第18話『リサの想い』

 本調子ではないけれど、昨日に比べたらかなり元気になったので、今日の仕事は定時に終わることができた。そのことに、愛実ちゃんを含めチームメンバーがみんな安心していた。


「今日が無事に終わって、ようやく安心できました。これから、寝不足などには気を付けてくださいね」

「そうだね。昨日は会社に来てから、段々と調子を崩しちゃう感じだったから仕事をしたけれど、酷かったら早退するのも手だな」

「ですね。無理しないのが一番だと思います。今日もお疲れ様でした」

「うん、お疲れ様。また明日ね」


 今週も半分が過ぎたか。水曜日まで終わると気持ちもだいぶ楽になる。

 午後7時前に家に帰ると、エリカさんが嬉しそうな様子で出迎えてくれた。リサさんは相変わらずツンとした感じだけれど、昨日に比べたら少しは柔らかくなった気がする。

 夕食は昨日、俺の分を作っていなかったこともあって、リサさんお手製のハンバーグだった。俺の分もあるという嬉しさもあってかとても美味しかった。

 リサさんが後片付けをしている間にエリカさんがお風呂に入り、その後にリサさん、最後に俺という順番で入った。

 俺が風呂から出たとき、エリカさんとリサさんがリビングで談笑していたので、


「おやすみなさい」


 2人にそう言って、俺は一人で自分の寝室に入った。


「まあ、今日はさすがにエリカさんが眠りに来ることはないか」


 リサさんもまだ俺に警戒している感じだったし。以前のように、エリカさんと一緒に寝るのはまだまだ先のことになりそうかな。

 明日も仕事だし、念のために早めに寝るか。そう思って、部屋の電気を消してベッドに入ろうとしたときだった。

 ――コンコン。

「はい」

 誰だろう? こんな時間に。リサさんに許可をもらって、エリカさんがこっちに眠りに来たのかな。

 ゆっくりと扉を開けると、そこには枕を持った寝間着姿のリサさんがいた。


「こ、こんばんは。風見様」

「リサさん……」

「……エリカ様の命令により、今夜は風見様の寝室で眠ることになりました」

「えっ! まあ、とりあえず部屋に入ってください」

「失礼します」


 まさか、リサさんが一緒に眠ることになるとは想像も付かなかった。エリカさんの命令だと言っていたけれど、何が目的なんだ?

 ベッドライトを点けると、それまで幼く見えていたリサさんが艶やかに見える。これが115歳の色気なのだろう。


「な、何をじっと見ているのですか」

「リサさんの寝間着姿を見るのは初めてだったので。ええと、客人用のふとんがあるので、それをベッドの隣に敷きましょうか? それとも――」

「風見様と同じベッドでいいです。あのとき、エリカ様も一緒に寝ていましたから」

「そうですか。じゃあ、落ちないようにリサさんは奥の方で寝てください」

「はい。失礼します」


 リサさんは俺のベッドに入り、俺のスペースを空けた状態で横になる。俺のことを厭らしいとか、ハレンチだとか言っていたのに。もう夢を見始めているんじゃないかと思って、軽く舌を噛むと確かな痛みが。

 舌の痛みとリサさんのいる緊張で眠気が飛んでしまった。

 そんな中、彼女が横になっているベッドに入る。ここ、俺のベッドだっけ。全然ゆっくりできない。


「エリカさんの命令があっても、まさか、リサさんが俺の寝室に来るとは思いませんでした。どうしてここに? 昨日、言っていたじゃないですか。エリカさんの命令だって聞けないものはあると。ましてや、俺の寝室で、俺と2人きりで一緒のベッドに眠るだなんて。あなたがリサさんに変装したエリカさんに思えてしまうくらいです」

「……散々な言い方ですね」


 リサさんはムスッとした表情になり、俺から目を逸らす。


「ごめんなさい、言い過ぎました。ただ、エリカさんはリサさんの気持ちを分かっているはずなのに、よく俺と一緒に寝ろと命令をしたなと思って」

「……風見様がいい人だって分かってもらうためだと言っていました。昨日からずっと、エリカ様から風見様は素敵な方で信頼できる方だと言われ続けました。これからここで住まわせてもらうわけですし、風見様が信頼できるに値する方がどうか確かめてもいいかなと思いまして」

「そういうことですか」


 エリカさんやリサさんの考えは分かった。

 それにしても、エリカさんはよくリサさんが俺と2人で眠ることを許したな。お互いに変なことはしないって信頼してくれているんだろうな。もしかしたら、透視魔法で俺達の様子を見ているかもしれないけれど。


