54.見てはいけないもの

村を起点に円を描く。この円の中が狩猟を行う範囲だ。

罠を仕掛けているのはこの円の外。

円周上に罠を仕掛け範囲内に入って来た魔物を確認出来れば、この地に戻って来たのだと分かる。

シュロは五人の狩人を二つに分け、危険な南東側をシュロとクメギ、北西側を残り三人に割り振った。

狩人は罠を見回り、食量を探しながら日が暮れる頃に戻る事が仕事になった。


一週間が過ぎても魔物は姿を現さなかった。

よっぽど怖い咆哮だったのだろう。

それだけ怖い咆哮というものを少し聞きたい気もした。

怖いもの見たさみたいなもんだ。

モフモフは夜にまた水の魔物を見る。

この日もお互いに見合ったまま何事もなく終わったそうだ。

何のために出て来るのか分からないまま、日は過ぎていく。


半月が過ぎ、俺の足は完全と言って良いほどに治った。

相変わらず魔物は戻らず、水の魔物も姿を見かけなくなったと言う。

モフモフも七つに回復し、俺は中断していた作業を再開する。

まずは塀を作り上げなくてはいけない。

残すところ西側の塀だけだ。木は既に東の川まで流してある。

それを運び建てれば完成するだろう。


俺はモフモフを連れ荷台を引っ張り、東の川へとやって来た。

ごつごつした大小の岩に引っかかり俺の伐った木が川に浮いている。

対岸には紅晶こうしょう蜘蛛ぐもの糸が木に絡まり、垂れた糸が風に靡いていた。

蜘蛛に超音波が効くのかは分からないが、森は静まり返っていた。

水から木を引っ張り上げ、荷台へ積んでいく。

やるのはもちろん力のあるモフモフ達だ。

水の魔物がここら辺に移動して来ているだろうか。

手の空いた俺は少し上流に向かって歩く。

川の縁に近づかなければ引きづり込まれることはない。

どのような見た目かも知りたかった。

モフモフの説明は絵描き歌のようで、想像できなかったからだ。


岩が少なくなるにつれ、川の勢いが増してくる。

徐々に川の縁が盛り上がり、川を見下ろすように変化していくのだ。

透き通った川お水は底まで見通せる。底の浅い川なのだ。

俺は時折、立ち止まっては川を覗き込み、進んで行った。

ある程度歩き、何もないことが確認できた。

魚はいたが、魔物の姿はない。

これ以上モフモフと離れ、何かあっては困る。

俺は戻る事にした。


戻る最中、岩の影に動く何かを発見した。

こちらから見下ろしているからか、向こうには気付かれていない。

身を低くして、慎重に様子を伺う。

辛うじて顔が見えた。クメギだ。

来る時には気付かなかったが、クメギも何かから隠れるように辺りを警戒していた。

何か魔物がいるのか。

俺は森へ目を走らせ、聞き耳を立てる。

水に落ちる音に俺は再び川を見た。

水の中にクメギが落ちている。引きずり込まれたのか。

シュロには水に気を付けるようにそれとなく言っておいた。

他の狩人にもそれは伝えているはずだ。聞いていなかったのか。

魔物がいないからといって不用意に水に近づくからだ。


「馬鹿野郎! 早く水から上がれ!」


俺は大声をあげ、クメギを助けようと一歩を踏み出す。

そして、そのまま向きを変え勢いよく地面に倒れ込んだ。

何故だと考えつつ、ゆっくりと草むらへ向かう。

何故クメギは裸なのだ。


「誰かいるのか!」


声を聴いたクメギが川から上がってくる音が聞こえた。

ここは動物の鳴き声で免れるしかない。


「にゃあぁ」


猫好きの俺に掛かれば、声を真似るなど朝飯前。

猫の動画を見続け、自然に身に使た技なのだ。


「なぁあん」


アレンジの見せ所と言わんばかりに俺は猫を真似る。


「なんだ、この聞きなれない声は」


不審がるクメギの声に俺はしまったと唇を噛む。

この村の付近に猫はいないのだ。あれほど身近な存在だったのに。

クメギはゆっくりと近づいて来ている。

ここで見つからずに立ち上がり、森の中に逃げるのは不可能だ。

必殺技を使うしかない。


「土遁」


小さく呟き俺は土の玉で出した土を必死に体にかけていった。


「何をやっている」


怒気の籠る声が降りかかる。

気のせいだ。まだ間に合う。俺は必死に土を被せていく。


「何をやっている」


頭を鷲掴みにされ、俺は痙攣する。

ゆっくりと頭を回し、般若のような顔をしたクメギと目が合う。

濡れた体に張り付いた服が……などと暢気な感想など持てる雰囲気ではない。


「き、奇遇ですね」


引き攣った笑顔を浮かべる俺に般若は同じ言葉を吐いた。


「何をやっている」

「えーと、土の中に潜ろうかと……」

「一生潜っとけ!」


打ち下ろしのグーが俺の顔面にヒットし、俺は地面に顔を擦りつけた。


「ちょっと待っとけ」


さっきの岩の影へとクメギは戻って行く。

皮の装備を着けるのだろう。

怖いと心の中で呟きながらクメギを目で追った。

肩から背中に斜めに線を引く傷が張り付いた服越しに見え、俺は慌てて目を伏せた。

痺猿ひえんに襲われた時の傷だろうか。

聞いた話だと、生死を彷徨う程の傷を負ったという。

裸より見てはいけない物を見てしまった。

そんな気がした。


正座で待つ俺の前に戻ってきたクメギは、俺を見下ろす。

見上げることも出来ずに俺は誤った。


「時間がないから今は許してやる。狩りが終わってからじっくり聞いてやるから覚悟して置けよ」


そう言い残し、クメギは走り去っていった。

俺は放課後に怒れらる生徒の様にがっくりと項垂れ、長い溜息を洩らした。

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