第44話『花火大会-前編-』
ホームビデオを見終わったときには午後5時半過ぎになっていた。
女性達がみんなで浴衣を着てお祭りに行きたいということなので、美夢と有希はリサさんのテレポート魔法を使って、浴衣を取りに実家へと戻った。また、リサさんは俺の両親に挨拶をするそうだ。
「そういえば、私がここに来てすぐにやっていた七夕祭りでも、浴衣を着ている人はいたよね」
「そうでしたね」
「へえ、夏川市ってイベントを積極的にやるんだね」
「みたいだね。そういえば、宏斗さんは浴衣着なくていいの?」
「この前の旅行みたいにホテルの中だけなら着てもいいんですけど、人が多く集まるお祭りとかでは普段着の方が落ち着くんです」
「なるほどね。自分が気持ち良く思える服装なのが一番いいよね」
エリカさんはそう言って俺の考えに理解を示してくれた。アルバムやホームビデオを無理矢理観させたので何だか意外だ。
「宏斗先輩は昔から、こういった夏祭りや花火大会があると、美夢ちゃんや有希ちゃんと一緒に行っていたんですか?」
「そうだね。小さい頃は、地元の夏祭りへ一緒に行ったよ。両親からお祭りのお小遣いをもらうんだけど、特に美夢が色んなものを買いたがるから、俺の分の小遣いは2人のために使うことが多かったな……」
「ふふっ、そうだったんですか。それも何だか納得できちゃいますね」
「じゃあ、今日は宏斗さんに色々と奢ってもらおうかな?」
「多少ならいいですけど」
エリカさんはかなりの大食いだから、露店をコンプリートしそうで怖い。エリカさん自身お金持ちだし、リサさんもいるから全部奢ってほしいってことにはならないだろう。
「愛実ちゃんはどうだったの? 確か、この前の旅行でお姉さんが1人いるって話していたよね」
「……そういえば、どのくらい前か忘れたけど、呑み会でそんなことを言っていたね」
「覚えていてくれていたんですね。あたしも小さい頃は5歳年上の姉と一緒に、地元の夏祭りに行っていました。あたしもお姉ちゃんにわたがしやチョコバナナをおねだりしていましたね。なので、美夢ちゃんや有希ちゃんの気持ちが分かります。あたし、妹がほしかった時期もありましたから、2人におねだりされたら何でも買ってあげちゃいそうです。あと、お兄ちゃんにも憧れていましたから、先輩にも奢りますよ? あたし、社会人ですし」
「その気持ちは嬉しいけれど、ほどほどにしてね。特に美夢はそれをきっかけに甘えそうだから。エリカさんも。あと、俺には奢らなくていいからね」
「ふふっ、分かりました」
高校生活がスタートしたばかりの有希はバイトしてないけど、美夢は3年くらい喫茶店でバイトをしているからな。小さい頃とは違ってある程度のお金は持ってきているはず。
ただ、5人も同伴するし、何があるか分からないので俺も多めにお金を持っていくことにするか。
「ただいま、お兄ちゃん」
「兄さん、ただいま」
「ただいま帰りました。宏斗様の御両親に挨拶もできました。あと、エリカ様、愛実様。美しい浴衣がたくさん持ってきましたよ!」
3人が帰ってきたけれど、リサさんは結構興奮している。この前の旅行でもリサさんは色々なものに興味を持っていたし、エリカさんよりも日本文化にどっぷりと浸るかも。
「じゃあ、俺は寝室にいますので、みんなここで浴衣に着替えてください」
『はーい』
俺はリビングを後にして寝室に入る。何度も寝室に戻ることを阻まれたこともあってか、達成感のような気持ちを胸に抱く。
ベッドに腰を下ろして、スマートフォンで再び花火大会のホームページを見る。花火の打ち上げは7時半からだけれど、縁日はもうスタートしているんだ。
あと、去年は15万人も来たのか。東京近郊だからか結構来るんだな。迷子になったりしないように気を付けないと。
『うわあっ、エリカちゃんって大きいんだねぇ』
『美夢ちゃんほどじゃないよ』
『何を食べたりすれば、およそ20年でそこまで大きくなるのか気になります』
『あたしと食べているものはさほど変わらないのに、どうして姉妹でこんなに差があるんだろう……』
