〈2.7〉埠頭にて・1

 すでに秋も終わろうとしている頃、夜更けのコンテナ埠頭には冷たい海風が吹きつけて、さらに俺の体温を奪っていく。


 いや、の。


 積み上げられたコンテナの頂上に潜んでいる俺は、一旦埠頭の監視を中断し、隣で凍えている雪を振り返った。


「……やっぱり帰れよ、お前」


「ここまで来て今さら? 友達のとこに泊まるって、もう家にも言ってるし」


 雪はやる気充分だった。スカジャン風のウィンドブレーカーにショート丈のデニムのストリートファッション。この前と似たようなものだ。寒いに決まっている。


「よく許可が降りたな」


「ハガネがついてるからでしょ。それに、何かあったらマッツの面倒を誰が見るの?」


 背後のケージに入っているマッツが、同意するようににゃあと一鳴きした。静かにしろ、と俺は視線を送る。不満そうな猫面が返ってきた。こいつも寒いのだろう。だが、ガレージハウスに置いてくるわけにもいかない。


「ほら、マッツもそう言ってるし。ね」


 と、雪は俺の手から単眼鏡を奪い取り、波止場のコンテナ置き場を眺めた。



 夜更けのコンテナターミナルは、ガントリークレーンのいたるところに取りつけられた照明によって、まるでネオン街のような明るさを放っている。


 その光華の舞台で主役を務めるのは、身体拡張型強化重機“コートローダー”たちだ。三メートル近くある“コートローダー”はがしゃ髑髏のような外観で、装着者の出力と感覚を巨人へと変える。下半身は四脚だったり、キャタピラだったりと様々だが、上半身のアタッチメントは一様にコンテナを積み下ろしするためのブーム・スプレッダーを着けている。


 “コートローダー”たちは蟻のように動き回り、タンカーから降ろしたコンテナを自動コンテナ搬送台車AGVや大型トラックに移していく。


「あれがそう? あの、水色で錆びてるやつ」


 滞留コンテナ群を単眼鏡で眺めていた雪が声を上げる。


「そうだ。改竄屋ジャックマン自動制御式貨物港湾統合網NACCSに侵入して、送り主と引受人両方の会社が倒産して放置されてる滞留コンテナを見つけてもらった。それで昨晩のうちに製造番号やらを消した“ガーゴイル”を逃がし屋ホイールマンの手を借りて運び込んで野戦分解フィールド・ストリップ。あとは偽造屋カードマンに作らせたシールでもう一度コンテナを封印して完成だ」


「それでウルトラマンは何したの」


「ウルトラマンは何もしてない。あのな、お前のボディガードで貰った前金が、この工作で全部吹っ飛んだんだぞ」


 そう言いながらコートの下からオレンジピールの瓶を取り出して、一つかじった。


「あっ、誰か来た。四人くらい」


「貸せ」


 単眼鏡を雪から取り返す。ぶう垂れてきたが、構わず雪が言っていたあたりに望遠レンズを走らせた。


 たしかに四人の男女がいる。全員判で押したように黒いロングコートを着ている。三百メートル離れていても刑事だとわかった。


 その中に鳥籠花目の姿を見つけた。煙草を片手に、寒空に真っ白い紫煙を吐き出している。


 間違いない、新宿署の機動装甲対策課たちだ。この港は明らかに新宿署のテリトリー外だが、目先のノルマのためにはそんなことも気にしていられないのだろう。どうせ何か関連をでっち上げて、新宿署の管轄に飲み込む腹だ。


 花目たちはコンテナの迷路を進み、徐々に密輸のゴールへと近づいていく。


 あとはコンテナを開封して所有者不明首なし“ガーゴイル”を押収。面目を潰されて苛立っていた花目もこれで矛を収め、一時的にマフィアへの敵愾心てきがいしんと警戒も緩む。しばらくしてから、アンジュがマッツを飼っているのに気づいたって、あの動物への見る目のなさなら、新しい猫を買ったと思うだろう。そう思ってもらわなくては困る。


 そのとき、すぐ背中で「おい」と呼ばれた。


 一瞬、俺はマッツが喋りだしたのだと思った。そう思わせるくらいにはふてぶてしいオス猫だ。


 振り返ると、いたのはミツグだった。


 セーラー服の上にモッズコート。ちぐはぐな取り合わせだが、それを吹き飛ばすくらいの威迫があった。だが、俺の口から漏れた返事はこれだった。


「……お前……ちゃんと学校に通ってたのか」


「降りな。アンジュ姉が待ってる」


 ど、どーすんの、と雪が耳打ちしてきたが、俺はおとなしく従うよう伝えた。


 マッツのケージとアタッシュケースを持って、雪と一緒にコンテナの山を降りる。


 はコンテナの陰になっていて、周囲からは死角になっている。


 忙しないコンテナターミナルのエアポケットで、数人の武装した手下てかを引き連れたアンジュが肩にかけたポロコートをはためかせていた。ミツグはすっ、とそこに合流する。その後ろには、ミツグの巨大なバイクが控えていた。


「夜中のデートにしては、洒落たところに来るじゃないか。おい、そのアタッシュケースを置け」


 アンジュの言うとおり、俺は“パーシヴァル”のアタッシュケースをそっと地面に置いた。


「こっちに蹴り飛ばせ。……そうだ。お前の“コート”は伊達で有名だかんな」


 手下の一人が足元にやってきたアタッシュケースを拾う。他の奴らは全員、外套の下から銃口をこちらに向けていた。


「……で、俺たちになんの用事だ」


「なんの用事ときたか」アンジュの苦笑はすぐ絶叫に変わった。「――ふざけんじゃねえ! てめえがあの刑事とグルになってんのはお見通しなんだよ! 何企んでやがる、ああ!? てめえ、開けたわけじゃあるまいな!」


「アンジュ……これはあんたのためにやったんだ」


「じゃかしい! てめえはここでひき肉になって、そのままド三流国にハンバーグとして出荷されんだよ。神部凍星の娘……てめえはお家に帰ってクソ垂れて寝てな。あくまでここにケツ置くってんなら、流れ弾の一発や二発ぶち込まれるかもしれんが、私の知ったこっちゃない」


「……うわ下品」


 雪はつぶやいた。俺はもちろん、明らかにアンジュの耳にも届いていた。


「ぶっ殺せ!」


 アンジュの怒号を聞くや、男たちが拳銃を抜き放つ。


鉄よおこれデスペルタ・フェロ!」


 雪とマッツを背中にかばい、俺は叫んでいた。右手のセラフィム・エンジンが唸りを上げて起動する。と同時に、男たちの一人が持っていた“パーシヴァル”のアタッシュケースが飛び開く。


 待ってましたとばかりに、ナノマシン群体による純白の龍が牙を剥いた。


 “パーシヴァル”はリンクされたセラフィム・エンジンの三次元位座標を測位しているに過ぎないが、その遅延は龍のうねりとして出力され、そばにいた男たちを撥ね飛ばした。

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