骨棍

菩薩@太子

其の1

「こるはどーも、メスんほーが脚ん力の強かごつあるばい…」痛そうにメス甲虫を床に投げ捨てながら、丈八は言った。小さな棘のある甲虫の後脚に引掻かれて、指先の皮膚が何となくささくれ剥けているようにも見えた。「オスの脚ん力もたいぎゃにゃ強かばってんが、もう我慢できんごつはなかけんたい」

「なーん言よっとかいなぬしゃ?メスんほーが脚ん力の強かちや?甲虫なそらオスんほが強かとに決まっとるじゃなかかぬしゃ。ほー、どれどれ…」嘉乃助も興味深そうにメス甲虫を摘み上げた。メスは後脚の棘の部分を丈八の時と同様にじぐいぐいと嘉乃助の指の腹のところに力一杯押し当てきた。嘉乃助はそれを見てニコニコ笑いながら「丈ちゃんの指の皮なちょびっとヤワなんじゃ。確かんオスよかメスんほーが痛うなあるばってんがな…ほー、おるの指の皮はいっちょんどぎゃーんなっとらんどが?」

 丈八は自分の指と彼の指を妙な血走った目で見較べた。彼は自分の指と嘉乃助の指を何度も何度も見較べた。そして何故か彼の左手は褌の上から自分の股間に無意識の内に当てがわれているのだった。

「まあ…、ばってんが丈ちゃんの言うごつ、おるでん、メスん脚の力のほうがオスよか強かちは思う。それにさい、メスん脚のほーがどことのうもげ難くかごつも思う」

 他の少年たちも木箱に入った数匹のオス甲虫とメス甲虫をしげしげと見較べた。身を乗り出して、ささくれた丈八の指と嘉乃助の無傷の指を見較べる子供もいた。最年少の勘吉は、とりわけオス甲虫とメス甲虫の脚や丈八の指と嘉乃助の指を、股間に手を当ててもぞもぞと動かしながら非常に興奮しきった様子で見較べていた。

「おるもする…おるもする!おるも!!」勘吉は、丈八の指を横目で見較べ終えると、メス甲虫を摘み上げて、棘が刺さる痛さに顔を顰めながら、訴えるような目を丈八の顔に向けた。

「痛がああああぁ、もう!!」激しく顔を顰めて勘吉はカブトを土間に叩きつけた。年少の彼のまだ柔らかい指の皮からは血滴がコポコポと溢れ出した。

 一同はそんな勘吉の指を見て大笑いした。「勘吉の皮な柔かぁ…、おなごんごて柔かぁ!!」ゲラゲラ笑われた勘吉は悔しそうに腰布でその血を拭った。嘉乃助の指を見、丈八の指を見て、そして傷ついたように目を伏せた。

 時刻は既に七ツ半を過ぎ、日中の猛暑も幾分は和らぎを見せ始めていた。子供たちのおぞましいかくの如きけしからん秘密の遊びは、三年前に亡くなった刀剣鍛冶の樫三郎の廃小屋で頻繁に行われていた。その薄暗い小屋の中で今日の彼等は、数匹のカブトやクワガタ虫の入った木箱を円座になって取り囲んでいた。高温多湿な肥後の土地柄のせいであろう、小屋の中は湿気と熱で蒸し風呂のような状態しなっていて、思春期特有の彼等の身体から発散される生臭い臭いとともに額や首筋、褌をはいた内股の付け根などにからはべっとりした多量の汗が浮かび出てでいた。

 時折、中を飛び回るたくさんの蝿や蚊が彼等の視界を横切った。その度に彼等は苛立たし気に「しゃっ!しゃっ!」虫を追い払った。

「よか、よかぞ…」丈八は笑顔で勘吉の肩を叩いた。「ど…、今度は試しんオスのほーば握っちみてんかい」

「は!?……!?」勘吉が首を傾げるのを見て「ほー…オスばいた、オスばいた」年長者らしく優しく促した。

「うん、おるはオスば握っとばい!!オスば握っとばい!」勘吉は、丈八の思いやりを感じて一匹の雄甲虫に狙いをつけ元気よく手に取った。

 オスもやはりメスと同様の仕草で後脚を使い棘で勘吉の指を払いのけようとしてきた。

「痛かああ…!!ば、ばってん今度なメスほどにゃ痛うなかぁ…!」

 勘吉は眉間に皺を寄せてしばらくオス甲虫の後脚の攻撃を我慢した後、静かに虫を床に置いた。

「ほ、ほ…、丈ちゃん今度は血な出とらんだろが?ほ、ほ…、さっきん丈ちゃんのごてささくれちもおらんぞ。おるが指の皮な強かとばあぁぁぁーーーーーいっ!!」勘吉は得意気に、自分の指を皆に誇示した。

「勘吉、ほんなこつ強かぞ…。おるどまメスに引っ掻かれただけじささくれたつに…、オスに引っ掻かれたっちゃどげんなっとらんち、ほんなこつ勘吉な天晴れぞ!!」丈八は勘吉を大いに褒め称えた。

「丈ちゃん、そらちっと道理ん違うとじゃなかろか?」嘉乃助が苦笑しながら言った。

「こ…こら、いたらんこつば言うな!!」丈八が困ったように嘉乃助を睨み付けた。

「そ、そうたい。かのやんの言う通り。そるは道理んちと違うじゃろ、道理んちと違うばい!!」他の少年たちも口々に丈八に異議を申し立てるのだった。「勘吉な、メスん時にゃ血が出て、オスん時にゃ血は出んじゃったろが。そん理由はたい…、メスん脚の力んほうが強かけんばい。丈ちゃんくさたい、あべこべんこつばっか言うてちとおかしかばい。おかしかばいっ!!」

