第34話『となりの愛実ちゃん』

 7月16日、火曜日。

 目覚ましが鳴ったのでゆっくりと目を覚ます。

 昨日はエリカさんと一緒に寝たけれど、今は彼女の姿はなかった。リサさんと一緒に朝食やお弁当を作ってくれているのかな。

 寝室を出るとリビングの方が明るくなっていた。リビングに行くと、


「おはよう、宏斗さん」

「おはようございます、宏斗様」

「おはようございます、エリカさん、リサさん」

「旅行の翌日だから、疲れが溜まって寝坊するかと思ったんだけどね。ちゃんといつも通りに起きてえらいぞ」


 優しい笑みを浮かべながら、エリカさんに頭を撫でられる。こんなことをされると子供になった気分だ。


「目覚ましもかけましたからね。ただ、目覚ましが鳴って起きたので、かけていなかったら寝坊していたかもしれないです」


 そうなったら、エリカさんやリサさんにくすぐられて起こされたのだろうか。

 移動はエリカさんやリサさんのテレポート魔法を使ったのが大半だったからか、特に旅行疲れは残っていない。


「さあ、朝ご飯の準備をするから、宏斗さんは顔洗ったり、着替えたりしなさい」

「分かりました」


 こういうやり取りをしていると、日常が戻ったのだと早くも実感する。

 朝の仕度をして、俺はリサさんとエリカさんが作った朝食を食べる。今日も食事を作ってもらって有り難いと思うと同時に、彼女達の作る朝食を食べてから日中も体の調子がいい日が多くなった。


「ごちそうさまでした。今日の朝食も美味しかったです」

「お粗末様でした」

「今日からまたお仕事を頑張ってね、宏斗さん」

「ありがとうございます。エリカさんやリサさんは、ルーシーさんに旅行のことなどを報告するんですか?」

「そのつもりだよ。月の影響の件もあるしね。あと、賞味期限が長いお菓子を買ったから、リサが持ってきた小型宇宙船に乗せてダイマ王星にいる家族やメイド達に送るの」

「そうなんですか」


 昨日の朝、ホテルの売店でエリカさんやリサさんはたくさんお菓子を買っていたけれど、ダイマ王星にいるご家族やメイドさんのためだったのか。自分達で食べるんだと思っていたよ。特にエリカさんは大食いだから。


