第22話俺と後輩と告白
「静香‼ 俺、お前にとっても大切な話があるんだ」
午後八時。俺は風呂に入りながら、ある練習をしていた。
「いや、今の出だしだと空気が重くなりそうで嫌だな。そもそもあいつにはもっとすんなりと伝えたいし」
俺が現在練習しているのは静香への告白。いや。その一つ前、静香を呼び出す練習だ。
普通はそんなものは後回しと思われるかもしれないが、そこは俺なので了承して欲しい。そもそも告白の言葉なんて未だにまとまっていない。
「それにしてもいざ、静香に告白するとなったら、どう言って思いを伝えればいいのか本当にわからなくなってきた」
俺達の距離は他のカップルたちよりも近い。そのため告白が失敗した時のことも考えておかなければいけない。本当にどうすればいいのだろうか。
俺がどう告白すべきかと目を瞑って、頭を悩ませていると脱衣所から物音が聞こえた。
普通なら両親だと思うかもしれないがそれはない。俺の両親は今日、揃って残業。遅くても十時を過ぎなければ帰ってこないはずだ。なら一体、脱衣所にいるのは誰だろうか。
俺が目を開け、風呂場の入り口の方へ視線を――
「先輩‼ 今日も一緒にお風呂に入りましょう」
そう言って風呂場に突入してきたのはスク水姿の静香だった。
「バ、バカ! 今日の俺は水着を付けてないんだぞ‼」
俺はそう言うと体全体を湯船の中へと隠した。
「大丈夫です、先輩の部屋から先輩の水着も持ってきました」
静香はそう言うと何食わぬ顔でスク水の中から俺の海パンを取り出した。
こいつは本当に何がやりたいんだろうか。
*
俺は静香を一度風呂場から出すとすぐに海パンを履いた。そして脱衣所で待たせていた静香にそのことを伝えると、静香はその後当然というような感じで風呂場へと入って来て、何も言わずに湯船に浸かった。
正直、今日はいつも以上にこいつの行動が理解できない。いや、一度たりともこいつの行動を理解できたことなどないのだが。
「それで? 今日は何でまたウチの風呂に入りに来てるんだよ。そもそも玄関には鍵がかかってたはずだぞ」
俺がそう言うと静香は「合鍵を使いました」と言った。そしてその言葉を聞いた俺は、そんな存在など忘れていたという感じで顔を押さえると、心を落ち着かせるために数回深呼吸をする。
俺が深呼吸を始めてすぐ、前回と同じように俺の体の上に座る静香は驚きの言葉を口にした。
「私は構いませんよ。先輩の彼女になっても」
正直最初こいつが何を言っているか理解できなかった俺は、呼吸すら忘れていた。そして俺がしばらく沈黙を続けると静香は呆れたように俺に言った。
「先輩。一応、可愛い後輩――もとい年下彼女が彼女宣言をしたんですから、もう少し反応してくださいよ」
静香は首を動かし、俺の顔を視界に捉えると怒っているのか。子供っぽく頬を膨らませた。
ははは、ちょっと待ってくれ。なんだ、この状況は。俺はまだ静香に告白なんてしてないはずだぞ。いや、確かに一昨日。静香が俺の部屋で寝た時、寝ているこいつにはそれっぽいことを言ったかもしれないが、起きているこいつにはまだ何一つとして伝えていないはずだ。
現状を理解できない俺は必死に頭の中でいつ告白してしまったのかと――
「もしかして先輩、さっきのメールのこと覚えてないんですか?」
「め、メール?」
あっ。そういえば学校から帰って来てからメールで告白するのもありだと思ってメール内容を考えたような。そして間違えて送信しちまったのか、俺。
「あれ? もしかして先輩、本当に知らなかったんですか? あ、まさか送る相手を間違えたとか」
いや、どちらかというと送る相手を間違えて欲しかったぐらいだ。それよりもやっちまった。
「てっきり、一昨日告白されたから先輩は私のことが好きだと思ったのですが。すみません、私のただの勘違いだったようですね。今日はもう帰りま――」
俺はそう言って立ち上がろうとした静香の体を抱き寄せた。
「は、離してください、先輩。こんなことをされたら先輩が本当に好きな人に悪いですから」
そう言いながら無理にでも俺の腕をほどこうとする静香の声は少しだけ震えていた。きっと自分がそうではなかったと思い込んで今にも泣きそうなほどショックを受けているのだろう。だが、それは間違いだ。俺はその事を伝えるためにさらに抱きしめる力を強くし、言葉にした
「お前以外に俺が好きになるような奴がいるかよ、このバカ静香。勝手に決めつけるな」
俺はそう言って自分の腕を静香から離した。そして静香も先ほどまで俺の手を引き剥がすために体を思いっきり揺らしていたが、今は大人しくしている。
しばらくしてこの空気に耐えられなくなった俺が、口を開こうとした時だった。
「先輩。好きって、勿論結婚したいの好きですよね。友達とかそういう好きじゃないですよね」
「当たり前だろ。そもそも俺だって、その辺りは散々頭を悩ませたんだ。今更違ったら困る」
思い出すのは自分に自問自答した地獄の日々だった。
「それよりもお前こそ本当にOKでいいのかよ。お前ならもっとかっこいいやつの方が――」
「先輩は知らないでしょうが、私はもうずっと先輩に片思いをしてたんですよ。先輩で喜ぶことはあってもがっかりすることはありません」
静香はそう言うとにっこりと笑みを浮かべ、今度は突然怒りだした。
「そもそも先輩は鈍すぎです。私はずっと先輩のことを思っていたというのに」
「それは正直わかってやれなくて悪かったと思うが、お前だってここ数日の俺の――」
「そんなのわかってたに決まってるじゃないですか? 先輩に関することで私が知らないことはありません」
本当に何でこいつはさらっとこういうことを言うんだ? 顔が遂にやけてしまう。だが、ここで終わるわけには行かない。俺はまだ、静香に頼まなければいけないことがある。そう思い、俺が静香に頼み込むよりも先に静香が俺の言葉を代弁した。
「なので案外ロマンチストの先輩が、この後私にちょっとしたお願い事をしてくることもわかっていますよ」
静香がそう言ってドヤ顔をすると、ちょっとウザいと思った反面。本当にすごいと思った。なぜなら俺がいつも迷っている時、こいつはすぐに俺の中にある答えを見つけてくれるのだから。だから俺は今回も静香が見つけてくれた俺の答えを何のためらいもせずに言う。
「静香、お前に頼みがある」
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