「何ば言うか!!ぬしどんな!よかか、勘吉なオスん攻めに耐えたろが?あーん?そら勇猛かオスん攻めにぞ!だけんが勘吉の指の皮な丈夫かておるな思う!ぬしどんなどぎゃん思うか?ちーとはぬしどんな、勘吉ば褒めてやったっちゃよかるが!!」

「うん…褒むっとな褒めてんよかばい。ばってん脚ん力なメスんほが強か。脚ん棘なメスんほがそるは硬か!!」他の少年たちはみな同意見を述べた。

「まあいずれにしてん…」棍剣神社(こんのつるぎじんじゃ)の宮司の倅である嘉乃助が言った。「オスよかメスんほが力の強かていうこつば気付いたつな、よかか、ぬしどんよ、おっどんが他にゃ誰もおらんかむ知れんて思う。六十四州広し言えども、おっどんだけかん知れんち思う。つまり日本で初めてこるに気がついたちいうこっで、こるはすごか発見かん知れんてわしは思う…」

「うわ、すっと…こるは新発見ばいた、こるは大発見ばいた!!」他の少年たちも口々に叫んだ。

「おいこら!!」それまで黙っていた郡奉行の三男である仁蔵が不意に野太い声を張り上げた。「えーか!!にーどんなええかっ!!カブトなオスんほがメスよか強かて決まっとるろが!百年の昔かる決まっとるどがあああああああああっ!!」最年長者である仁蔵の素っ頓狂で荒々しい声に気押されて、少年たちはドン引きしてしまった。

「ば…ばってんが、仁蔵さん。勘吉なメスじゃ血ん出てちかるオスじゃ血な出んじゃったじゃなかか?」嘉乃助が蚊の鳴くような声で異議を申し立てた。

「こらあっ、にーな打ち殺すぞぉ!!」仁蔵が恫喝した。

「こらあええかっ!!オス甲虫ん力な広大かつ。宇宙んごつ広くてふとかつ。だけんが細んちゃか所まじは力ん行き届かんだったつ。こるが勘吉の指かる血ん出んじゃった動かぬ理由ばい。そしてかる勘吉がさっきメス甲虫ば持った時たい、血ん出たつはメスん力があんまりせせこましかもんじゃけんがつ!。メス甲虫な、メスらしゅうせせこましか力しか出せん、もう女々しか生き物ばい。血こそ出したばってん、そん力な細か所んしか行き届かんせせこましかもんじゃあるけんが、逆に血の出たにすぎんと!一方オスん力はな…こるはもうそら気持ち良かくらいにふとうして鷹揚かつ。棘で刺しちかる細んちゃかとこかる血ば出すごたるせせこましかおなごんきゃあくさったごたる力じゃのうしてかる、もうドスーんて広かとこさん拡がっていくごたるそれこそ横綱ん力ばいた。ええか、男子の力ちゅうもんは、こぎゃんした実に広大かほのぼのした美徳ば持つもんぞ!」

 嘉乃助がその弁舌に感心したように膝を叩いた。

「成程…、仁蔵さあん、オスが勘吉の指から血ば出せんかったとな、力ん弱かけんじゃのうして、力が宇宙んごて広すぎたために、虫メガネんごたる細かとこまじは行き届かんかったけんたいね。成程…こぎゃーん考ゆっと、こん考えな、確かん一理なあるばい…。おるも、そん可能性な何かちとあるごたる気のどっかしとったけん…。やっぱさすがは最年長者の仁蔵さんだけあるばい」

「そうたい、仁蔵さんな来月元服迎えらすけん…」丈八が相づちを打った。「そうするとしゃが仁蔵さん…、おるが母ちゃんかるビンタされた時、唇の端かる血の出ち、もっと力ん強か父ちゃんかるびんた受けた時にゃ血ん出んだったとは、実にそると同じ理屈んなるわけですな?」

「そん通りたい!!丈八そん通りぞ…!!にーもよう道理のわかってとるじゃなかか!!」仁蔵が得意そうに生臭い息を吐きながら言った。

「時に仁蔵さん、話は変わるばってん、褌かるちんちんのひっと出とるぞ!!」唐突に勘吉が仁蔵の股間を指差した。「湯気まじ出よる…」

 一同はそれをを見てくすくすと笑った。

 勘吉も面白そうに続けた。「仁蔵さんな何で興奮しとらすと?わいちゃーーっ、何にそぎゃん興奮しよらすと?」

 唐突に仁蔵は勘吉の横っ面に思い切り蹴りを入れた。小さな勘吉は、五尺ほど土間をゴロゴロと転がりながら素っ飛んでいった。

「わかっとっどがあああああぁ!!にーはぁ!!こんにーはわかっとるこつば言うておちょくるとしゃが蹴り殺すぞお!」

「勘吉…!!」丈八が勘吉に駆け寄って抱き起こした。

「おい勘吉、わかっとるこつば言うたらいかん!な…、な。誰でん同じこつば楽しみんしてかるここさん集まっち遊びよっとじゃけん、言うちゃいかん。中にゃそら、ちんちんの勃つほど興奮するもんもおったっちゃちっとんおかしゅうはなか…!な、わかっとるこつば言うち、他人ばからこうたらこらちといかんばい!」

