49.仲良く震え

遥か昔。

魔物が姿を消す異変が訪れた。暗雲集いし空の元、それは起る。

一筋の線が空を駆け上がるや、炎を纏いし竜と化したのだ。

悪しき竜なるや、善なる竜なるや。

村は騒く事も叶わず、ただ空を見上げるばかり。

竜は我が力を見よ、と言わんばかりに空を震わせ、暗雲と共に天に消えゆく。


その竜は村に繁栄を与えし神。二つの施しを与えた賜ふた。

一つは肥えた土。一つは万病に効く薬。

この二つがあったからこそ、この村の今がある。


後に村を訪れた人はその伝承を聞き、立派な町並みから空を見上げるのだ。


などと語り継がれそうなくらい村は大騒ぎだった。

竜だと連呼し騒ぐ人の前で、実は蚯蚓でしたとは言えない。

俺は興奮して肩を揺さぶられるままに、聞き手に回るしかなかった。


デォスヘルは響岩蚯蚓きょうがんみみずについて色々と教えてくれた。

響岩蚯蚓の土中の通り道は複合的に混ざり合い、その土で育てた植物は強く大きくなる。

地表の出入り口は土が盛り上がり、黒い小さな山が出来ると言う。

数年経てば木の成長も変わってくるようで、他より高木が並んでいれば、そこは響岩蚯蚓の出入り口だったとなる。


響岩蚯蚓の体液はゼリー状で、塗り薬として怪我の治療に使える。

体液は乾燥に弱いが、水の中に沈めておけば保存できるらしい。

俺の足にも付いている。塗った訳ではない。

デォスヘルに顎を殴られ、ふらついた時に踏んでいたのだ。

それから足の痛みは無くなったが、感覚も鈍くなったように感じる。


俺からその場所を明かす事は出来ない。

色々と話がややこしくなる事が見えているからだ。


「おお、君か。ちょうどいい時に帰って来た」


村長の家の前でシュロさんに呼び止められた。

クメギと他の狩人の顔も揃っている。


「今から先ほど竜が出たという場所の調査に行く。君も来てくれると助かるのだが……」


先にモフモフの様態を確認したかった。

今もまだ震えているのだろうか。


「すいません。まだモフモフを探していまして」

「まだ見つかっていなかったか。誰か一緒に探す人を付けるかね?」

「見当はついているので、大丈夫です」


俺は心配させまいと笑顔を作って別れた。

心配してくれるのは有難いが、一つになったモフモフに会わせる訳にはいかない。

何時かバレしまうのだろうか。不安が過った頭を振りつつ、俺は足を速めた。


窪みを覗き込み、モフモフを確認する。まだ震えている。

俺は側まで行き、終わった事を報告する。


「あの大きなにょろにょろを?」


やっぱり恐れていたのは、響岩蚯蚓だったか。

しかし、モフモフが姿を知っている事が気になった。

いくら巨大な体とはいえ、地上で姿を見せる前に咆哮で魔物を遠ざけるはず。

魔物は姿の見えぬ声に恐怖を感じるのだ。


改めて考えると、モフモフを探しに戻った時シュロさんは戻って来ていた。

南の森の奥まで魔物を追い、引き返してきたと言っていたはず。

その時、モフモフは西に走って行ったと目撃されている。

他の魔物と逃げるまでの時差があるのだ。


「お前、響岩蚯蚓の声を怖がってたんじゃないのか?」

「どんな声?」

「どんなって、俺も聞こえないから説明できないけど……」


聞こえようが聞こえまいが、声を説明するのは難しい。


「咆哮じゃないなら、何をそんなに怖がってたんだよ?」

「俺たちでっかいにょろにょろ恐怖症」


俺は一気に力が抜け、地面に倒れ込んだ。

この報われない努力はどうすれば良いのだろう。


安心したからなのか、今更ながら震えが来た。それは俺の口から漏れだす。

よくあのような巨大な蚯蚓を倒そうと思えたもんだ。

桁違いな強さの魔人にも対抗した。

あの時の俺は、恐怖が何処かに行っていた。

俺は恐怖に歯を鳴らしながら、薄気味悪い笑いを漏らしていた。


「恐怖症が増えそう……」


新たな恐怖にモフモフも震える。

俺達は仲良く震えあがるのだ。


モフモフは暫く一つで居たいと言う。

今までよく働いてもらったのだ。少し休息してもらおう。

村の人達に見つからないように念は圧しておく。

間違って一つのままで見張りに手を振ろうものなら、悲鳴が返ってくるだろう。

また以前のように複写で飯を持ってくるようになるが、モフモフの件は一先ず片付いたと見て良い。


しっかり休んでおけとモフモフに言い置き、俺は三度この世界で初めて降り立った場所へと戻る。

歩いている内に足の感覚は戻って来ていたが、痛みは消えていた。

傷を治す薬としては、モフモフの知っていた薬草より上だ。

乾燥して消える前になるべく多く村に持ち帰りたい。


それぞれ分かれ現場を調査する中に、シュロさんを見つけた。

これが事件なら手帳を見せつつ黄色いテープを潜り、シュロさんに事件内容を聞くのだろう。


「シュロさん、これは事件の匂いがしますね」

「ああ、来てくれたのか。君の方はもう良いのかね?」

「ええ。もう大丈夫です。それより、何か出ましたか?」

「ん? ああ、この地面に散らばっている透明な物、何だか解るかね?」


俺はシュロさんもびっくりするくらい大げさに驚いて見せる。

そして、見え透いた事件は続くのだ。

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