33.木を伐って川を下ろう
村に着いてから数日が過ぎ、食肉植物に傷つけられた彼も少しずつ回復に向かっていると聞いた。
まだ狩人として復帰するには時間がかかると思うが、必ず元の姿を見せてくれるだろう。
あれから俺は北の森に通い続けた。
なぜこうも北の森に拘り続けるかと言うと、塀を作る為の木材が必要だからだ。
ただ木を伐るのではなく、伐った木を川に流す事で、村から距離の離れた北の木を割と近い東へと持ってこれる。
東の川は岩が多く、勢いも弱まっている。
わざわざ仕掛けをしなくても、岩に引っかかるだろう。
そこからモフモフに運んでもらえば、遠くの木を少ない労力で村に持ってこれる。
なるべく離れた川沿いとなると、村から北西の場所となるが、食肉植物の群生地には入りたくない。
結果的に、以前南下して来た辺りの川沿いの木を伐る事にした。
場所を決めシュロさんに相談し、問題ないという答えも貰ってある。
俺は遅れた分を取り返すように森へと足を向けた。
計画を立ててから数か月、やっと実行に移せる時が来たのだ。
俺はシュロさんやクメギのように目が利くわけではない。
地道に北の森の探索を行い、少しずつエリアを広げていく。
午前中は探索と森を覚える事を中心に北上し、午後は食材を集めながら村へ戻る事を繰り返した。
木に印をつけ、安全かつ進み易い俺の作った道が出来ていく。
何にせよ、俺は北側の地形と川辺までの道を頭に刻み込んでいった。
村でモフモフを集め、説明を行う。
「木を倒し、手綱を付け、木を川に流すだけではなく、自分達もその木に乗って東まで移動する。そこから村までは木を担いで戻ってくる。やる事はこれだけだ、簡単だろ」
「わかった」
「俺たち木を担いで川下る」
「川下る時は担がねえから!」
その後も何度か説明し、モフモフを連れ北の森へ向かった。
目的に付くと静まり返った森とは対照的に、川の速さが分かるような水の音が響いていた。
辺りを警戒しながら一本ずつ木を伐っていく。
伐った木は川の中へ転がして落とし、また木を伐るの繰り返しだ。
伐った木はその日に全部持ち帰れなくても、川に浮かべておけば良いだろう。
ある程度川に木を流した後で、今度は俺も乗れるように手綱を付ける。
流れる前にもう一度モフモフを集め説明すると、見本とばかりに俺は川へ飛び込んだ。
急な川の流れの中で服を着たまま泳ぐのは大変で、溺れかけながらも木にしがみ付き、やっとの事で木に跨る事が出来た。
川下へ流されるだけでもスピードがある事で、ちょっとしたアトラクションのようだ。
後に続いたモフモフたちも大変に違いないと、全身濡れた俺は振り向いた。
丸太だけが流れて来ていた。
「なんで付いて来てねえんだよ!」
俺は折角よじ登った木を捨て、泥だらけになりながら川縁を上り、木を伐った場所まで戻った。
木を引きずった跡が南へと続いているのを見つけ、その先へと目をやると犬橇の様に木を牽くモフモフがいた。
「誰が森を下れと言った!」
俺は必死になって追いかける。
一番後ろにいるモフモフが、振り返って俺を見た。
「モフモフ! 川を下れ川を。待てって、スピード上げてんじゃねえよ!」
全身濡れて泥だらけで叫ぶ俺に、モフモフたちは恐怖を覚えたのだろう。
結局、モフモフに追いつけないまま村へと走って戻る事になった。
「何か大変な事でもあったのか?」
荒い息を吐きながら地面に倒れ込む俺を見下ろし門番が言った。
こんな格好で叫んでいれば何かがあったと思うだろう。
「川じゃなく……森を下って……」
嗚咽と荒い息を挟みながら説明する俺に、君も大変だなと笑いながら門番は離れていった。
近くではモフモフたちも荒い息を立てながらぶっ倒れている。
微かにやり切った感を醸し出しているのは何故なのか。
俺達の荒ぶりを示すように、擦り切れ傷だらけの丸太が転がっていた。
村の隅で俺はモフモフ達に説教をする。
村の人がそれを遠巻きに見て、不思議そうな表情で仕事に戻っていった。
「だから、お前たちは何も分かってないだろ。川を下るんだ。か・わ・を!」
「森下った方が早い」
「早くても、あんな擦り切れた木が塀に使えねえだろが!」
「気を使って森を下ればいいのか」
「森を下るって時点で間違ってんだよ! 森の事は忘れて川の事だけ考えろ!」
「わかった。俺たち今日から川で生きる」
「違うだろ!」
物覚えの悪い子を叱る親のように俺の説明は続く。
日を改め、俺達は北を目指していた。
森に付いた線がいろんな意味で痛々しい。
本当に通じてるのか怪しいがやるしかない。
俺は気を取り直して木を伐ると、先日同様何本か木を流していった。
モフモフの行動が心配過ぎて、辺りに気を配る暇がない。
こんな所を魔物に襲われたら一溜りもないだろう。
「だから、お前らは川下るのに、森の先を見てるんじゃねえよ!」
先にモフモフたちを流してからじゃないと安心出来ない。
俺はぐずるモフモフと共に川へ木を落とし、流れていくのを見ながら一息ついた。
学校に行きたくない子を見送るお母さんか。
などと思っている暇はなかった。
残念そうに流れていくモフモフの後ろで、他のモフモフが森を下り始めたのだ。
「お前ら、俺の説明聞いてなかったんかよ!」
怒声を浴びせながら、俺は必死で逃げるモフモフたちを追いかけた。
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