「丈ちゃん…おるは何が何だかようわからんが……なんさま、すんまっせんでした仁蔵さん」真っ赤に腫れ上がった頬を押さえながら、勘吉が謝った。

 腕組みをしたまま何かを考え込んでいた嘉乃助がおもむろに言った。

「いや、勘吉はまだ十二じゃけん、ようわからんとも無理はなか…」そして勘吉のほうを向き、「ぬしゃせんずりなこいたこつあるか?」

 勘吉は首を振った。「いやまだ…。おるもみんなん話ば聞いちかる、そん通りしてみよるばってんが、他人から聞くあのぬるっとした片栗粉んごたるもんなどうもよう出らん…。何かちんちんのムズムズしちかる、もうちびっとで出そうな気配はするばってんが…」

「ばってん勘吉、ムズムズすっそん時にちんちんな勃つどが?」嘉乃助は続けた。

「まあ…勃ったり勃たんだったり。調子の良か時にゃ勃つこつもある…」

「ははあ、するとこるは…」丈八が割って入った。「おいぬしどんよ。勘吉なたい。まだ歳の若うしてかる、片栗粉んごたるたもんの出るほどにゃまだ体の出来上がっとらんとばいた…。ばってんもう一歩んところまじはちんちんの出来上がっとる。だけんもう四、五ヶ月もすっとしゃが、勘吉でん立派にせんずりば覚ゆるばい。かのやん、勘吉な後ちーとで大人んなる境目のところまじ来とるぞ!!」

 嘉乃助は頷いて、さらに勘吉に問いかけた。

「勘吉、ぬしゃ歳んまだ若かばってん、何でいつでんおっどんが遊びさんかたりん来っとか?おっどんが、果たしてどぎゃんこつに興奮してかるぎゃん遊びばしよるかぬしゃ知っとるとか?」

 勘吉はちょっと考えて、「お……おるはまだこまんちゃか子供ばってんが、おるが感じよる興奮と、丈ちゃんたちの感じよる興奮とな、ちょうどちんちんの同じ風に興奮するもんのごつ思う」

「ほう…まだせんずりば覚えとらんぬしにでん、おっどんがちんちんの先っちょに感じるのと同じ興奮ばぬしのちんちんの先っちょに感じると言うかい?ほなら、果たしてそるがどぎゃん風な興奮か、ここでちと説明しちみれ!」

「うーん……」勘吉は脳ミソを振り絞るようにして考えた。「そるは何か…こう、何か…ちんちんの先っちょのムズムズするごたるどぎつか興奮。そるは何か…、おっどんの遊びで、ほらこっちとあっちのどっちが強かかば考ゆっ時と、そしてかるそるば実際に較べち試す時に、ちんちんの先っちょにそぎゃんしたムズムズの沸き起こる…。そしてかる、こっちとあっちとどっちが強かか較ぶる時に、一方が自分の好みの形ばしとるとしゃがな、ああもうっ…!!てこう何か切なさと歯がゆさんごちゃ混ぜの感情がちんちんの先かる沸いてきちかる…、もうおるな、そるこそ何か知らんばってん『負けんなぁ!!負けんなぁ!』てもそん片一方に力一杯応援しとうなるとたい!!」

「ほーう……ぬしゃなかな説明の上手かぞ!」丈八は感心したように言った。「おっどんが感じとる興奮てなまさにそぎゃんした風なもんたい!おーい、ぬしどんよ、そん興奮のためにおっどんな、しょっちゅうここさん集まって遊びよるとじゃなかや、そぎゃんだろがい?自分の好みのほうさん気持ちば入れ込んで、こっちとあっちどさーてどっちが強かかちんちんば力一杯握り締めてよがるためたい。…おるないままじそぎゃんした自分の気持ちばよう整理できんじゃったが、勘吉、ぬしのいまん説明でそぎゃんした自分ば発見できたばい。勘吉、ぬしゃ実に説明の上手か!」

「そうすっと…」嘉乃助はニヤリと笑って言った。「勘吉なははあ…仁蔵さんが興奮してちんちんのはみ出すごつ勃起しとった理由も案外わかって言うたんじゃな?」仁蔵が勘吉を睨み付けたので、彼は慌ててかぶりを振った。「わからん!もうわからん!咄嗟にゃあそぎゃんこつまじなちとでん思い浮かばんてもう!仁蔵さんのちんちんの魂消るごつおぞましかったもんじゃけん、そるば見てビックリして言うただけたい!!」

「その件なもうよか、嘉之助やめれ。さて、では、にーどんよ、次な何と何ば較ぶっか!?」仁蔵は一同を見回した。「えーか、おるがぎゃんして客として見に来てやっとるとじゃけん、にーどんな、はよ次の出し物ば見せてやらんか!」

「まあ、仁蔵さん…、そぎゃんせかせんじください…。いつもならその場の流れで自然に決まるとばってん、今日はこぎゃんしてそん流れん途切れちしもたけんが、ちょっと考えてみなんそるはわからん…。おーい五助、仁蔵さんにお茶ば出せ」惣庄屋の倅丈八は、組頭の三男五助にお茶を点てさせ、小袖餅をつけて仁蔵に差し上げるよう命じた。「そして彦八な団扇であおいで差し上げろ」丈八は仁蔵の気分をとりあえず良くしておいてから、じっくり考えることにした。

