第14話『ただいま』

 今日は特に何の問題もなく仕事が進んでいった。なので、たまーにダイマフォンに来るエリカさんからのメッセージに対して、すぐに返信することができた。

 メッセージによると、エリカさんは一通りの家事を済ませた後、ルーシーさんに週末のことを報告したそうだ。ルーシーさんはそのことに満足しているとのこと。あと、メイドのリサさんは早ければ明日の朝に地球に到着するらしい。

 また、夏川駅周辺を散策して、どんなお店があるかなどを調査したそうだ。散策中に見つけたノラ猫が可愛かったそうで、写真を送ってくれた。雑種の茶トラ猫で、彼女の言うようにとても可愛らしかった。

 そんなエリカさんのメッセージ癒されながら、今日は定時の午後6時に仕事が終わった。愛実ちゃんと一緒に会社を出て、最寄り駅に向かって歩き始める。


「お疲れ様でした、宏斗先輩」

「うん、お疲れ様。今日も頑張ったね、愛実ちゃん」

「途中、手詰まってしまいましたが……」

「コード間違いか。そういうこともあるよ。それに、愛実ちゃんは2年目。ミスや間違いをして何にもおかしくない。そういうときは、今日のように周りの人に訊いて、一つずつ技術や考え方を身につけていけばいいんだよ」

「……はい」

「ただ、ずっと近くで見ているけれど、配属された直後に比べたら大分減っているよ。凄いと思う」

「……先輩がそう言ってくれて、とても嬉しいです」


 愛実ちゃんは言葉通りの嬉しそうな笑みを浮かべた。彼女が俺のところに配属されてから9ヶ月経つのか。あのときに比べると彼女も成長したなと思う。

 ――プルルッ。

 ダイマフォンが鳴っている。確認するとエリカさんから1件のメッセージが。


『今日の夕ご飯は冷しゃぶっていう料理にするよ』


 冷しゃぶか。この季節にはいいな。楽しみだ。


「そういえば、今日はたまにそのスマートフォンも触っていましたよね。週末に買ったんですか?」

「用途によって使い分けようかなと思って、2台持つようにしたんだ」

「そうなんですか」


 エリカさんのことを話そうかどうか迷うな。エリカさんに地球人の女性の知り合いを作りたい気持ちもあるし。それについては考えておくか。

 そんなことを話しているうちに、最寄り駅に到着した。愛実ちゃんは反対方面の電車に乗るので、彼女とはここでお別れ。


「先輩、お疲れ様でした。また明日です」

「うん、お疲れ様、愛実ちゃん。また明日」


 愛実ちゃんは俺に軽く頭を下げると、反対方面のホームへと向かっていった。

 夏川駅の方に向かう快速電車が間もなく到着するので、俺は急いでホームへと向かった。夏川駅は快速電車も停車するので、快速に乗れば、20分もかからずに夏川駅に到着する。

 快速電車に乗って、夏川駅へと向かう。帰りの電車は席が全部埋まってしまっているけれど、混んでいることはないので快適だ。

 月曜日の仕事が終わっただけでも、気持ちが軽くなるな。早く家に帰って、エリカさんとゆっくりした時間を過ごしたい。

 定刻通りに夏川駅に到着し、真っ直ぐ帰宅する。


「ただいま」


 玄関を開けて俺がそう言うと、リビングからエプロン姿のエリカさんが。彼女は嬉しそうな様子で俺のところにやってくると、ぎゅっと抱きしめてきた。


「おかえりなさい、宏斗さん。お仕事お疲れ様でした」

「ありがとうございます。エリカさんも今日は家事だけでなく、ルーシーさんへの報告や、駅周辺の調査などお疲れ様でした」

「うん、ありがとう。……ええと、日本ではお仕事から帰ってきた恋人や旦那さんにこういう風に訊くんだよね。おかえりなさい。ご飯にする? お風呂にする? それともわたし?」


 エリカさんはしっぽを激しく振りながらそう問いかけてくる。私がいいって答えてほしいんだろうな。あと、ダイマ星人ってこんなことまで調査するのか? それに、俺はエリカさんの恋人でもなければ、旦那さんでもないけど。


