなかった。
脳がやられたのは、衝撃のせいではなかった。
暖かく感じられたのは、俺の出血ではなかった。
俺は振り回されて目が回っただけだ。
「ふははははっ」
声に出すほど笑いが込み上げてくるのは、いつ以来だろうか。
声が言ったように、お腹を出していたから痛くなった訳ではない。
俺が柔らかいお腹に叩きつけられていたのだ。
高らかに笑いながら俺は身を起こす。
既に混乱はない。
「助かったぞ、モフモフ!」
ボス猿が不思議そうに俺を見る。
俺もボス猿を見ていた。標的を――
ボス猿に向けて掌を翳す。
「終わりだ!」
空間が捻じれるのも一瞬、それは風の渦となり荒れ狂った。
風流弾。それは地を削り、ボス猿へと猛った風の唸りをあげる。
幾度と打ち込み浅い傷しか付けれないでいた腕を貫き、肩口を切り裂く。風流弾は弧を描き空へと消えていった。
傷口から霧が立ち上り、ボス猿の悲鳴が辺りに木霊する。
怒りに任せて攻めてくると予想したが、ボス猿は唸りを上げてこちらを牽制するように睨みを利かせてくるだけだ。
どうやら風流弾の一撃がよっぽど効いたらしい。
それはこちらにも好都合だ。
なんたって、今の一撃で回復した魔力を使い切ったといっても良い。
警戒している間に魔力は回復していく。
何もせず動かないとばれそうなので、ボス猿に手を翳したまま、たまに魔法を撃つぞと力んで見せる。
そのたびにボス猿は体制を変え、鼻に皺を寄せながら叫ぶのだ。
暫くそうやって対峙していたが、流石にボス猿も勘付いたらしい。
左右に歩きながら徐々に差を詰めようとしている。
そのまま後退すると相手の思う壺だ。
魔法を撃つと見せかけ後退したり、無造作に前に出たりしながら間隔を保つ。
そんな素人丸出しの俺の作戦など長く持つはずはない。
一際大きく叫んだボス猿が両腕を上げる。
拳から巨大な爪が突きだし、両腕を広げたボス猿が雄叫びを上げる。
改めてボス猿の大きさを思い知る。こんなにも大きかったのだと。
雄叫びに空気が震える。怨念の込められた怒りだ。
まだ風流弾を撃つには回復できていない。
風玉を使い時間を稼ぐか。
考えが纏まるまでボス猿が待ってくれるはずもなく、ばねを生かした跳躍で上空から襲い掛かってくる。
その一瞬、辺りの日が陰り、上から突風が叩きつけられる。
やっと立ち上がれた俺は、また地面に突っ伏した。
そのまま風に流されるように地面を滑る。
ごうごうと風が唸り、そこら中の物が巻きあがる。
折れた枝や葉、倒れた痺猿達、石や土までも舞い上がっている。
目も開けていられないほどだ。
何かの悲鳴を残し、風は通り過ぎて行った。
訳が分からず誇りにまみれた俺は、ボス猿にばれないように辺りを見渡す。
台風の後のような散らかりようだ。
近くの木が薙ぎ倒され、村の塀も傾いている。
ボス猿の姿が跡形もなく消えていた。
辺りを警戒しながら立ち上がる。
塀の上の村人が騒ぎながら東の方を指していた。
俺も東の空を見上げた。
鳥が空を飛んでいた。その足にボス猿を掴みながら。
まだボス猿は藻掻いているようだが、鳥は気にした様子もなく飛んで行った。
これで終わったのか。グリュイを探す。
西側の塀の根元で上空を見上げるグリュイを見つけた。
塀に寄り掛かるシュロさんとクメギも無事のようだ。
復元の効果を考えれば、戦闘は終わったと見て良いだろう。
これもグリュイの考えていた事だろうかとも思ったが、両手を広げるグリュイを見て違うのだと分かった。
グリュイの舞台ごと吹き飛ばす巨大な鳥の登場で、お手上げ状態という事だろう。
こうして、ボス猿との戦いは終わった。
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