「うーん…どると、どるば較べたる面白かろか?」

「ほんに、どるとどっば較べたる面白かかなあ…」

「あらためて催促さるっと、こるはむごう難しか問題ばなぁ…」少年たちは頭を抱え込んだ。

「そんなら、さしよりまりちゃんの持って来た人形ば戦わせたらどぎゃんじゃろか?」一人の少年が陶工の倅、毬莉作を示した。まりちゃんと呼ばれた色白で少し病弱な感じのする女のようなその少年の傍らには、人の脛くらいの大きさの細長い二つの風呂敷包みが置かれていた。彼はみんなに見詰められて、恥ずかしそうに人形を包んだ風呂敷を手元にたぐり寄せた。

「あん人形ばや?ばってん、あらいつでん最後の最後に出して遊ぶもんじゃなかったとか?あら一番面白か較べもんじゃけん…」丈八が言った。

「ばってんが今日はもう他にゃ何も全然思いつかんばい…」一人が疲れたように言った。

「ちょっと… ちょっと、みんな見ちみなっせ!!おるないま…面白かこつば考えついたばいた!」虫たちの入った木箱を覗き込んでいた勘吉が頭を上げて言った。

「何か勘吉、何ば見つけたとか?」丈八が尋ねた。

「カブトん甲羅たい!!」

「カブトん甲羅…勘吉、そるがどぎゃんかしたとか?」

「丈ちゃんな…」奉行所の手代の倅勘吉が、真顔でじーっと丈八の顔を見詰めた。「丈ちゃんな…カブトなオスとメスどっちが甲羅ん硬かち思うかいた?」

「甲羅?」丈八は笑った。「そるはいくら何でんオスん甲羅のほーが硬かに決まっとろうがい」丈八は笑った。「勘吉ええか…!!オスん甲羅にゃそうにゃ立派な角ん生えとっどが?こんオスん角ちゅうとたい、もう、そらもう虫ん中の王者ん証ぞ!!虫ん中で一番強かちゅう証ぞ!こん立派な角ば生やしとるオスの甲羅こそが、当然虫ん体の中では一番硬かちゅう道理になろちゅうもんじゃなかや」

「丈ちゃんな、オスとメスん甲羅ばじっくり見較べたこつなあっとかいな?いま見てんくさい!ほー…メスん甲羅のほが何か硬かごつな見えはせんな!おるはいまじっくり見較べちかる、メスんほが硬そに見ゆっこつに目から鱗のはげるごつ気が付いたばかるばい」

 丈八はせせら笑った。

「わはは…、そぎゃんとばじっくり見較べたこつぁなか…ばってん甲虫なるいつでん見とるけん、オスん甲羅んこつもよう知っとるし、メスん甲羅んこつでもどぎゃんもんかよう知っとる」

 すると嘉乃助が口を挟んだ。

「いや丈ちゃん…、勘吉の言う通りかむ知れんばい。わしもいま見較べちみたが、わしもやっぱメスん甲羅のほーが硬そうに見えちきたばい。確かんメスんほが、ぎゃんして詳しゅう見っとぶ厚うしてへこみ難くかごつ見ゆるぞ」

「何じゃ、かのやんまで…」丈八は目を近づけて、不審そうにメスとオスの甲羅を交互に見較べた。他の少年たちも身を乗り出してオスメスの甲羅を具に比較検討した。

「うん、改めて見っとおるもメスん甲羅んほが何かへこみ難っかごつ感じもしちくる…」一人の子供が正直な意見を口にした。

「うん、おるにもメスん甲羅んほが何かぶ厚かごつ見えちきた!」他の一人も頷いた。

「んそぎゃん言われたっちゃなあ…」丈八はなおも否定的だった。

「なあ丈ちゃん…こうなったらオスとメスん甲羅ば実際に割りっこしち確かめちみたら、どぎゃんじゃろか?こうなったら実際にするしかなかばい、丈ちゃん」

「割りっこか…。にーどんよ!!そるは、面白かごたるもんじゃあっぞ!!」床に片肘をついてふんぞり返ったまま仁蔵が、一同を睨むように見回した。「にいどんななかなか愉しかごたるこつば、考えついたぞ。次はそるばやれ!!しかしじゃ…、万が一オスん甲羅が負けた時にゃ、こるはおどっどんが男子の誇りにも拘わってくるこつだけんが許さんぞ!!わかったか?よかか?そこら辺のこつばよーく考えてかる取り組め!」

「はい…、へた打たんごつ、そこら辺なよー考えてやりますけん…、心配せんじ下さい」丈八は卑屈に弁明した。

「そん通りたい。そん通りたい。おっどんなもう歯ば食いしばっちかる、オスば応援せにゃでけんぞ。もしもぞ、オスん甲羅んほが割れそうな暁にゃ、自分のちんちんばつん折ったっちゃよかけんが、気合ば入れちかる応援せ!!」  

「はい、そるはもう…」そう言って丈八はキョロキョロと小屋の中を見回した。

「丈ちゃん」勘吉が小屋の壁に作られた棚の一番したの段にある大きな箱を指差して言った「ほー…、あそけある樫三郎のとっつぁんが使いよったあん大箱の中に、いろいろ工具の入っとるどがい?あるば使うとしゃがなカブトん甲羅ば割り較ぶるとに具合よかとじゃなかろうか?」。

 丈八はその箱から一つひとつ工具を取り出して調べた。

「こんやっとこな、カブトんやつが動かんごつ支えとくとに使えそうじゃな…。何せ手じゃ、痛うして持っとかれんけん…」ちょうどうまい具合にやっとこが二本あったので、それぞれオスとメス甲虫を固定して支えておくのに使うことにした。

