〈1.8〉課外授業

 マスクをつけると同時に、ヘッドマウントディスプレイが起動する。


 暗黒だった視界が広がり、こちらに銃撃を続ける“ケルベロス”たちの姿が現れる。ライフル弾はダイラタンシー性を持つ分散系装甲に受け止められ、指で弾かれた程度の衝撃しか俺に与えない。


〈六二五日ぶりのログインです。お久しぶりですね、マスター?〉


 “パーシヴァル”に搭載された人工知能式オペレーティングシステムのVALが、人間と聞きまごう滑らかな合成音声で語りかけてくる。


 それは“彼女”の声だ。


「……システムチェック」


 この声からだけでも逃れられないかと、何度も合成音声のベースデータを書き換えようとした。だが、この構成単位だけは“彼女”がロックをかけていて、俺にはパスワードがわからなかった。


 “彼女”の亡霊はすらすらと答えた。


〈システム・オールグリーン。敵性“コートアーマー”の存在を感知しました。武装した第六世代、五体。脅威査定スレット・アサスメントはBプラスです〉


「Cマイナスに修正」


〈フィードバックを受理しました〉


 “パーシヴァル”と同時に具現化されていたマルチ・オプトを腰元の装甲から抜き放つ。


変形オプト曲湾刀サーベル


 そのつぶやきを受けてVALがナノマシンに指令を出し、ただの円筒だったマルチ・オプトがぐにゃぐにゃと姿を変えて、瞬く間に俺の右手は緩いカーブの洋刀を握っていた。


「行くぞ」


〈いってらっしゃいませ、マスター〉


 殺意のこもった銃撃の雨を無視して、ディスプレイ内でレッドドットに縁取りされた“ケルベロス”たちに突っ込んでいく。


『お前、その機体はなんなんだ!』


 さすがに度肝を抜かれたのか、熟考家ディープ・シンカーから母語が飛び出した。


 答えるつもりはない。直近の一体に肉迫する。サーベルでアサルトライフルの銃身を斬り落とし、暴発した衝撃で持ち上がった腕をかいくぐって、両の脇下をかき混ぜるようにして一瞬で斬りつける。


 スパークが走り、最初の一体のバッテリーパックが破壊された。残り四体。


 “ケルベロス”を含むほとんどの第六世代“コートアーマー”はバッテリーパックを脇の下や、背中に配置している。これを破壊してやれば、装着者を傷つけることなく“コート”を無力化できる。


 銃剣を着けた一人が吶喊とっかんの怒声を上げて突っ込んできた。俺は地面を蹴る。反転しながら三メートルほど飛び上がり、“ケルベロス”たちの真後ろに着地する。


『なっ……!』


変形オプト刺突剣レイピア


 レイピアのしなる刀身ですばやく三度突き、両脇と背中のバッテリーパックを破壊する。残り三体。


 俺はそのまま隣の奴にも突きを放つが、“ケルベロス”の巨体が振り返り、初撃を外す。


変形オプト半曲刀ショーテル


 突き出したままのレイピアをショーテルに変える。針のような刀身がCの字にくねった分厚い刃に変わり、距離をとろうとした“ケルベロス”の脇に突き刺さった。


 手首をひねり、ショーテルのカーブに胴体の装甲を引っかけ、引き寄せる。横をすり抜けながら、後ろざまに蹴りつけ、背中のバッテリーパックを踵の装甲で踏み潰す。残り二体。


 のうち最後の“ケルベロス”が悪罵とフルオートの銃弾を浴びせながら、銃撃戦における適性な距離をとろうと後ずさる。


 俺は地面を蹴って即座に詰め寄ると、反応する暇すら与えず回し蹴りを放った。蹴りは右肩に直撃し、“ケルベロス”は自らの上腕装甲でバッテリーパックを押し潰した。


 すっ、と足を下ろす。息は上がっていない。疲れもない。


 VALいわく六二五日ぶりの装着など嘘みたいだった。常人にはオーバースペックの“パーシヴァル”を操ることに、なんのブランクも感じない。まるで自分の肉体そのもの。


 こいつの動きはもはや俺の皮膚に、筋肉に、神経に染みついている。


 そのことが、苛立たしかった。


「君の“コート”は近接戦闘に長けているようだ」


 卒塔婆のように立ち尽くして微動だにしないたちの“コート”には見向きもせず、熟考家ディープ・シンカーはアサルトライフルを投げ捨てた。


 代わりに太ももの鞘から、短刀を抜き去った。


「だが、私もこの仕事は長い。君のようなの“コート”使いは何人も相手にしてきた。みんな殺した」


 ゆらゆらと刃が揺らめく。攻撃の機会をうかがうスズメバチの羽ばたき。熟練したナイフ使いにしか叶わない流体的な動きを、“コート”を着ながらも再現する実力。教官を務めるだけのことはある。


 ふつうの短刀など“パーシヴァル”の装甲には棒きれみたいなものだ。だが、それでもドラグーンマスクの継ぎ目や関節などの薄い部分を狙われれば、刃が貫通して俺の身体に到達する恐れがある。そしておそらく熟考家ディープ・シンカーはその弱点に気づいている。


「行くぞ――!」


 一喝、熟考家ディープ・シンカーの“ケルベロス”がズシャズシャとこちらに駆け込んでくる。


変形オプト曲湾刀サーベル


 マルチ・オプトをサーベルに戻し、俺は迎撃の態勢をとる。


 そのとき、黒い何かが飛来して、熟考家ディープ・シンカーの背中に突き刺さった。


「なに……」


 言いかけた熟考家ディープ・シンカーの言葉はあががががという唸り声に変わった。装甲から煙が立ち昇り、がくりと“ケルベロス”は沈黙した。


 テーザーガンだ。電極を撃ち込まれ、高圧電流を流された。おそらく熟考家ディープ・シンカーの意識は“コート”の電子制御装置共々シャットダウンされた。


 だが一体誰が?


 突き刺さっていた電極がひゅるりと抜けて、ワイヤーとともに銃身に巻き戻されていく。


 その行方を追って、俺は射撃手の正体を見た。

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