第11話俺と後輩と球技大会

 球技大会。強制的に参加者から排除され、クラスに居場所がない俺は適当に校舎をぶらついていた。だが実際は、目的地があって歩いていたのかもしれない。

 俺は一人、体育館裏に来るとコンクリートの上に重い腰を下ろした。

 周りからは生徒達の活気ある声が聞こえ、それが逆に俺を苦しめる。元々何かの種目に出る予定だった俺だが、案の定クラスメイト達から『月神がやるなら、俺達はでない』と言われた為、仕方がなく参加しないことを選んだ。

 だからと言って参加する意欲がないわけでもなく、スポーツが苦手なわけでもない。ただいまだにクラスメイトたちとの折り合いが悪いだけだ。その為、二人一組の競技も俺と組んでくれるような人間はいなかった。

 因みに霧道は主催者側である生徒会役員の為、学校中を走り回って審判を務めている。


「今日は帰るかな。このまま居ても仕方がないし」


 俺は体育館の外壁に寄りかかって空を見上げた。空は青く、雲一つない。だというのに現在の俺の心の中には必要とされていないという思いから徐々に靄がかかり始めていた。


「あ、こんなところにいました」


 俺が空を見上げて自分のクラス内における必要性を考えていると声を聞くだけで顔が連想できる俺の一人しかいない後輩がやってきた。


「なんの用だ。一年は午前中、屋外競技の予選だろ」

「ええ。あっさりと勝って見事、決勝進出です」


 そう言う静香はまるで自分の手柄のように呟いていたが、違う。


「運動嫌いのお前が、さも自分が頑張ったように言うな」


 俺がそう言ってまた、空を見上げると静香は俺に尋ねてきた。


「先輩はさっきから何をしてるんですか?」

「心理テスト」


 俺が簡素に答えるとやはり女の子なのだろう。静香は心理テストという言葉に興味津々だった。


「もしかしてやって欲しいのか?」


 俺が静香の反応から聞いて見ると彼女は首を何度も縦に振っていた。

 もしかして暇すぎて壊れたのかもしれない。確かに静香みたいな運動嫌いな生徒からしたら、体育祭や球技大会なんて絶対に参加したくない学校行事だよな。かくいう去年の文化祭、俺は一緒に回る相手もいないどころか。仕事を割り振られるのも忘れられた為、遠慮なくサボったし。

 俺が去年の秋ごろの事を思い出していると静香は、いつもの様に俺の傍に来てわざと肩と肩が触れるように座った。そして俺が問題を出そうとすると俺の肩にその身を預けた。


「お前、絶対にワザとだろ。これの何が面白いんだ?」


 俺に尋ねられた本人は一体俺が何の話をしているのかが、わからないと言うような態度だったが、絶対にわかってやっている。

 ま、気にしても仕方がないことだし。放置しておこう。


「じゃあまずは自分の心を天気に見立ててみろ。それが今のお前の感情だ」


 俺が本当に簡単にそう言うと静香は突然笑い出した。


「せ、せん、せんぱい。それ心理テストじゃないですよ。どちらかと言うと哲学です」


 え⁈ 哲学と心理テストって違うのか。俺はってきり同じものかと。


「じゃあ先輩が言うその心理テストだと、先輩の今の心の天気は何ですか?」

「俺か。俺はそうだな。曇りのち晴れって言うところか」

「なるほど。それでなんでそんな天気だと思うんですか?」

「球技大会に参加しようと思ったけど、クラスメイトに排除されて暇を弄ぶことに――」

「先輩。やっぱりクラスで苛められてます?」


 俺が真面目に答え始めると静香は何も考えずに、俺の心を直接抉りに来た。


「い、苛めなんてあるわけないだろ。ただ、俺一人だけクラスラインに入れてもらえなかったり。声を掛けてもむしられたり。なぜかやってないことで文句を言われたり。だけど苛められてなんてない」

「いや、先輩。それって間違いなく苛めですよ」


 うっ。確かに思い返してみれば、苛めと言われて心当たりがあることがいくつかある。


「それにしても新しい問題ですね。苛めている本人たちが苛めと気づかないのも問題ですが、苛められている人間が苛めと気づかないなんて。新し過ぎます」


 新しいのかどうかはさておき。そもそも苛めている人間達には本当にその自覚というものはないのだろう。きっと彼らからすれば、少数から集団を護っている。そういう感じなのだろう。


「それで先輩。さきほど他にも何か言いかけていましたけど、続きを言いますか?」

「ああ。なんかこのままノリで全部を口に出した方がスッキリとするような気がしてきた」


 俺はそう言うと数秒間にも渡り溜息を吐くと視線だけを隣に向け呟いた。


「サボっている最中に面倒な後輩に出会ったこと。それとさっきの理由の所為で今の俺の心は半分以上が曇ってる」


 俺がそう言うと静香は俺から体を離し、弱々しく拳を振り下してきた。きっと静香も冗談で俺がこう行ったと言うことを理解……していると信じたい。


「それじゃあ、さっき言っていた晴れって言うのは何ですか?」

「うん? サボってたらお前に会えたこと」


 俺が何も考えず、思ったことをそのまま口に出すと静香はなぜか先ほどよりも強い力で俺のことを叩いてきた。


「痛い、痛い、痛い。なんでお前は少しずつ力を上げていってるんだよ。俺に恨みでもあるのか。じゃあ、逆に聞くが、お前の心は今どんな天気なんだよ‼」


 俺が勢いで尋ねると静香の動きが硬直し、しばらくすると少しだけ口籠りながらも頬を赤く染め、何度も俺のことをチラチラと確認して伝えてきた。


「も、勿論。は……晴れですよ」


 ああ。この後輩は相変わらずズルすぎる。こんな状況でそんなことを言われたら、俺と一緒に居ることが幸せと言われている気分になるだろうが。

 俺はそんなことはないと思いながらまた、静香と下らない雑談に花を咲かせた。

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