「そるで、こんふとか金切り鋏な、カブトん甲羅ば割るとにちょどよか按配ばい…」嘉乃助が大きな金切り鋏をチョキチョキ動かしながら示した。

「おいおい…。そぎゃん鋭か刃物ば使うたら、甲羅ん両方とも切れちしまいはせんかい?」丈八が呆れ顔で言った。

「いや、どっちかが割れた時点でやむっとよかけんが、そん心配ななか…」

「そぎゃんたいな…。ここにゃなんさま使えそうな道具ていうたらそぎゃんとしかなかっじゃけん…、まあそんやり方でいかんとしょんなかばい…」

 丈八は、嘉乃助にやっとこでメス甲虫を掴ませ、勘吉にオスのほうを摘ませて、二匹の頭の部分を動かぬよう固定して並べ、二匹の甲羅を金切り鋏でゆっくり注意深く締め上げていった。

 少年たちは固唾を呑んでその様子を見守っていた。「うわぁ…」何人かが無意識の内に自分の股の真ん中を押さえた。また仁蔵の「しゅご~っ、しゅご~つ…!!」という下品な生臭い息遣いも相まって、烏賊の腐ったようなとてつもない異臭が小屋の中一杯に漂った。

 プチッ!と小さな破裂音が聞こえると、興奮したように丈八が叫んだ。「割れたばい!!割れたぞ。ほ!!ほ!どっちかが割れた、ほ!!」

「丈ちゃーーん!!ど、どっちが割れたな?どっちが割れたな?もう…がああああーーーーっ!!」勘吉は、自分が持ったオスと嘉乃助が持ったメスの甲羅を狂ったように見較べた。「ばあーーーーっオスん甲羅が割れた!メスな割れとらん、もう…ばあーーーーっオスが割れた!」勘吉はドンドンと拳で床を激しく叩きながら喚いた。

「仁蔵さーん、ほ…オスん甲羅んほが割れた!!」そして勘吉は仁蔵のほうを見て思わず「ゲッ」と叫んで仰け反った。

「に、仁蔵さんな手淫しとらす!」

 少年たちは一斉に仁蔵を見て凍り付いた。

「に……げっ…に、に…げげっ!!」

 仁蔵は手淫し終わった手を落ち着き払って手拭いで拭き取っておもむろに立ち上がると、突然ダーーッ!!と絶叫してオス甲虫を踏み潰した。「こん大和男児ん面汚し畜生めがああああぁ!!」

「よかかぁ、ごるああああああっ!!」仁蔵は、もろ肌脱いで皆を睨み据えた。「よかかああぁぁ、こん日本のおのこち生まれたからにゃなあ、もうどぎゃんおなごんでん負くっとでけんと。もうどぎゃんおなごんでんぞ!もうがああああああああああああああっ!!」彼は見事に発達した二の腕の筋肉を諸肌脱いで誇示し、途轍もない声で吠えまくった。

「ここんおるにーどんなよかかあああっ!!もしもにーどんんがもしも、あんカブトんごつ体ん無様じ軟弱な醜態ばさらけ出したなるば、カブト同様おるが成敗しちくりゅっけん、そぎゃん覚悟しとけよおおおおおおおおおーーーーーーーごあああああああっ!!」

 殺気すら含んだ彼の声に少年たちは縮み上がった。

 しばらく沈黙が続いた後、凍り付いた空気を和ませるように、嘉乃助が恐る恐る言った。

「そ、そるは仁蔵さんのごつ、いかつか男以上に頑丈な体ば持ったおなごなんてもんな、そうはおらんだろばってんが…、例えばまりちゃんのごたるやさ男ん体よか丈夫そうな娘ごなどしこでんおる…。まりちゃんのごつなよっとした腰が、あぎゃん娘ごたちのでーんとした腰にバーンてぶつかっとしゃがな、こるはちびっときつか話じゃあるばい…」

「仁蔵さん、まりちゃんの腰でん、ふとか娘ごたちんでーんて張った腰にぶつけても打ち勝つどか?」勘吉が、素朴な疑問を口に出した。

「そるは当たる前のこったい!!まり作な男だけん、男ぞ!よかか、男子たるもんなどぎゃん体ん細かったっちゃ、どぎゃんふとか娘ごよか強うなかとでけんとぞ!!よかか、男などぎゃん柔らかったっちゃ、どぎゃん硬か娘ごよか強うなかとでけんとぞ!!どぎゃん薄くたっちゃ、どぎゃんぶ厚つか娘ごよか強うなかとでけんとぞ!!そおるがもののふたる大和男児の骨頂ばい」

「へぇー…っ」勘吉は目を丸くして感心した。「そうすっと…、おっでんこぎゃんこまんちゃか体しとるばってんが、去年見たバテレンの山んごつ尻のきゃあふとーかおなごよかきゃあ頑丈かこつになっとね?」

「そるはアグネスんこっか?そらどぎゃしこでんバテレンの連れちきとる愛人のおなごなおるばってんが、一番尻のふとかつなアグネスじゃけんが…まあ、いずれんしてむ、そぎゃんぞ勘吉。よーしよーし…、そぎゃんぞ!!」

 仁蔵に太鼓判を押されて、勘吉は、自分の細い手や足をしげしげと眺めた。「ぎゃん細か手足じゃあるばってんが、おるも男じゃけん!すっとこん手脚にゃ自分でん気付かんごたる、とつけむにゃあ力の秘められとっとかむ知れんな。いっちょ今度試してみんとでけん…」

