23.体の使い方講座
「今日は弟子初日という事で彼を連れていく。分からない事があれば何でも聞くようにな。みんなも教えれる事があったらどんどん教えてやってくれ」
前にも聞いたような言葉で説明し、シュロさんは俺に付くよう編成を組んだ。
代わりに、クメギが狩りの指揮を取る。
クメギは昨日の事があったからなのか、否定的な目を向けてきたが、何も言うことはなかった。
クメギからしてもシュロさんは師匠に当たる。
それは、ここにいる他の人にとっても同じだ。
だからと言って逆らえなくはないだろうが、決定権はシュロさんが持つ。
「今日は西の森に向かう。クメギ、分かっているな」
俺に向いていた眼をクメギに向けるように、シュロさんは指示を出した。
分かっているなとは魔物の巣や植物の場所の事。
「勿論よ。みんなも危険な魔物が少ないからって気を抜かないようにね」
気持ちを切り替えたのか、クメギは一同の顔を見ると頷き、先頭を走りだした。
続けて他の人が走り出し、最後尾に俺が付いていく。
シュロさんは俺の横に合わせて走っている。
俺は初心者として基本から教えて欲しいと伝えてあった。
君が良いならそうしよう、と了解してくれている。
「視野が高ければ見やすくもなるだろうが、見られ易くもある。もっと姿勢を低く保つと良い」
走りながらも、息が上がった様子もなく普通に指示が飛んでくる。
俺は指示通りに姿勢を低くした。
走り難いのもあり、スピードが遅くなる。
「遅れは気にするな。ほら、姿勢が高くなってるぞ。見えなくなっても耳で判断するんだ」
シュロさんは探知スキルでも持っているんじゃないかと言うほど、正確に誰が何処にいるかを言い当てた。
狩場を把握していると言うのもあるのだろうが、草の揺れや擦れる音など些細な事を材料に状況を察知しているのだ。
狩りは走っては止まりを繰り返す。
採取や狩りポイントに近づいたら散開し、周りに気を配りながら採取や捕獲などを行うのだ。
ポイントを記したマップなどあるはずもなく、全部頭に入れていかなくてはならない。
マップを作ったとしても時期によってポイントは変わり、全体的に把握は出来るとしても余り意味はないのだろう。
慣れない姿勢で走る事で俺の限界はすぐに来た。
限界を迎えた所で俺のその日の狩りは終わり、村に戻る事になる。
村に戻ってただ休憩するのではなく、水の確保や薪となる枝を集めるのだ。
そういう仕事をする事でも体力は付いていく。
数日後の昼過ぎ、ふらつきながら村に戻った俺に付き添ってシュロさんも戻って来ていた。
いつもなら狩りを続けているのにだ。
俺は村の隅に倒れこみ、シュロさんは平然とした顔で前に立つ。
ここまで違うと別の生物じゃないかという思いが沸いてくる。
「俺の事は気にせず狩りを続けてください」
「この数日、君を見ていて気になる事があってね」
「気になる事ですか」
俺は生気の抜けた顔でシュロさんを見上げた。
「君は身体強化の魔法が使えると言っていたね。それを狩りの最中に使用していて変化は私も感じている。そして、ぎこちなさもね」
俺は黙って言葉を待った。
言っている意味が分からなかったのだ。
「確かにスピードは上がってると感じるが、使い慣れてないというか、流れが歪なんだ」
普通はギアを一速から二速、三速と上げていく所を、俺は一気に五速に上げている。
一速と五速しか使わないため、意識と体の動きにずれが生じ、それが疲弊につながっている可能性がある。
足や手の運び方も未熟で、このままいけば体に支障が出るかもしれない。
それがシュロさんの見解だ。
「そこでだ。君に課題を出そう。今後も狩りに出る事は許可するが、倒れた後村に戻って木登りをする事」
「木登りですか?」
「ただ登るだけじゃなく、登り下りを繰り返すんだ。そうする事で体のバランスや手足の運び方も感覚として掴めると思う」
小さい頃アスレチックに連れて行ってもらった記憶はあるが、木登りなんてやった事がない。
それで、本当に体の使い方を学べるのだろうか。
「狩人という仕事は、確かに獲物を知る事や検知と言った事も大事だが、一番大事なのは怪我をしない事だ。怪我をすれば狩り所ではないからな」
無理をすることで何処かに支障をきたす。
そうならない為にも、柔軟な体を作る事が求められるのだという。
身体強化でもそれは当て嵌まるかもしれない。
ゲームでスピードを上げた途端に狭い所で壁にぶつかって、まともに進めなくなったみたいな感じか。
「魔法について私は使えないから何とも言い難いんだが、いろいろ模索してみるのも良いんじゃないか。まあ、今日はゆっくりすると良い。木登りは明日からだ」
そう言い、シュロさんは狩りへと戻っていった。
身体強化の使い方か。
もしかしたら意識してスピードを緩められるのかもしれない。
「それは無理です。身体強化の上昇値は一定で固定されています。ギアの話で言えば、身体強化を新たに取っていく事でスピードは上昇していきます。心配されていましたが、それに伴う体への負担はありません」
一速から五速へと変わったように見えて、まだ身体強化としては一速だったようだ。
上昇値固定という事は、俺がその速さに慣れなくてはいけないって事か。
負担がないなら加減はいらない。
よくよく考えてみれば、身体強化を使っているのに体の負担になると考えるのが間違っている。
これは身体強化を使いまくって体に滲みこませなければならないな。
俺は新たな思いを胸に疲れを癒す。
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