第42話『アルバム』

 あの後、エリカさんと美夢に泣かれてしまったけれど、旅行や出張で帰ってきたお菓子を食べさせて気分を落ち着かせることができた。


「おまんじゅう美味しい……」

「良かったね。このゴーフレットも美味しいよ、姉さん。あたし達への分のおみやげもたくさんあるのにありがとう、兄さん」

「いいんだよ。たくさんお土産を買ってきたんだし。美味しく食べてもらえて兄ちゃんも嬉しいよ」


 何だかんだ、俺も結構お土産を買ってしまっていた。エリカさんのこと言えないな。


「そうだ。エリカちゃんやリサちゃん、愛実ちゃんのためにお兄ちゃんの写真がたくさん貼ってあるアルバムを持ってきたんだ。見てみる?」

「見てみたい!」

「あたしも!」

「私も……宏斗様達の昔の姿に興味があります」


 アルバムなんて持ってきていたのか、美夢は。彼女は小さい頃からデジカメで俺や有希の写真を撮っていたな。

 そういえば、俺のアルバムは実家に置いてきたままだったな。今日みたいに美夢や有希と一緒にアルバムを見ることはあったけど、一人で見ることは全然なかった。

 美夢はバッグからピンク色のアルバムを取り出す。


「ちょっと待って。美夢、そのアルバムは見たことないな」

「うん。私のデジカメで撮ったお兄ちゃんの写真中心のアルバムだから」

「……へえ」


 何だかとても危険な香りがする。エリカさんや愛実ちゃんは特に興味津々そうな様子だし。今すぐに寝室に引きこもるか、外へと逃げたい。


「俺、気分転換に外にでも行こうかな……」

「ええっ、一緒に見ようよ、宏斗さん。バカにしたりしないから」

「だって、このアルバムは俺も初めて見るんですよ! どんな写真があるのか……怖いですし。恥ずかしい写真だってあるかもじゃないですか!」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。18歳未満が見ちゃいけないような写真はないし」

「そうだね、姉さん。あたしはこれまでに何度か見せてもらったことがあるけれど、いかがわしい写真はなかったから。恥ずかしくなるかどうかは……兄さん次第かな。そこは実際に見てもらわないと」

「そうか……」


 有希がそう言うなら、よっぽどの写真はアルバムに挟まっていないのだろう。ただ、実際に見てみないと分からないというのは、それはそれで怖い。


「……リサ」

「はい、エリカ様」


 すると、リサさんは俺の右腕を、エリカさんは俺の左腕をそれぞれしっぽでぎゅっと巻き付けた。俺のことを逃がさないってことか。ちょっと痛いけれど、フサフサのしっぽが気持ちいい。


「さあ、アルバムを見始めるよ。おおよそは時系列で挟まっているからね」


 俺より7つ下の美夢が3、4歳くらいの頃からデジカメを持っていたから、一番古い写真も俺が小学校高学年くらいか。それなら、そこまで恥ずかしい写真はないかもな。


「きゃあっ! 小さい頃の宏斗さんの寝顔かわいい!」

「キュートですね、先輩!」


 エリカさんと愛実ちゃんは黄色い声をあげて、とても興奮している。

 どんな写真なのか見てみると、実家のベッドで眠っている俺の写真か。この顔つきだと、やっぱり小学校高学年か中学に入学したくらいの頃だな。


「姉さん、たまに兄さんのことを起こしに行っていたよね。デジカメを持っていたときもあったね」

「その話は母さんや有希から聞いたことはあったな」

「お兄ちゃんは起きているとかっこいいけれど、寝ていると可愛いの! だから写真に収めたくて。こういう寝顔の写真は定期的に撮っていたんだよ」

「へえ、そうなんだ。でも、美夢ちゃんの気持ち分かるかも。今も宏斗さんの寝顔は可愛いし、起きているとご覧の通りかっこいいよね!」

「確かに、旅行のときに寝ていた宏斗先輩を見ましたけど、仕事中には見せない可愛らしさがありました」

「まあ、宏斗様が可愛らしいというのは理解できますね」

「うんうん! みんな分かってる! 私なんて寝ているお兄ちゃんの頬や額にキスしていたもん!」

「……それは初耳だなぁ」


 そういえば、実家にいる頃……起きるとたまに肌がおかしいなと思っていたけれど、それって美夢がキスをしていたからだったのか。

 その後もアルバムを見続けていく。美夢がデジカメで写真を撮っているのは知っていたから、俺がカメラに向けてピースなどをする写真もあったけど、これは明らかに隠し撮りだろうっていう写真も何枚もあった。