「ばってん仁蔵さんなようバテレンのおなごん名前ば知っとらすこっじゃ…」丈八が感心しように言った。

「そるはよかか、丈八よ、おるの父親な宇土ん郡奉行だるがい?そるじゃけん隣ん天草ん代官となちと付き合いのあってかるな、バテレンの名簿ん写しの屋敷にあると!おるはそるばこっそり盗み見ちかるな、先ん天草さん行った時ん見た尻の山んごたるおなごがアグネスちゅうこつば知ったというわけじゃ」

「うん、うん、そういや尻の山んごたるおなごな、確かんおった。確かんおった…」丈八が頷いた。

「ばってん、改めて見っと仁蔵さんが膝なごつう尖っとらーす!!」仁蔵の逞しい体を眺めながら勘吉がさも感心したように言った。

「わはは…、ごつう尖っとるどが?こるが男たるもんの膝ぞ!うんよしよし、こん膝で蹴らるると痛かぞ~!!わはは…」

「うん、仁蔵さんの膝なそうにゃ逞しか~。ばってん、あたん姉さんのとよが膝なそるに輪ばかけちごつうして…、まるじ熊本城の武者返しの石垣んごつ難攻不落に見ゆる!!もう皮でん何でん、そうにゃぶ厚うしてやるばなしごつかごつ見ゆるけん、仁蔵さんが膝ととよん膝などっちが丈夫かどかて、おるはいまそるば思てちんちんの気持ち良うなりよったとこ」

 仁蔵は顔を真っ赤にして腰に差した脇差を抜いた。

「こら、とよとは何か!とよとは!!ぬしゃ、おるげ奉行所の手代ん倅だるが!ぬしゃあ主が筋ん家のもんば、いま呼び捨てんしたなあ!!こらっ!もうこるは打ち首に当たる大罪ぞ。勘吉首ば出せ首ば!!素っ首斬り落としてくりゅうぞ!!」

 丈八が慌てて二人の間に割り込んだ。

「に、仁蔵さん…、許しちやっちください。勘吉なまだ若うして物言いば知らんけん、悪気はなかったち思うけん…、ど、どうぞ許しちやっちはくださらんかい?」

「いいや、許さん!!丈八そこばどかんかあああっ!!」

 仁蔵は丈八を払い除けようとしたが、丈八が思いの他強い力でぐいぐい押し返してきたので、毒気を抜かれたような顔で、諦めて「ちいっ」と舌打ちして脇差を鞘に納めた。

 仁蔵は、メンツが少しつぶれたのを誤魔化すように繕って、勘吉を問い詰めた。

「こら、にーな何じとよん膝のこつば、そぎゃん詳しゅう知っとるとか!!」

「は、はい…」勘吉は上目遣いに記憶を辿るように言った。「はい…おるげん叔母さんの家な仁蔵さんが屋敷ん近くにあってですな…、そるでもって裏山ん椎の木林じゃ茸がぐっさ採るっとです。おるはいつでん叔母さんげに遊びに行くたびに、窓ん格子からその、とよ姫さまが茸ば摘みよらす姿ばよう見ちょるとです。そるでもって…、うーんと…反対ん側の御(み)輿(こし)来(き)ん海からはいつでん強か西風ん吹き上げち来ますけん、おるがこそーって隠れて見よるとしゃが、そんとよ姫さまん着物の裾の、風ん煽られちきゃあ捲れあがってかる、そいでもってたいぎゃなふとーか膝の、にょろにょろ!!って露わになっておるが目ん入って来るとです。だけんが…、そん石仏さんのごたる生膝が熊本城の武者返しの石垣でん敵わんごつ難攻不落に見ゆる事実な、いつでん見ちょるかるよう知っとるわけですたい!!」

「そるだけか…」仁蔵は憎々し気に言った。「こやつばかりは…、つくづくふざけた餓鬼じゃあるばい。ところで聞くが、にーな、おるが膝と豊ん膝な、どっちが丈夫かて正直なところ忌憚のう考ゆるか?」

「そ、そるはですな…はあ」勘吉は言い淀んだ。

「答えんかああっ!!にーな殺すぞお、勘吉!!」

「は、はい、そるはですな…こ、こう見えちおるも男ですけん、男同士、仁蔵さんの膝んほが強かと良かてな期待すっです…。ばってん…、どぎゃん見たっちゃ、おるにはとよ姫さまん膝んほが丈夫かごつ、正直見ゆるけんがどぎゃんこぎゃんしょむなかとです」

 すかさず仁蔵は勘吉にビンタを喰らわせた。勘吉の唇の端から血が滴った。

「何てかあ?にーな、男ん俺様よか、おなごん豊ん膝のほうが頑丈かち言うか?にーな、おるばコケんしよるか?」

「いや、とんでもなか…こ、コケにゃしよらんです…」勘吉の目から涙がこぼれた。

「もういっぺん聞くぞ。よかか、にーなおるが膝と豊ん膝などっちが丈夫かて思うか?」仁蔵は同じ質問を繰り返した。

「は…実に困ったこつじありまするが…どうもとよ姫さまの膝んほが丈夫かごたる…」

 言い終わらないうちに仁蔵は再びビンタを喰らわせた。

「もういっぺん聞く!!勘吉、おるの膝と豊が膝などっちが…」

「仁蔵さん、もうやめなっせ!」見かねた丈八が、声を荒げた。

「ち、ちいっ…!!」仁蔵は渋々と暴行を止めた。

 場がすっかりシラケてしまって、少年たちはシーンと静まりかえってしまった。

「あ、ああ…、そうじゃった、そうじゃった!!まりちゃんが今日の一番の出し物がまだじゃったな!!」機転の利く嘉乃助が必死で話題を変えた。「で…、まりちゃん、キミは今日な何の人形ばひょっこり造っちきたのかな?」

