アンケートを反映した異世界に連れてこられたのでなんとなく迷走してみる

１．街頭アンケート

「少し、お時間よろしいですか」

飲み会が終わり、駅に向かう道中で俺は声を掛けられた。

足を止めた俺にすかさず女の人が用紙を差し出す。

「簡単なアンケートなので、ご協力お願いします」

「いや、急いでるんで……」

「わかります。今まで私が声をかけた人で暇な人は一人もいませんでした」

落ち込む女の人に浮かぶ微かな罪悪感。

俺が悪いわけじゃないけど、なんなのこの感覚。

「これ言ったらダメなんですけど、ノルマがありましてお兄さんで最後なんです。お兄さんさえクリア出来たら私ノルマクリアなんです！　家に帰れます！」

「それは、そっちの都合でしょ」

「言いたい事はわかります。でも、私諦めません。そうなると、お兄さんも私も家に帰れません。お兄さん手早くアンケート書いてすぐ開放。私も仕事終わる。ｗｉｎーｗｉｎですね」

「だから、それはそっちの……」

「ｗｉｎーｗｉｎ」

俺の言葉を遮り女の人は笑顔で親指を立てる。

これは面倒臭い人に捕まったと思いつつ、俺はさり気無く用紙に目をやった。

幾つかの質問があるだけで、名前や住所と言った記入欄はない。

このまま押し問答をやって振り切れたとしても、色々な意味で浪費が激しい。

それなら、素直に書いた方が早く終わるだろう。

俺はため息交じりにわかったと言うと、差し出されていた用紙とペンを手に取った。

一つ目の質問は現状を変えたいかというもの。

俺の現状は平々凡々。

だからと言って命がけのギャンブルをしたいとも思わない。

転落して悲惨な最期を迎えたくもないしな。

少し考え、俺は良い方向に転ぶなら変えたいと書き込んだ。

二つ目は変えられるとしたら何をしたいか（変えたくない場合、何を守りたいか）と初めの質問に掛けたものだった。

頭を悩ませながら、何をやっているんだという思いがこみ上げてくる。

そう、俺は早く帰りたいんだ。

こんなアンケートでどうなる訳でもなし、思い付きでいいだろう。

開放的な暮らしがしたいと書く。

漠然としいてるが、突っ込まれたら口頭で答えればいいだろう。

三つ目は人より秀でていたいかと来た。

人より優れていたいと思うのは当然だが、はいと答えると今の自分が落ち溺れだと思われそうだ。

そこで、ある程度はと曖昧に濁しておく。

次の質問は生きる目的が欲しいか。

無いよりはあった方がいい。

はいと書いて次の質問へ。

適当になってきたが気にしない。

ここからの質問は二択だった。

趣味嗜好を広く浅く、狭く深くどちらにしたいか。

俺の性格からいって狭く深くかなとそちらに丸をする。

人生を式で表すとしたら加算式、減算式どちらか。

減るよりは増えた方がいい。加算式へ丸をする。

次が最後の質問だ。

人生のナビゲートを活用するか。

困ったときに助けてくれる人の事だろうか。

活用というのも変だと思いながら、そちらに丸を入れた。

俺は見直す事なく女の人に渡す。

女の人はにこやかに受け取ると、アンケートを確認していった。

「ありがとうございます。助かりました」

手を上げ、適当に労をねぎらって女の人に背を向けた瞬間、視界が揺らいだ。

急に酔いが回って来たのかと目を瞑り、眉間を押さえる。

揺れが収まるのを待って、俺はゆっくりと目を開けた。

照りつける太陽、生い茂った木々、前後には蛇行したやけに綺麗な道が延びていた。

この道が何処へ続いているのか分かるはずもなく、太陽が登っているのか沈んでいるのかすらもわからない。

そこには背広姿の場違いな俺だけがいた。

「このまま三十分ほど行くと村があります。とりあえずの目標はその村に行く事です」

後ろから声を掛けられ、俺は首が捻じれる勢いで振り向く。

クレーンゲームで山積みにされていそうな二頭身キャラが浮いていた。

「なんだ、お前！」

「私がナビゲーターを務めさせていただきます。ナビとお呼びください。村までの道は作ってあります。道沿いに行けば迷うことなく到着します」

「待て待て待て！　望んだってなんだよ」

「ここはあなたの答えに沿って作られた世界、あなたは選ばれたのです」

理解が追い付かない俺の前でナビは訳の分からない説明を続けていった。

ナビの言葉が正しいとすれば、誰が何のために俺をこの世界へ転移させたのだろうか。

「その疑問に答えることに意味はあるのでしょうか」

「俺の思考が解るのかよ！」

「その突っ込みに意味はあるのでしょうか」

「やかましい！」

俺の突っ込みにナビが地面に叩きつけられる。

しかし、ナビは何事もなかったかのように戻ってきた。

見た目以上に打たれ強いのかもしれない。

そんな事より、ここからどうやって戻るかが問題だ。

「希望するなら何時でもアンケート後の世界へ戻れます。記憶もそのまま全て元通り。完璧です」

「本当かよ！」

俺の言葉にナビは盛大に頷く。

何時でも帰れるのなら、このまま帰るのは勿体ないか。

俺の望んだ世界を俺のために作ったと言うなら尚更だ。

しかし、目の前のこいつを信じていいのだろうか。

暫く悩んだ末、俺は結論を出す。

「少しくらい見て回ってもいいか。だが、嘘だったらすぐ帰るからな！」

「その点はご安心ください。さて、もう日が傾いてますし村へ向かいましょう」

「暗くなったら道間違えそうだしな」

「魔物に襲われる確率も上がりますしね」

「さらっという事か！」

さっそく帰りたくなった心を抑えつつ、俺は村へ急いだ。