 また、一緒に写真を見ているからか、途中でエリカさんとリサさんは俺の両腕を解放してくれた。


「きゃあっ! これ、宏斗さんのお着替え生写真だよ!」


 エリカさんはとても興奮して、しっぽをブンブンと振っている。あと、お着替え生写真って言われると、とても厭らしく聞こえるのはなぜだろう。


「きっと、今でも宏斗先輩は仕事から帰ってくると、こういう風にワイシャツを脱いでいるんでしょうね」

「……こんなのもよく撮ったねぇ、美夢」

「こっそり撮ったんだよ。これは確か就活のときの写真かな。大人の雰囲気を感じる写真を撮りたくてね」


 いつもと変わらない笑顔でそう言われると、清々しすぎて美夢を怒る気分にもならないな。こんな写真を見るのは、家族以外ではこの3人くらいであってほしいものだ。


「姉さん。これまで撮った写真が兄さんだからまだしも、他の人の写真を隠し撮りはしちゃダメだよ。特にこういったお着替えとか、露出度が多いシーンは。下手したら逮捕されちゃうよ?」

「うんうん、分かってるって。それに、興味のある男の人の裸はお兄ちゃんしかいないから大丈夫だよ」

「……そ、そうなんだ。もちろん、男女問わず隠し撮りはダメだからね」

「はーい」


 隠し撮りについて高校生の妹に注意されるとは。あと、兄である俺なら隠し撮りしていいってわけじゃないと思うよ、有希。


「宏斗様。今さらかもしれませんが、美夢様は宏斗様のことがとても大好きなのですね。あと、美夢様のような方をブラコンって言うと聞いたことがあります」

「……間違ってはいないと思います」


 美夢は俺のことが大好きなのは分かっていたけれど、不思議とブラコンという言葉を使って考えたことはなかったな。

 当の本人である美夢はブラコン呼ばわりされても全く不機嫌そうにしていない。そんな美夢の隣で、有希はうんうんと頷いている。


「でも、美夢ちゃんよりも私の方が宏斗さんのことが好きだよ!」

「……そこで張り合う必要はないと思いますよ、エリカさん。美夢は妹ですから」

「それは分かっているけれど、自分が一番強く好意を抱いているって思いたいんだよね、エリカちゃん。その気持ち、あたしは分かるよ」

「さすがは愛実ちゃん!」


 エリカさんと愛実ちゃんは固く握手を交わしている。俺のことが好きである人間同士、分かり合える部分があるのだろう。

 妹が2人いるから、少しは女性の気持ちを分かっているつもりだったけれど、どうやらそれは勘違いだったようだ。エリカさんやリサさんと一緒に住んでいるんだし、もっと勉強して、考えることのできる人間にならなければ。


「ねえ、話が変わっちゃうんだけれどさ、みんな。有希と私から提案があるの」

「うん? 何だろう、美夢、有希」

「ここに行くことが決めてから、今日行なわれる夏川市の花火大会のことを知ってさ。それにみんなで行きたいなって思っているの」

「特にエリカさんとリサさんには、地球には花火っていう素敵なものがあるんだということを知ってほしくて」


 そういえば、去年も今くらいの時期にやっていたな。あと、夏川駅の近くに花火大会を開催するっていう告知ポスターが貼られていたっけ。

 スマートフォンで花火大会について調べてみると、確かに今夜開催だ。夏川市に流れる夏川の河川敷から、7000発の花火を打ち上げるらしい。


「へえ、夏川市では花火大会があるんだ! 行ってみたいなぁ」

「花火っていうのは知っているよ。確か、夜空に打ち上げる爆弾だよね」

「当たらずといえども遠からずですね。ただ、夜空に打ち上げる形の花火もあります」


 俺はスマートフォンで打上花火を検索して、打上花火の写真をエリカさんに見せる。


「そうそう、ダイマ王星で見た資料でもこういう写真だった!」

「このお写真でも美しいと思えるのですから、実際に花火を見たらもっと美しいのでしょうね、エリカ様」

「だろうね。私達も花火大会に行ってみたい!」

「分かりました。じゃあ、今夜はみんなで花火大会に行きましょうか。きっと、露店がたくさん出ているだろうから、夜ご飯も露店で買ったものを食べるってことで」

「良かったね、有希」

「うん!」


 先週末は旅行で海やプールで遊んで、今週末は花火大会か。社会人になってから一番夏らしい時間を過ごしている気がする。それはきっとエリカさん達のおかげなのだろうと思うのであった。

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