『美夢ちゃんは悲観するほど小さくないって。あと、下着可愛いよ』
などと、リビングの方から女性5人の話し声が聞こえてくる。盛り上がるのはいいけれど、家の中に男性がいることを忘れていないだろうか。
部屋の窓から夏川駅方面の景色を見る。今年も夏本番の時期がやってきたな。晴れた日だと夕方でもまだまだ暑い。
花火大会の会場である夏川は駅から近いところにある。もう、縁日がスタートしているからか、耳をすませていると賑わいの音が聞こえてくる。
――プルルッ。
ダイマフォンが鳴っているので確認してみると、
『みんな、浴衣に着替え終わったよ! リビングに来てみて』
エリカさんからそんなメッセージが送られてきた。みんなの浴衣姿がどんな感じなのか楽しみだな。
リビングへと向かうと、そこには5人5色の浴衣姿の女性達が立っていた。
「おぉ、みんなよく似合っていますね。綺麗ですよ」
エリカさんは白、リサさんは黒、愛実ちゃんは黄色、美夢は赤、有希は青の浴衣をそれぞれ着ている。こうして見てみるとみんな可愛くて綺麗だ。しっぽの生えているエリカさんやリサさんも違和感なく着ることができている。
「5人で浴衣を着るなんてことはなかなかないですし、スマートフォンとダイマフォンで写真を撮りましょうか。会場に行ったら人もいっぱいですから」
「そうだね! お兄ちゃん、後で写真送って!」
「もちろん、後でみんなに送るよ」
俺はスマートフォンやダイマフォンで、浴衣姿になった5人の写真を何枚も撮る。写真で改めて見てみると、美女揃いだなと思う。
それぞれのスマートフォンやダイマフォンに今撮影した写真を送ると、みんな嬉しそうにしていたのであった。
午後6時過ぎ。
俺達は家を出発して、夏川花火大会の会場へと向かう。さっきよりも暑さは和らぎ、汗を描き始めたからか、風が涼しく思えてきた。
「お兄ちゃんと夏祭りって久しぶりだよね」
「そうだな。夏に帰省しても家でゆっくりしたり、地元の友達と呑んだりしたことが多かったし」
「兄さんが帰ってくる時期と、地元の夏祭りの日が違っていたもんね」
地元の夏祭りは7月下旬に行なわれるけれど、俺が実家に帰省するのは8月のお盆周辺だからな。こうやって、美夢や有希と一緒に夏祭りに行くのは7、8年ぶりくらいかも。
「先輩と久しぶりにお祭りに行きたかったから、2人は花火大会に行くことを提案したんだね」
「はい。あたしが花火大会をやることをネットで見つけて、姉さんに相談したんです」
「いい提案だったと思います。お二人の提案のおかげで、この素敵な浴衣を着ることもできましたし」
「そうだね、リサ。……ほら、あそこから会場なんじゃないかな。私達みたいに浴衣を着ている人もたくさんいるし、露店も見てきたよ」
エリカさんが指さした先には既に多くの人がいた。花火の打ち上げまであと1時間半ほどあるにも関わらず、今から賑わっているな。七夕祭りのときよりも人が多いんじゃないだろうか。
露店が並ぶ会場へと足を踏み入れると、本当に人が多いな。色んな露店から美味しい匂いが香ってくる。お祭りに来たんだなぁと実感してくれる。
「うわあっ、色々なお店があるな」
「あそこの焼きそば美味しそうだね、エリカちゃん!」
「美味しそうだよね!」
「私はあちらのわたがしというものにも興味がありますね」
「あたしもリサちゃんみたいに、甘いものの方を食べたいかなぁ」
みんな、行ってみたいお店が違うみたいだ。これだけ多くのお店があれば、自然とそうなるか。
「それぞれ行きたいお店はありますよね。……まだ、花火の打ち上げが始まるまで時間もありますし、しばらくはそれぞれ好きな露店を回ることにしましょうか。7時15分くらいになったら、花火会場の方で待ち合わせということにして。もちろん、途中で誰かと合流したくなったら、その都度連絡を取り合うってことで」
「うん、私はいいと思うよ。今の宏斗さんの意見に賛成の人」
『はい!』
全員が手を挙げてくれた。お店も多ければ、人も多いしみんな一緒よりも、それぞれが好きなお店に行った方がより楽しめるだろう。