「ねえねえ、早く答えてよ」

「そうですね……お腹が空いたので、まずはご飯がいいですね。エリカさんの作った冷しゃぶを早く食べたいです」

「……そう言われたら、それでいいな。本当は私って答えてほしかったけれど。じゃあ、用意しておくから、宏斗さんは着替えてきて」

「はい、分かりました」


 仕事から帰ったら、灯りが点いていて、待ってくれる人がいて。夜ご飯ができているなんて。本当に有り難いなと思う。将来はパートナーや家族ができて、こういうことが自然になっていくのかなと考える。

 寝室に入ると、ベッドの上には昨日着た服が畳まれた状態で置かれていた。洗濯もしてくれたのか。ただ、これが当たり前だとは思っちゃいけないな。

 俺は部屋着に着替えて、リビングへと向かう。すると、テーブルには豚の冷しゃぶとご飯が置かれていた。


「美味しそうですね、エリカさん。あと、洗濯もありがとうございます」

「いえいえ。さあ、さっそく食べよう!」

「はい。……いただきます」

「いただきます」


 エリカさんの作る冷しゃぶってどんな感じだろうと思ったけれど、地球人が作ったものと見た目は変わらないな。

 サニーレタスやきゅうりなどの野菜と豚肉を取り、ポン酢をかけていただく。


「うん、さっぱりしていて美味しいです」

「良かった。このポン酢という調味料、酸味もあるけど味わい深くていいね」

「ですね。20代になってから、酸味のあるものが良くなりましたね。それまでは、こちらのごまダレの方が好きでした。ところで、冷しゃぶは例の調査で知ったことですか?」

「ううん。ダイマ王星に似たような料理がもともとあってね。王宮のある地域は四季がはっきりとしていて。主に暑い時期に食べているの」

「そうだったんですか」


 ダイマ王星にも地域によっては、暑い時期や寒い時期があるんだ。今までのエリカさんの話を聞いていると、一度、ダイマ王星に旅行に言ってみたくなる。


「そういえば、メイドのリサさんが早ければ明日の朝に地球に到着するんですよね」

「うん、そうだよ」

「リサさんってどのような方なんですか? これから一緒に住むので、少しは知っておきたいなと思いまして」

「なるほどね。リサは可愛い女の子だよ。メイドということもあって家事は完璧にこなすし、頭もいいよ。たくさんの魔法を使うことができるし。とても真面目で優しいけれど、厳しい部分もあって。小さい頃から凄く信頼できる子なんだ」

「そうなんですね」


 さすが、王族に仕えるメイドさんというだけあって、かなりのやり手のようだ。そんな方がエリカさんの側にいれば、俺が仕事で外出しているときも安心できるかな。

 エリカさんのように優しい方らしいので、ひとまず安心かな。もちろん、女性なので色々と気を付けないといけないな。

 冷しゃぶを完食し、片付けをした後はテレビを観るなどしてエリカさんと一緒にゆっくりとした時間を過ごした。

 これまで、何年も一人暮らししていたこともあって、一人でゆっくりするのがいいと思っていたけれど、エリカさんが暮らし始めてからは、誰かと一緒にいるのもいいなと思えるようになった。



 今日もエリカさんとはお風呂を別々に入ったけれど、俺の寝室で一緒に寝ることに。

 俺の寝室はすっかりとエリカさんの寝室にもなったな。リサさんが来てからも、こうして一緒に眠るつもりなのだろうか。まあ、今のところは眠ることに支障はないから、俺はそれでもいいけれど。

 明日の仕事に備えて、今夜もゆっくりと寝よう。

 エリカさんの温もりと匂いが心地いいなぁ。何だか、いい夢を見ることができそうな気がする。




「エリカ様と一緒に眠るなんて不埒です!」




 そんな声が聞こえた瞬間、お腹に激しい痛みが。


「痛い……」


 何があったのかとゆっくり目を開けると、寝室の照明が点けられていて眩しい。どうして電気が点いているんだ。

 目が灯りに慣れてきたところで部屋の中を見てみる。すると、すぐ目の前に、俺に蔑みの表情を見せるメイド服姿の女性が立っていたのであった。

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