英雄の力と運命の出会い
英雄巴御前の名を叫んだ瞬間、私の体は光に包まれた。眩しさで目をつぶり、数秒後に恐る恐る目を開けると私は手に薙刀を握り全身には鎧をまとっていた。カバンから手鏡を取り出して自分の姿を見るとそこには女武者としか言いようのない恰好をした私が映っている。なんじゃこりゃと思っていると「けっこうイケてるんじゃん」と隣の席にいた亜紀が声をかけてきた。
そう言う亜紀は二丁拳銃を構えたカウガールのような恰好をしていたし、辺りを見回すと西洋の甲冑をまとった騎士だとか弓矢を持った狩人に杖を持った魔法使い、ライフルを持った軍人や平安時代の貴族に半裸の原始人みたいな奴までいる。
会場にやってきた十五歳の少年少女みなが英雄への「変身」を終えたようだ。女武者の格好は正直恥ずかしかったけど皆が変身しているとそんな気持ちも少しだけ和らぐ。
今私がいる場所は傍から見ればコスプレパーティの会場にしか見えないけれど、私たちが身につけている武器や防具は実戦に仕える本物のはずだ。手に持った薙刀の刃は鈍く輝いている。
会場に集まった十五歳の皆はざわざわしながら互いの格好を観察し合っていたが、壇上にいるソロモン王が咳払いをするとたちまち静かになった。
「えー、この会場にいる皆が英雄召喚に成功したようですね。しかし召喚できたとはいえどれだけ英雄の力を引き出せるかは個人の資質にかかっています。さっそくですが皆さんには実戦稽古で英雄の力を試してもらいましょう」
そう言ってソロモン王は私たちには理解できない言葉で呪文を唱えた。すると会場の床のあちこちに直径1メートルほどの魔方陣が出現する。そして魔方陣からはにょきにょきと人間の骸骨が生えてきた。手には大きな剣を構えている。
「なんなの、この骸骨は?こいつらと戦えってこと?」
亜紀の問いにたぶんそうでしょ、と私は答える。骸骨は来場者一人一人の前に現れている。つまり私たちはこれから一対一でこの骸骨と戦うことになるのだろう。
そしてソロモン王は実際にその旨を私たちに伝えた。
「なお、皆さんに降臨した英雄たちは戦闘に長けた者が多いですが中には戦闘向きでない英雄を降ろした方もいるでしょう。そうした方がいたら近くにいる方は手助けしてあげてください。それでは戦闘開始です!」
ソロモン王が手をあげると骸骨たちは私たちに襲い掛かってきた。どうしよう、私は背は高いけれど運動能力は人並み程度でしかない。骨だけの動く骸骨相手でも勝てるわけない。というか何で筋肉のない骸骨が動いてるの? なんて悠長なことを考えていたが、骸骨の剣が私の頭上に迫ると体が勝手に動いていた。
手に持った薙刀で骸骨の剣撃を受け止めた。衝撃があったが相手の剣を跳ねのけ私は反撃に移る。薙刀の一撃を私は骸骨の肩口に叩きこむ。がしゃあん、という派手な音と共に骸骨の鎖骨から肋骨までを一気に叩き割った。
小学生の頃、剣道は少しだけやってたけど薙刀なんて触ったことすらない。けれども私の体は戸惑うことなく動き、気が付けば骸骨を倒していた。これが私に与えられた英雄の力なのだろう。
我に返って辺りを見ると傍らにいた亜紀が私にピースサインを贈ってきた。その前に倒れている骸骨は頭を粉々にされていた。他の部分に損傷はないから頭だけを正確に吹っ飛ばしたのだろう。英雄カラミティジェーンの力は十五歳の女の子を凄腕の拳銃使いに変えたのだ。
私たち以外の人たちも大部分が一撃であっさりと骸骨を退治したようだが、中にはまだ骸骨と戦ってる人たちもいる。
「えー、皆さん。戦闘タイプの英雄を降ろした方は拍子抜けするくらい簡単に骸骨兵を倒せたかと思います。しかし補助、支援タイプの英雄では骸骨兵相手でもとどめを刺すのは困難です。既に骸骨を倒し終えた方は近くで交戦中の方の助っ人に向かってください」