「宏斗さん、今、お菓子をたくさん買ったのは私が食べるからって考えたでしょ」

「……はい。ホテルの食事ではたくさん食べていましたからね」

「なるほどね。ただ、私達が食べる分もたくさん買ってきたよ。もちろん、賞味期限は考慮して」

「食べきれなくなって捨てるということにならないようにしましょうね」


 ただ、エリカさんならそういった心配もなさそうだ。リサさんもいるし。


「では、そろそろ俺は会社に行ってきます」

「いってらっしゃいませ、宏斗様。お仕事頑張ってくださいね。今日は定時で終わる予定なのですか?」

「ええ。特に大きな問題が発生したり、緊急にやらなければならないことが舞い込んだりしなければ、いつも通りに帰ってくる予定です」

「分かりました。今夜のお食事は、旅行で食べたお料理をヒントに作りたいと思っていますので。エリカ様と一緒に」

「そうなんですか。楽しみにしています」


 バイキング形式だったこともあってか、夕食も朝食もリサさんは並んでいる料理をよく見ていたな。どんな料理が出てくるのか楽しみだ。


「宏斗さん、いってらっしゃい」

「はい、いってきます」


 エリカさんと頬にキスをし合い、旅行のお土産を持って家を出発した。

 今日からまた仕事が始まるのか。ただ、いつもと違って今週は4日間だけなので気持ちもいくらか楽かな。

 旅行中はテレポート魔法での移動が多かったので、朝の満員電車はいつもよりもキツく感じられた。もうすぐ学生さんは夏休みになるから、多少は空くことになるだろう。


「夏休みか……」


 今はエリカさんやリサさんもいるから、夏期休暇を取ったらまたどこかに泊まりがけで行ってみたいな。

 ダイマ王星に一度行ってみたいけれど、リサさんが乗ってきた宇宙船でも片道3日ほどかかったから、行き帰りだけで夏休みが終わってしまうか。

 そんなことを考えていたら、あっという間に職場の最寄り駅に到着した。

 今日は朝から暑いな。よく晴れているし。週間予報でも晴れの日が多かったから、そろそろ梅雨明けが発表されるかもしれない。

 オフィスに行くと、今日もいつも通りに愛実ちゃんが先に出勤してきていた。


「おはようございます、宏斗先輩」

「おはよう、愛実ちゃん。今日も早く来たんだね」

「旅行疲れで昨日は早めに寝たんですけど、それが良かったみたいです」

「そっか」


 愛実ちゃんのデスクを見ると、彼女もお土産を持ってきているか。一緒にチームのメンバーにお土産を渡すとするか。

 チームメンバーの大半が出勤してきたところで、旅行のお土産である温泉まんじゅうと抹茶のゴーフレットを渡した。愛実ちゃんと一緒に渡したので、2人で旅行に行ったのかと訊かれた。嘘を付くつもりはないので、


「訳あって家に住まわせている女性2人と、愛実ちゃんと4人で旅行へ行った」


 と言うと、半分くらいのメンバーからニヤニヤされ、


「愛実ちゃんと俺が付き合うようになった」


 という風に勘違いをされてしまった。そのことに愛実ちゃんは顔を真っ赤にしてあたふたしていた。やっぱり、こういう展開になってしまったか。

 このままではますます勘違いを深めてしまうと思い、付き合うようになったわけではないという証拠として、旅行中に撮った4人での写真を見せて事情を説明する。そのことで、何とか誤解を解くことができた。

 ちなみに、エリカさんとリサさんのネコ耳としっぽについて訊かれたけど、ダイマ王星の話をすると長くなりそうなので、彼女達が好んでいるファッションですと答えておいた。


「ちゃんと『4人で行った』ことを説明したのに、どうして愛実ちゃんと付き合っているって誤解するのかなぁ」

「席は隣同士ですし、お昼ご飯も宏斗先輩と一緒に食べることが多いですからね。あたしが言うのも何ですけど、最近は宏斗先輩と一番関わっている社員はあたしだと思いますし。あと、金曜日は先輩のお宅にお邪魔しましたし」

「……そうだね。愛実ちゃんが配属されてから、男女問わず最も関わっている社員は愛実ちゃんか。業務中だけじゃなくて、昼休みや休憩中も俺と一緒にいることが多いもんね。しかも、金曜日に俺の家に来たとなれば……周りの社員から見れば、実は俺達が付き合っているんじゃないかと考えるのも当然か」

「それに加えて1泊2日の旅行ですもんね。一緒に……寝ちゃいましたし」

「えっ? 一緒に寝たってどういうことなの?」


 チームメンバーの入社3年目の女子社員が反応する。その子を中心に、愛実ちゃんと俺の方に視線が集まる。みんな興味津々な様子だ。


「ええと、その……一緒に旅行に行った女の子2人が、宏斗先輩も一緒の方がいいからって言いましてね? 先輩のすぐ側で寝たのは事実なんですけどね? ええと……」


 さっき以上に愛実ちゃんはあたふたしてしまっている。ここは上司として、一緒に旅行に行った人間として俺がしっかりとフォローしなければ。


「もちろん、男女別で部屋は取っていたんだ。俺も自分の部屋で寝ていたんだよ。ただ、住まわせている子の一人が、俺とも一緒に寝たいって言ったみたいでさ。俺もお酒を呑んで酔っ払っていたこともあって、彼女達の部屋に行ったときのことは覚えていないんだ。起きたら、彼女達の部屋にいて、3人が俺の側で寝ていたけど、変なことは一切なかったと思うよ」


 魔法について話すとややこしいことになりそうなので、適当にそう言っておく。あと、俺が寝ている間に何かした可能性もある。特にエリカさん。


「そうだったんですかぁ。てっきり、風見先輩と愛実ちゃんが、旅先の客室のベッドの中で色々としていたんだと思いました」

「あううっ」

「……そう思うのはいいけれど、言うときは場所や周りの状況を考えるようにしようね。さあ、みなさん。今週もよろしくお願いしまーす。頑張りましょーう! 仕事中でもいいので、是非お土産食べてくださいね」


 顔を真っ赤にして悶絶している愛実ちゃんのためにも、今は強制的にこの話題は終了させた。

 それからすぐに始業時間となり、今週の仕事が始まった。

 週明けから何か大きな問題が起こることなく、平和に業務が進んでいく。だからこそ、いつもと違って頬を赤らめて、たまに俺のことをチラッと見てくる愛実ちゃんのことが気になってしまうのであった。

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