第26話俺と後輩と偽物彼氏

 日曜日。俺は静香に連れられて、家から少し離れた場所にあるショッピングセンターに連れて来られていた。どうやら目的は新しい水着らしい。


「先輩、こんな水着なんてどうですか?」


 静香がそう言って見せてきたのはこの前着ていた白いビキニと色違いの黒いビキニとそして背中には蝶々の様な羽を付けていた。


「まずはその水着を選んだ、理由から聞いてもいいいか? 俺にはその水着を選ぶ要素が全く理解できない」

「え~、可愛いじゃないですか、この水着」

「いや、どっからどう見てもゲテモノ枠だろうが。普通の奴は絶対に買わないぞ」

「先輩が普通の何たるかを語るんですか?」

「バカなお前に語られるよりはマシだ」


 俺はそう言って静香に他の水着にするように言うと近くにあった椅子に腰を下ろした。

 それにしてもなんで女の子って言うのはこんなに買い物が長いんだよ。ここに来てからかれこれ一時間ぐらいは経ってるぞ。しかも見せられる水着は全てゲテモノ枠ばかりだし。

 静香が先ほどの水着を試着する前に試着していたのは、紐意外が貝の物と葉っぱの物。それと誰が買うのかよくわからないトラ柄の水着だった。それ以外にもゲテモノを大量に着ていたが、特に記憶に残っているのはさっきの水着を除けば、それぐらいだった。


「本当にあいつは水着を買う気があるのか?」


 実は先ほどからあいつの様子を観察していたのだが、どうやら時間が気になるようで、先ほどから店内にある時計を何度も確認している。


「先輩、そろそろ行きましょうか」


 今日着てきた服装に着替えた静香はいつの間にか俺の隣に立ち、腕を組んでいた。


「これは何の真似だ?」

「私なりの譲歩ですよ。確かに告白こそまだちゃんとしてもらえてませんが、両思いなのは確かなんですから。これぐらいは許してあげます」


 静香はそう言って俺をどこかへと連れて行き始めた。そして俺はただただ嫌な予感しかしていなかった。



                      *



「ああ。本当に怖かった」


 空が赤く染まり始めた帰り道。俺は隣を歩く静香に怯えながら、そう呟いた。

 俺は水着売り場で静香のワンマンファッションショーを見た後、静香に連れられて近くの喫茶店に入った。そしてそこで待っていたのは、俺と同じ二年の名前は忘れたが、確かどこかの部活のエースのイケメンくんだった。

 正直、最初はどうして静香とそのイケメンがと思ったがすぐに理解した。

 静香みたいに可愛いとたまにあることだが、勝手にデートの約束をされてしまったらしい。

  普通ならそんなものすっぽかしてやればいいものをこいつは「自分の評判が落ちるのは嫌だ」とか言って必ず行く。俺を彼氏役として連れて。


  ま、正直向こうからすれば俺は邪魔な存在だ。しかもダメな性格が学校中に知れ渡っていたので、きっと自分と比べるにはぴったりな存在だったのだろう。

 だからこそ俺のダメな部分を指摘し、静香に愛想を尽かせようとした。だがそれが不味かったのだろう。

 それは俺が静香の評判を落とさないためにと、そいつの言葉を聞き流していた時だった。そのイケメンが俺のことを「クズ」と呼ぶとなぜか俺ではなく、静香がそいつの頬を叩いた。


 その光景を見ていた俺ですら何が起こったのかわからなかったのだ。きっと叩かれた本人は俺以上に理解できなかったのだろう。その後そのイケメンは静香に水を掛けられ、ただボーっとしていた。

 因みにその光景を見てただ唖然としていた俺は気が付いた時には静香に連れられ店の外に出ていた。


「本当になんでお前が怒るんだよ。折角、お前の為にあいつの話を聞き流してたって言うのに」

「先輩が怒らないからです。先輩は確かに自分自身の為に我慢をするのはやめました。ですが先輩は人の為なら、どこまでも我慢してしまうんです」

「いや、そんなことはないだろ」


 俺はそう言って否定するも逆に静香に否定されてしまった。


「いえ、先輩は自分以外の人には無意識で優しいですから」

「優しくなんかねーよ。お前は知らないかもしれないが、俺は案外残酷なんだぞ。ただ、お前だから甘くて優しい先輩でいるだけだ。お前じゃなかったら、普通にキレて、罵倒してるところだ」


 実際。霧道のことはよく殴ってるし、暴言も吐いている。きっとあいつが俺のストレスの捌け口になっているのだろう。


「そうだとしても先輩は優しいですよ。それできっと弱くて臆病で。ですが、自分を強く見せたくて。もしかしたら自然となりたい自分を模索している最中にたどり着いたのが今の先輩なのかもしれませんね」


 静香はそう言って笑った。

 俺としては前半部分のいくつかの言葉には物を申したい気分だったが、雰囲気的にきっとそれは許してくれないだろう。だから少しだけ隣を歩く、静香の頭を撫でることにした。

  俺たちにとってはこの行動は慰めたりするとき以外にもお礼だったり、感謝の気持ちを伝える時に使う。特別な行為だ。だから静香もこれを拒まない。

 その後俺たちはどちらからともなく手を伸ばし、互いの手を握った。

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