壇上のソロモン王の言葉に私と亜紀は頷きあった。ちょうど私たちと三メートルも離れていないところで小柄な女の子が骸骨と戦っている。その子はギリシア神話に出てくる女神か妖精のような薄物を身にまとい、手元に持った糸玉から伸ばした毛糸で骸骨をがんじがらめに拘束していた。骸骨は手に剣を持っているけれど、腕の動きを封じられているから糸を切ることはできない。
彼女が何て英雄かはわからないけど糸で相手の動きを封じる能力のようだ。動きを封じることは出来てもとどめを刺す攻撃手段はないのだろう。腰には小さなナイフを携えているが、あれで骸骨を倒せるかは心もとない。
それで今は膠着状態になっているのだろう。だったら私たちが助っ人に入るしかない。
「麻友! この位置からならあんたが攻撃したほうが早い!」
亜紀の言葉にわかってると答えて私は骸骨に飛び掛かってその頭を叩き割った。陶器の壺が砕けるような音とともに直立していた骸骨はバランスを崩してそのままバラバラになる。もちろん、もはや戦闘不能だろう。
「大丈夫だった? 怪我はない?」
私が声をかけると糸玉で戦っていた女の子は困惑した表情を見せたが、すぐにこくりと頷きありがとうと呟いた。
「私の名前は猫岸麻友。宿った英雄は巴御前。あなたの名前は?」
「えと……私はアリアドネ……」
「アリアドネって、ラビリントスのミノタウロス退治をしたテセウスを糸玉で手助けしたお姫様だっけ? 戦士とか軍人だけじゃなくてお姫様も英雄になるんだね。あっ、ちなみにあたしの英雄はカラミティジェーンって女ガンマン。本体の名前は西須亜紀だよ」
「ラビリントスって……今から私たちが挑戦させられる地下迷宮のこと?」
「名前はおんなじだけど、さすがに別物でしょ。クレタ島のラビリントスは実在も怪しいし、あの世につながってるなんて設定はなかったはずだし。もっともクレタ島の主ミノス王は死後に冥界の裁判官になったりしてるらしいけどね」
「へえ、亜紀ってギリシア神話に詳しいんだね。ところでアリアドネちゃん。本名はなんていうのかな?」
アリアドネ使いの女の子はなぜか怪訝な顔をしている。本名ってなんだ、とでも言いたげな顔だ。
「ちょっとあんたアリアドネが本名ってわけじゃないんでしょ」
亜紀が笑いながら言うとアリアドネ使いの子ははっとした表情になるとごそごそと衣服を探りスマホを取り出した。
「ええと……。私はさい、きどう? つむぎです」
自分の名前を告げるだけなのに何故疑問形なのか。さいきどうという苗字がどういう字を書くのか尋ねると彼女はスマホの画面を見せてきた。真・英雄召喚アプリの登録者名には「祭喜堂つむぎ」という文字列が表示されていた。
「ふうん、変わった苗字だね。とにかくよろしくね、つむぎちゃん」
「よろしく……」
つむぎちゃんはかなり人見知りする子のようだ。人間におびえる子猫みたいでちょっとほおっておけないタイプかもしれない。顔もかなり猫っぽいし。
吊り目がちな大きな目に低い鼻、そしてちょっと可愛いアヒル口。子猫がそのまま人間になったような印象を受ける顔立ちだ。
とりあえず少しつむぎちゃんと話をしてみたいな、と思っていると壇上のソロモン王が突然声をあげた。
「ええー、皆さん全員が骸骨兵を倒すことに成功したようですね。おめでとうございます。皆さんは今の模擬戦闘で実際に自分たちの肉体に英雄の力が宿ったことに確信が持てたと思います。これで皆さんは世界を覆う死の軍勢と戦う力を得ることができました。しかし皆さんにはさらなる実践訓練を受けてもらいます」
私はぎゅっと服の裾を握りしめた。ついにきたな、という気持ちになる。
「この世界を大きく変質させた元凶である冥界と繋がる死生混淆冥宮ラビリントス。皆さんには実際にこの冥宮に挑戦していただきます。この試練を乗り越えた方だけが生きて明日を迎えることができるのです」
ソロモン王はそう宣言した。
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