「あっ、そういや、まりちゃんのすごか出し物がまだじゃったな!」少年たちはホッとした様子で言った。

「まりちゃんの造る人形てな、そらもう実にホントん人間そっくりじゃけんがたい…、バァーーーン!!てぶつけ合わすっとしゃが、まるでホントん人間同士ばぶつくるとこば見ちょるごたるじかる、おるもちんちんのムズムズすっ」丈八も毬莉作を褒め称えた。

「うんうん、ちんちんのもうぐりっちでんぐり帰るごつ興奮すっばい!」皆は一様に股をモゾモゾさせた。

「それにしてん、この間の、まりちゃんの造って来たアマテラスとスサノオ人形のぶつけ合いにゃ興奮したのう…!!」丈八が思い出すようにそう言うと、

「うんうん、アマテラスなスサノオが山ば上っち来た時に、地面は踏み抜いち迎えうった猛女じゃけん、まりちゃんなそん脚ばいざぎゅうふとう造っち来た…!一方スサノオなアマテラスん弟だけんが、そん九分目くらいにふとう造っち来たとな。もうまりちゃんな、そん造り方の絶妙よ!!おっどんが興奮するツボばよう心得ちょる!」嘉乃助が毬莉作を大いに持ち上げた。

「で、まりちゃん、今日は何の人形ば造っち来たかいな?」

 毬莉作は目を輝かせながら、恥ずかしそうに傍らに置いた風呂敷包みを細い手でぎゅっと握り締めた。

「は、はい…今日はみなさんが一番興奮するもんば造っち参りました!!」

「そら何な、何な?は、はよ言わんかい!!」少年たちは毬莉作の持つ風呂敷包みに向かって一斉に身を乗り出した。

「はい…、そるは実に妓王と仏御前の人形ですばい!!きょ、今日なこるばバァーーーーーーン!!ち思い切りぶつけちみようち思うちかる、そるはそるはもう必死で造り上げち参りました」

「げっ!!…妓王と仏御前ちいうたら…平家物語ん出ちくっあん妓王と仏御前かあああああああああああああああああああああっ?げーーっ、げげげげーーっ!!」丈八は絶句した。「ぬしゃ究極んもんば今日は造っち来たのおおおおおおおおっ!!」

「そ、そら、毎年村芝居じ上演されとる平家物語のあ、あん妓王と仏御前んこつかい?うわああああああーーーーーーーっ!!」

「うん…。こん村じゃ判官んこつも木曽義仲んこつもまったく興味な持たれん、こん村じ上演さるる平家物語ちゅうたら、いつでん、仏御前と妓王ん芸較べのくだりに固定されちょる。だけんがぬしどんもよう知っとるどが?」

「知っちょる、もう知っちょる…。うわぁまりちゃん、はよお妓王と仏御前の姿ば見せんかっ!!」

「まりちゃん、はよ風呂敷包みば解け、はよ解け!」丈八に催促されて、毬莉作は頬を紅潮させながらゆっくりと風呂敷包みを解いた。

 彼等は、妓王と仏御前と妓王を見て息を飲んだ。

「や…、やっぱ思った通りんもんじゃったあ!!」

「やっぱ思った通りん素敵なもんじゃったあ!!」

「ま、毬莉作…!!」丈八は、しげしげと少年の顔を見て言った。「……ぬしゃおっどんが描いとった通りん妓王像、仏御前像ば、よくぞ頭の中ん像通りに、忠実ん造っちきちくれたもんじゃあ…。やっぱぬしゃ天才ぞ!!」

 莉作は恥ずかしそうに床に目を伏せた。「はい…、まずは村じ大変人気の妓王じありますが、こるはもう…そら判官以上に判官贔屓されちょる白拍子でありまする。してこるば演じる娘御も、そん時々じ多少の違いなありまするが、少年のごたる細身の娘が選ばれち演じるという点で毎年決まっておりまする。だけんおるも以前見たこつのある細川ん殿さんの稚児衆ば参考にしてかる、丁寧に造り上げたつじあります。一方仏御前のほうですが、こるは、そん名ん通り仏様んごつ芸ば奥深う極めた白拍子ですけん、いつでんちびっと偉そうな顔した豊満で貫禄のあるおなごが選ばれよるとです。そっだけん、おるは仏御前ば造る場合にゃ、顔に美しさと共に何か迫力ば持たせ、ちびっと太目に造っちきたちいうわけじあります」

「うんうん、ようできとる…。こるならばもう本物同士ば見るとといっちょん変わらんばいた。思うにホントん仏御前と妓王もこぎゃん風だったにもう間違いなか!!」丈八はもう堪らんとばかりに、自分の内股を力一杯こすりつけた。「ああ…もうちんちんの馬んごつ張り切ってきたばい…。褌ん中でぐりんぐりん回転しよる!!」

「丈ちゃん、男とおなごん戦いにでんそうにゃ興奮するばってんが、もう妓王と仏御前の戦いにゃ、そるに輪掛けちかる力一杯興奮するばい。ぎゃんしたおなご同士の対決なぞ、おっどんな男だけんいっちょん関係なかろうに、こるは実に不思議なこつじゃあるばい…ああもう………!!」嘉乃助が自分のムラムラ感を分析的に説明した。

「かのやん…、そらな、妓王と仏御前のごたる、ぎゃんした感じのおなごとぎゃんした感じのおなごばぶつくる時に限るばい。他ん感じぬおなご同士ばぶつけたっちゃ、いっちょんつまらんばい…!!」丈八が補足した。

