第71話 おお運命の女神よ、何処へ
活性剤のストックは当然用意してあるが、ツミナの能力は流血があれば都合よく扱える。出血は派手だが動くには支障がない。故に
(もう戦力に関しては適度に使わないと死ぬけどね)
すう、と息を吸い込み腹に力を込め大声を張り上げる。
「アルタ山!」
直後、豪奢な光と巨大な音が森中に響き渡った。ツミナは眉一つ動かさず、発生した風の方を悠然と向く。金色の髪が優雅に流れる様は、幾人かのプレイヤーの目に留まった。
やがて爆炎をかき分けるようにして一つの巨大な影がツミナの傍に降り立つ。
「呼んだ?」
「ヘルプに入った甲斐はあったかな。どれくらい殺した?」
「十匹くらい。減った気配が無いからやっぱり分身してるじゃん、アレ」
アルタ山のPSIである『接触起爆』は自分の体が触れている場所を爆弾に変える能力だ。使いにくさを補って余る、ラファエラに比肩しかねない殺傷特化能力。
彼女はなんでもないことのように『十匹くらい』と言ったが、一部のプレイヤーはそれが過少報告であることを理解していた。
自分が最初から最後まで単独で殺した数しかカウントしていない。プレイヤーに加勢したり、半ば獲物を横取りしてしまう形で殺してしまったものは意図的に除外していた。
これでSPが減った気配も見せていないのだから戦慄するしかない。
「……ごめん。寝ていたこっちが悪かったんだけどさ、これからは僕の言うことを聞いて。じゃないと多分、無限に片付かないから」
「へえ。どうすればいいか見当がついてるの?」
「時間稼ぎ」
「……無難すぎるじゃん……」
「あとはそうだな……倒し方を変えてくれ。手足を捥げばひとまず身動きできなくなるだろ? それを算段が付いたら一気に片付ける。ほら、他のプレイヤーの一部はその方向性で動いてる」
ツミナの指摘にはっとなったアルタ山は、急いで周囲を確認する。ツミナの指摘通り、部位破壊の方向でプレイヤーたちは動いていた。
戦闘で昂っていたアルタ山は頭に血が昇ってしまう。
「おいお前らァ! 私がせっかくキル数稼いでんのに、なんだその腰が引けた戦いっぷりはァ!」
「逆だ逆。キミが足手纏いなの」
「は?」
「あのカエルたち、一定数より多くならない。高確率で分身能力にかかっている制限は『上限数』だ。どこでどの個体が分身を増やしているのかまではわからないけど。
で。キミ、突然カエルが消えたりする様を見たりした? 特に生きてるカエルがさ」
「……死んだ後で消えてた、かな」
「それがこの分身能力の弱点だ。全員が完全なコピーの分身能力は『PSIをキャンセルして自分自身を消したりはできない』。そんな機能を付けたら最後の一匹がうっかり本体まで消しかねないから。そう考えると……キミがやってたような一撃必殺の戦法は完璧に裏目裏目だ。ラファエラを迂闊にこの場に呼び込まなくてよかったな。彼女も殺傷特化だし」
ここまで丁寧に順序立てて説明されると、アルタ山も自分自身の失敗に気付かざるを得なかった。
「分身能力の弱点が『上限数の制限』と『PSIのキャンセル不可』……ああ、もう! それなら逆に、なんで私を誰も止めてくれなかったのさ! 私が殺して開いた席の分だけ無限にカエルがやってくるってことじゃん!?」
下手に殺せば殺すだけ泥沼にハマっていくボスデザイン。ラファエラのような殺意しかないサイキックがなにも考えずにやればやるだけ、仲間が傷付いていく。
こうなると、典型的なレイドバトルの戦闘を強いられる。
情報をプレイヤー全体で深く共有することが大前提。実働ではどんな神業ゲーマーでも隣のプレイヤーがミスをしないよう祈るしかない。
口さがないとあるゲーマーは、このタイプの戦闘をこう称する。
「大縄跳び……! 最低だ! 寄せ集めでどうにかなるタイプのボスじゃない! ハグさんはどこ? 犠牲者が出る前に――!」
逃走する方向に計画を練り直すべきだ。そう声に出そうとした瞬間、ツミナの手が叩きつけるような勢いでアルタ山の口を塞ぐ。
「ストップだ。それ以上言うことは僕が許さない」
「……!」
「大縄跳びだからこそだよ。一人がネガれば作戦は逃走方向でも撃滅方向でも上手く行かなくなる」
「……」
アルタ山は舌打ちし、ツミナの手を強く叩いた。
「どっちにしろ彼女がいないと戦法の変更が上手く周知されない。ツミナちゃん、もう一度訊く。ハグさんはどこ?」
「……」
ツミナはラファエラに近寄り、他のプレイヤーには絶対に聞こえないように注意を払って告げる。
「知らない。消えたとしか言いようがない」
「……は?」
「……戦闘が始まった少し後からいなくなったみたいだから、結界の内側には絶対にいるとは思うけど」
アルタ山の頭は真っ白になった。
VRMMORPGクリティカルコード~デスゲームにて奮闘、俺と僕~ 城屋 @kurosawa
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