第69話 空間の終わりの劇

「……あれれー。おっかしーぞー?」


 口調はおどけていたが内容は迫真だ。ツミナには今、なにが自分の身に起こっているのか理解できていない。

 そこに種と仕掛けが施されていることはわかっていても、それを看破することが今一歩のところで止まってしまう。


 流石に生存力で選んだだけあって、他のプレイヤーは既に散り散りになりながらも交戦を開始している。その動きには迷いはない。


 だが大半が頭の隅で思っているはずだ。


 何故?


「なんでボスがこんな大量にいるんだろうねぇ?」


 ボスの姿はカエルだった。それも座っている姿勢で成人男性二人分はあるほどの巨大カエル。


 そのカエルが見える範囲だけで十匹はいる。動きは大きさ相応に鈍重だが、森の中というシチュエーションのせいで人間の行動可能範囲が狭いのも手伝って、かなりの脅威として彼女たちの前に立ちはだかっていた。


 そして事前に予想した通り、何故か誰一人として


「やっぱりこれちょっとヤバいかなー。アルタ山くん、ロードランナーは大丈夫?」

「もがっぶぶもがががが!」


 振り返るとカエルの下敷きになって足をジタバタさせているのが見えるだけの無様なアルタ山の姿があった。


「頼り無ッ!」


◆◆◆


「ボスが複数!? どういうことだ!?」

「今、森中に散らしてた鳥を集結させてるところ。詳しいことは私にもまだ映像でしかわからないので手短に」


 セノーの傍には人だかりができていた。彼女以外にも探知系のPSIを持っている者はいることにはいるが、彼女ほど精度の高いものは流石に貴重だ。

 後発に出るプレイヤーの半分が彼女の言葉に耳を澄ます。


 質問を直接的にしているのは、彼女との知り合いであるナワキだけだった。


「うん。間違いないよ。分身のPSIでも持っていたのか、とにかくボスが複数いることは確認できた。姿は巨大なカエル。色は……土色とでも言うのかな。動きは見た目通り鈍重かつ、跳ねる動きが直線ないし放物線だから、単体だと危険度は大してなさそう。ただ……」

「ただ?」

「やっぱり原理不明だけど逃げられなくなってる。なんだろう。どんなに飛んでも鳥たちが逃げられてない。逆に外側にいる鳥がボスのテリトリーと思わしき場所に入ることは容易いのに」


 段々と、ボスの戦術の本性が掴めてきた。

 いつの間にか近場にいたワンダイがボソリと呟き、その声がラファエラの耳に届く。


「人海戦術……厄介な」

「フン。拍子抜けだな。対人戦で人海戦術が通用するのは彼我の戦力に圧倒的な差が存在するケースのみだろう。今まではどうだったかは知らないが、今回こうやって複数の人間がボスに雪崩れ込んでいる以上、勝機は必ずあるということだ。謎解きもなにもあったものじゃない」


 ラファエラの分析を聞いても、ワンダイは顔を険しくしたままだった。


「ボスの力は分身能力……と仮定したとしましょう。もしもボスのSPの数値が無限大だったとしたら?」

「仮定がまずありえない。無限大のパワーなんてあるものか」

「失言でしたね。ありえる方に言い換えましょう。もしもボスのSPが桁違いに多かったら?」

「……む」


 流石にラファエラも少し考え込んだが、すぐに回答する。


「私の知る限りの分身能力者には、それを操れる許容数があった。要は命を増やす能力なわけだから、かなり制約が多いのだ。知っている限りの条件だと、増やせて合計六人までとか、制限数そのものはなくとも制限時間があったり、万が一それらの制限が無くともダメージが連動していて一体殺せば全員死ぬようなデメリットがあったりな。PSI。事実、本当に無限に近い分身能力があったとしたら瞬殺だろう。瞬殺」

「それもそうですね。なら攻略法があるとするなら」

「確実なのは全員一斉に同じタイミングで殺すこと。残った一匹が再度増殖してしまう可能性をこれで潰せる。楽勝だ」


 得意気に攻略法を語るラファエラに、ナワキが振り返る。


「……そうか。だから中に入ったヤツを逃がさない結界なのか。誰も通さない結界じゃなくて」

「ム?」

「やっぱりナワキさんもそう思うよね? それが一番効率的だもん」

「……なんの話だ?」


 ナワキとセノーの言葉に、ラファエラは首を傾げる。


 普段ならラファエラのその仕草に頬を緩ませて語るナワキも、このときばかりは重苦しい口調だった。


「逆説的だけど、この逃走者を許さない結界……ハグさんがクローズドサークルと呼んでた空間のお陰で、カエルのPSIが分身に関わるものだってことはほぼ確定したも同然なんだ。だって一匹のカエルが結界の外にいるだけで

「あっ!」

「だから『外からも中からも破壊できない結界』じゃなくって『外からは入れて中からは出れない一方通行の結界』なんだ。絶対に手出しされない場所から安全に戦力を送り続けるための最適化なんだよ」


 見当は付いていたものの、改めてナワキの口から聞いて、セノーは背筋が凍る思いだった。青い顔で、映像を処理しながらも、恐怖を口から漏らしてしまう。


「……本気で私たちを殺しにかかってる」

「悍ましい殺意だな。ところで、これだけは今すぐ答えてもらいたいのだが」


 ラファエラが眉を寄せ、周囲の人だかりに向かって問いかける。

 誰もが彼女の発言に耳を傾けた。改まって、一体なんだろうと。


「……ボスとそうでないモンスターの違いはどう判別している?」


 全員揃ってずっこけるかと思った。

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