「ばってん妓王姐さん大丈夫かのう…仏御前に較べてちょっと危う見ゆるばってん…」嘉乃助は心配そうに妓王人形を見た。

「わはは、『妓王姐さん』ちたい!」勘吉がせせら笑った。

「は、はいみなさん、みなさんのそん心配にゃあ、わたくしめ、もうしっかり考えちかる造っちきましたばい」毬莉作が言った。「みなさんが誰でん、当然妓王ん味方するこつはわかっとりましたけん、ぶつかり負けんごつ、思いばうんと込めちかるとても念入りに造りましたばい。一方の仏御前のほうといえばですな…、外側な丁寧に造ったこつは造ったばってんが、えと…中身んほうがちょこっと手ば抜いて造ったけん、まあ確実なこつは言えんですばってん…、細くたっちゃ妓王姐さんの勝つ可能性は少しあっち思うですばい」

「おるは仏御前のほーが好いちょーる!!おるはふっくらしたおなごが好いちょーる」出し抜けにいままで黙っていた少年が言った。

「こ、こら、ぬしゃあ出ち行け!!折角皆がこうして不安ながらも妓王ねーさんば力一杯応援しよる時に場の空気ば乱すんじゃなか。ぬしゃあいらん、はよ出ち行け!!」丈八が手でシッシッと追い払う仕草をした。

「まあ丈ちゃん丈ちゃん…まあ人ん好みそれぞればいた。みながみな妓王贔屓ばっかじゃ面白うなかろう…。中にゃあ仏御前贔屓もちったあおったっちゃ良かとじゃなかか?」嘉乃助が笑って言った。

「うーん…、考えちみれば確かんそうたい…。こるはおるとしたこつが考えん足りんじゃったのう…こんおるとしたこつがな」

「けっ、くっだらん!」

 仁蔵が、突然立ち上がって昆虫の入った木箱を思い切り蹴飛ばした。

「おいっ!!そら、たかが造りもんじゃなかか!にーどんな粘土ば捏ねちかる焼いただけんもんばぶつけ合うちかるどこが面白かとか!?おいっ、にーどんな馬鹿か!!そしておいっ勘吉!」仁蔵は勘吉を睨み付けて言った。

「勘吉!!近い内に、おるが膝んほが豊よか頑丈か証ば見しちやるけん、いまん見ちょけ!!」そう捨て台詞を残して、彼は木戸を蹴破って出て行った。

「ペッ、はっ…!」丈八は気分悪そうに唾を吐いた。「ほんなこつ、けったくそ悪かぁ…。あやつがおると、いつでん場の空気の悪うなっちおこなえん!!」

「そぎゃんたい、あぎゃんとなはよ死ねばよか!!」

「そうたい、あぎゃんとな死ねばよかたい!!」

 少年たちは口々に悪態をついた。

「ささ…、こぎゃんしとる場合じゃなかぞ。何せいまかる世紀の一戦の始まっとじゃけんな。妓王姐さんが仏御前に当たり勝つかどうか…、うわあ、みんな!!こん戦いばおっどんなしっかり身ば入れちかる見届けちやろじゃなかか!!うわあもうーーーっ!!」嘉乃助が気合いを入れて一同の士気を鼓舞した。

「かのやん…、こるはもうホントん妓王と仏御前ばぶつくるのと同じこつじゃな?」

「ああ、もうホントんホントん妓王と仏御前ばぶつけ合うとと、もうホントにまことにまったく同じこつばい!」

「うわぁ…、そうすっとしゃが、こるは村ん芝居よか百倍面白いかばい!」

「そうぞ。天草じ行われちょる闘鶏よか千倍も面白かぞ!」

「相撲よか仁和加よか神楽よか、もう較べ物にならんくらい、うわあっ面白か!!何にも増して、こるは他ならぬ妓王と仏御前の対決じゃけんなあっ!!」皆は大きな声でぎゃあぎゃあ喚き立てた。

「ほんならいくぞぉ!!よかか!かのやんな仏御前ば持て。そしてかる、おるは妓王ば持つけん。そぎゃんしてかる…1、2の3じぶつけ合おうばい!!」丈八は妓王を持ち仏御前を嘉乃助に手渡した。

「妓王姐さんなもう好いちょーる!!もう勝っち欲しかあーっ!」。

「ばってんつくづく清盛というやつな、人ば見る目んなかったの…」ふと仏御前を握りしめた嘉乃助が言った。「仏御前のほうばすごかごつしち、妓王ば粗末に扱うとは実にけしからん男じゃ…」

「ああ、そるじゃけんが平家な滅びたつ!妓王のほうがすごかつに決まっとるとに!」丈八が答えた。

「妓王姐が祟りで平家な滅びた…」

「あん時妓王ばすごう見立てて仏御前ばザコん見立てとったら、平家ないまでん続いとったろうになあ…」

「妓王姐さんの強さば見抜けんじゃったけん、平家な滅びたつばい!!」

 その山小屋の中は、思春期の少年たちにとって重要な世紀の一大決戦をむかえようとしていた。沈みかけた夕陽の光線の加減で、廃小屋の壊されて大きく空いた戸口からは、淡い茜色の光と、そして少し潮気を含んだ海からの温風が入り込んできていた。日中の残熱とそして彼等の生臭い熱気とが異様に充満しきった中で、眼を充血させた子供たちが世紀の大一番のその一瞬をいまかいまかと固唾を呑んで待ち構えているのだった。

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