「じゃあ、一旦解散で」
俺がそう言うと、美夢がエリカさんの手を握って焼きそば屋さん、リサさんが愛実ちゃんの手を握ってわたがし屋さんの方へとそれぞれ向かって行った。
残ったのは俺と有希だけか。
「兄さんはどこか行きたいところはある?」
「まだないかな。歩きながら決めようと思う。有希は?」
「あたしも同じ。歩きながら興味がありそうなところに行きたいかな」
「よし、分かった。じゃあ、一緒に回ってみようか。何か気になるものがあったら遠慮なく言って。有希は高校1年生だし、兄ちゃんが奢るよ」
「……うん! ありがとう」
俺は有希としっかり手を握り合って、会場の中を歩き始める。そういえば、有希とこうして2人きりでお祭り会場の中を歩くのは本当に久しぶりだな。
「新鮮だな。兄さんと2人でこういうところを歩くのは」
「本当に久しぶりだもんな。有希がちいさい頃は、保護者として俺と美夢が一緒だったし」
「兄さん、あたしの友達の面倒も見てくれたこともあったよね」
「あったなぁ。俺が高校生くらいのときか。11個も年上だからか、5人くらいの面倒を見たときもあったな。母親からの駄賃につられたのもあったけど」
「えぇ、そこは兄さんの優しさだけで動いてくれたと思ったのにな」
「可愛い妹と友達のためだ。守らなきゃいけない使命感と責任感があったさ。でも、お金がかかると重みが増してね」
当時、両親はお祭りの小遣いとして渡していたけれど、今思えば有希とその友達の警備をする人件費でもあったんだよな。そう考えるとお金の力って凄いし、誰かに仕事をしてもらうときには人件費をしっかり出すべきなのだと改めて思う。
「それも兄さんらしいか。兄さんとこうして一緒にお祭りを歩くことができて嬉しい」
「……そっか。大きくなってクールさも増したけど、昔と変わらずに可愛いな」
「大きくなっても兄さんの妹であることには変わりないもの。ねえ、あそこのたこ焼きを食べてみたいな」
「おっ、いいな」
「色々食べてみたいし、1パックだけでいい。一緒に食べようよ」
「分かった」
何なのこの可愛い妹。こんなに可愛かったら、1学期の間に男女問わず誰かから告白されているかもしれない。
俺はたこ焼きを1パックと、隣の屋台で売っていたイカ焼きを1つ買って、近くの広場で有希と一緒に食べることに。
「美味しいよ、兄さん! はい、あ~ん」
「……うん、美味しい。大きなタコがちゃんと入っているし。こっちのイカ焼きも美味しいよ」
「あ~ん。……イカ焼きも美味しいね」
「美味しいよな。さすがに祭り会場でタコとイカを一度に食べたのは初めてだ。今日から有希は夏休みか。高校に入学してから初めての1学期はどうだった?」
「あたしなりに楽しめているよ。地元の高校だから、中学までの友達も何人もいるし。勉強もついていけているから。入部した茶道部も楽しい」
「それなら良かった」
美夢の口から高校生活を楽しめていると聞くことができて一安心。勉強もついていけていて良かったよ。昔から有希は勉強をコツコツとやっているから、そこは大丈夫か。
「ちなみに、兄ちゃんが訊いていいのか分からないけれど、誰かに告白されたとかそういうのはあるか?」
「……同級生の女の子と、1個上の女子の先輩に告白されたかな。どっちも断ったけど」
「そうか。いや、兄ちゃんがエリカさんにプロポーズされたから、どうもそういうことが気になっちゃって」
「ふうん」
有希はいつになくニヤニヤしながら俺のことを見てくる。恋人ができていないかどうかとか、変なことをされていないかどうかが心配であることを見抜かれたか?
「あっ、お兄ちゃん、有希……」
俺達のことを見つけた美夢が、涙を流して俺達のところへ駆け寄ってきたのだ。
「どうしたの! 姉さん」
「何かあったのか? それに、さっきはエリカさんと一緒だったけれど……」
まさか、エリカさんの方に何かあったのかな。
「どうしよう。エリカちゃんとはぐれちゃったの!」
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