「それにしても、このくらいの大きさのベッドに2人で横になるとゆとりがないですね」

「そうですね。王宮でのリサさんのベッドも、これよりも大きいんですか?」

「ええ。この倍はありますね」


 さすがに王族に長年仕えているだけあってか、いい寝具を使っているようだ。きっと、そんな寝具が置かれているリサさんの部屋は、ここよりもかなり広いんだろう。


「一緒に住み始めてから私が来た日までは、ずっとこうしてエリカ様と一緒に眠っていたんですよね」

「ええ。さっきのリサさんのように、エリカさんが俺の寝室にやってきて。それから毎日、このベッドで一緒に眠っていました。眠っている間に、腕をぎゅっと抱かれたり、俺の体の上に乗られたり。お手洗いに行きたいのに、体をかっしり掴まれたときは焦りましたよ。ダイマ星人は地球人よりも力が強いですから」

「……ふふっ」


 リサさんはクスクス笑っている。きっと、エリカさんの前ではこういった可愛らしい笑みをたくさん見せているんだろうな。


「子供の頃はエリカ様と一緒に眠ることが多かったですから、私も同じような経験がありました。ぎゅっと抱かれたり、上に乗られたり。酷いときはベッドから落ちて、床の上で一緒に寝ているなんてこともありました」

「そうだったんですか。じゃあ、エリカさんの寝相は昔とあまり変わらないんですね」

「ええ。昨日、久しぶりに一緒に寝ましたが、そのときも腕をぎゅっと抱かれていました」


 さすがに、昨日はエリカさんとリサさんは一緒に寝ていたか。


「リサさん。しっぽを触るとか、耳に息を吹きかけたのは、エリカさんからの抱擁から脱したり、深い眠りから起こしたりするためにしたことなんです。簡単に俺の印象が変わるとは思っていません。ただ、リサさんやエリカさんに嫌だと思ってしまうことはしないように気を付けます。それを覚えておいてくれると嬉しいです」

「……ええ、気を付けてくださいね。それに、エリカ様からたくさん風見様のことを話されたのです。厭らしいことをする人かもしれませんが、傷つけることをする人ではないと思っています。そうでなければ、エリカ様は毎日、自らあなたと一緒に寝ることはしないでしょう?」

「……そうですね」


 エリカさんはいつも自分から一緒に寝てもいいかって訊いてきていたな。それで、俺がいいよって言うととても嬉しそうにしていた。眠っているときのエリカさんの顔はいつも幸せそうだった。

 そういえば、エリカさんは今朝、俺のことを信じているって言ってくれたな。


「エリカ様は風見様のことを話すとき、とてもいい笑顔をされるのです。きっと、あなたのことが本当に好きなのでしょう。100年以上仕えていますが、そんなエリカ様を見るのは初めてのことで」

「そうなんですか」

「……メイドとして、その想いが成就できればいいなと思っています。少しでもお二人の力になれるよう、私もここに住まわせていただきます。挨拶が遅くなってしまいましたが、これからよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 すると、リサさんはゆっくりと体を起こして、俺に右手を差し出してきた。なので、彼女と握手を交わした。

 ようやく、リサさんも加えて3人で暮らし始めるんだなと思えた。ここの家主として、2人が気持ち良く過ごせるようにしないと。あとは引き続き、エリカさんからのプロポーズの答えを考えていかなければ。


「あと、昨日、殴ったり、夕食を作らなかったりしたことなどをお詫びします。本当に申し訳ありませんでした」

「いえ、気になさらないでください。それに、俺にあそこまで怒ることができるのは、エリカさんのことが本当に好きで、大切に想っているからだと思いますし。リサさんが側にいれば、仕事で外出しているときも安心です。これからも、エリカさんのことをよろしくお願いします」

「はい」


 元気に返事をしたリサさんの頭を優しく撫でる。

「ひゃあっ」

 リサさんがそんな声を出したので、慌てて手を引っ込める。しまった、今のリサさんが妹達に似ていたので、反射的に頭を撫でてしまった。


「ごめんなさい、その……」

「いえ、気にしないでください。ただ、手が耳に当たってしまったので。私、耳が結構弱くて。しっぽはまだ大丈夫なのですが」

「そうだったんですか。今後、気を付けます」


 しっぽが弱いエリカさんとは逆なんだ。弱い部分は人それぞれ違うということか。


「じゃあ、そろそろ寝ましょうか、リサさん」

「そうですね。……何だか、エリカ様が好んでここで寝る理由がほんのちょっとだけ分かった気がします。男の方と寝るのは初めてですが、悪くはないですね」

「そうですか。安心して眠ってください。おやすみなさい、リサさん」

「おやすみなさい、宏斗様」


 リサさんがゆっくりと目を瞑ったので、ベッドライトを消した。

 エリカさんよりも体が小さいからか、今は少しゆとりがある。エリカさんとは違う可愛らしい寝息と、甘い匂いを感じながらそんなことを思った。


「んっ……」


 リサさんは寝返りを打って、俺の腕をそっと抱く。昨日の朝にお腹を殴られたことが嘘のように思える。


「おやすみなさい」


 リサさんとしっかり話すことができて安心したこともあってか、程なくして眠りにつくのであった。

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