第51話 きらきら全裸

「……あ……」

「……ちっ。そんな目で見るな。泣くな。先ほどまでの薄笑いを戻してみろ」


 身体が元に戻っていく。欠損した部位、剥かれた皮膚も完全に。


「そこそこいい活性剤がこれでパァだ。胸糞悪い! ツミナ! 替えのをよこせ!」

「もうないよ! キミしか治療する気が無かったからね!」


 ラファエラが声をかけたとき、もうツミナの顔には表情が戻っていた。相変わらずのおどけた表情だ。綺麗な顔も相まって、まるで小悪魔か妖精のようだった。


 こっそり胸を撫で下ろす。あのまま戻らなかったらどうしようと思っていたところだ。


「……心配をかけてすまなかった」

「は? ああ……バカだな。さっきはさっさと助けに来ればよかったのにって怒ってたくせにさ」

「本当に怒ってたのは貴様の方だったろう。引き返せない場所に行ってしまいそうで、怖かった」

「……そう」


 ――本当にバカな女だ。同じ立場にいると思ってるのか?


 内心でラファエラに毒づくが、嘘を吐くことにかけては完璧なツミナだ。顔には一切出さない。

 代わりに、本心をちょっとだけ混ぜたそれっぽいカバーを見せる。


「そうだね。我を忘れてた。ナワキがこの場にいたらしこたま怒られてただろうな。でもこの場にはいないことはわかってたからひとまずこのままやりたい放題しようかな」

「は?」

「そこの褐色女子! 拷問再開されたくなかったら上脱げ! いやっ! 全部だ! 全部脱げ!」

「え?」

「ああーダメだー。凄く身体がウズウズするー。ごめんよ椿これはちょっとしたリフレッシュだから僕の心はいつでもキミと共にあるから! いつもキミのことを思っているよYou are always in my heart!」


 言いながらツミナは自分の服に手をかけ、服を脱ぎだした。いや、そう思ったときには既に全裸だった。


「ひ、ひいいいいいいいいい!? やめてー! 助けてー!」


 すっかり心が折れたアルタ山は、泣きながら這う這うの体で逃げ出そうとするが、恐怖のあまり身体の動きが更にガタついてもう目も当てられない。傷はすべて治っているが無意味だった。

 犯されそうになっているのだから仕方がないが。


「自分より背の高い女の子を味わうのは、は、は、は、初めてなんだなぁゲフフ。どんな味がするんだろうなぁ。ゲヒャヒャ!」

「たっ、たたたっ、たしけて! 誰か! セノ! ハグさん! ラファエラー!」

「わ、私に助けを求めるな! この状態のツミナと関わりたくない! そうだ! ナワキはどこだ! アイツしかコイツを止められないぞ!」

「仕事中よ」


 聞き覚えのある声の乱入があった。

 直後、PSIの粒子がラファエラの近くを通り、ツミナに直撃する。


「アツゥイ!」


 ツミナの身体の表面が自然発火した。ラファエラの近くも通過したのでわかったが、どうも熱した空気をぶつけたらしい。流石に人体を蒸発させるような熱は無かったが、折檻にはそのくらいで丁度いい。


 見覚えのある銀髪と、クリーム色のスーツの女が、ハイヒールを鳴らしながら部屋に入ってきた。体についた火を振り払おうとのたうち回っているツミナは放置し、悠然とアルタ山に近づいた。


「は、ハグさんー! 怖かったよぅ!」

「おーよしよし。もう大丈夫よー。私が来たからねー」


 二人は抱き合い、ハグはアルタ山の大きな背中を撫でさする。その所作は優しさに満ちていた。相変わらずツミナは悲鳴を上げながらのたうち回っている。


「……ハグ。コイツらは貴様の知り合いか?」

「知り合いっていうか仲間ね。私の人脈の凄さは知っているでしょう?」

しつけ程度はキチンとやっておけ! 散々な目に遭ったぞ! コイツの道楽のせいでな! ああ、違う。そうじゃない! そもそも観戦していたということは、コイツらが私たちになにをするつもりだったのか知ってたな!?」

「それは当然」

「この……!」

「謝罪するわ。補填もする。活性剤も用意するし、遊んでくれたお礼にお金も払うわ。これでどう?」

「ふざっ――!」

「五千万円程度なら融通できるわよ」

「……」


 黙ってしまった。納得したのではなく、金額に圧倒されただけだ。

 だが、一瞬黙ってしまえば話は終わりだ。難癖を付ける隙を消されてしまった。

 ハグは柔らかく微笑み、決着を付ける。


「決まりね」

「ぐうっ……!」

「あ、あと肌を晒すの、イヤなんでしょう。このコートを使いなさい」


 そう言ってハグが差し出したのは、見覚えのある白いコートだった。ツミナの脱ぎ捨てたファー付きの高級そうな逸品だ。既に彼女のトレードマークとしてラファエラは認識している。


「……いや勝手に持ち出すのはマズイだろう」

「私が文句を言わせないわ?」

「あちちちちちちちちちぁあああああああああああっ! げふっ!」


 ちょうどハグの足元に転がり回ってきたので、ハグは全裸のツミナをサッカーボールのように踏みつけにして止める。


「ね?」

「……」


 訂正しよう。いつの間にかハグとツミナの仲が進展している。ある程度のラインまでなら、ハグにもツミナの暴走を止めることができそうだ。

 ラファエラは大人しくハグからコートを受け取った。元からツミナには大き目のコートだったので、背中を隠す分には問題がない。


「……それで。ナワキが仕事とは、どういうことだ?」

「ふふっ。セノーちゃんは優秀で理性的よ。そう悪いことにはなってないわ」


 まだ少しだけ不安だった。

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