第9話『酔う宵』

 猫カフェでたっぷりと楽しみ、駅の周りを少し散策した後、俺とエリカさんは近くのスーパーで食材中心に買い物をする。


「ここがスーパーというところなんだね」

「ええ。もっと大きな店舗もありますが、食料品や調味料、あとは歯ブラシやタオルなどのちょっとした日用品もここで買ってしまいます。結構安い値段で買うことができるんですよ」

「そうなんだ。便利だね。もちろん、ダイマ王星にも色々なものを買うことができるお店はあるけれど、そういったお店はもっと大きいの」

「そうなんですか」


 意外だ。ダイマ王星なら、こういうお店があるものだと思っていたから。もしかしたら、商店街のように専門店が並んでいるのかな。

 このような地球のお店に入るのが初めてだからか、エリカさんは周りをキョロキョロと見ている。これもダイマ王国に報告するのかな。ちなみに、そんなエリカさんを何人かのお客さんが凝視していた。

 今日も値段が安くなっている食材があるな。昨日からエリカさんが住み始めたので、これまでよりも多めに買わないと。


「ふふっ、そうやって食材を見ている姿を見ていると、リサのことを思い出すな」

「メイドの方と食材の買い物をすることもあるんですか?」

「子供の頃はね。リサや2人の姉と一緒におつかいに行っていたわ」

「へえ……」


 王女様3人とメイドさんでおつかいとはシュールだ。ただ、リサさんのこと思い出すと言っていたってことは、リサさん主導でおつかいをしていたのかな。

 今日買う食材は一通りこのくらいでいいか。あと、買うとしたら、


「エリカさん」

「うん?」

「エリカさんってお酒って呑みますか?」


 気付けば、お酒のコーナーに立ち寄っていた。家にもビールやサワーなど何本かあるけれど、せっかく買い物に来たから何か買ってみたい。


「たまに呑むよ。強いものはあまり呑めないけれど。ダイマ王国では成人になる50歳から飲酒していいって法律で定められているの」

「そうなんですか。地球では国によって飲酒できる年齢が違うんです。今の日本では成人になる20歳から呑んでいいんです」

「そうなんだね。じゃあ、110歳の私は大丈夫だ」


 地球人で110歳といったら記録的な長寿だけれどね。世の中には元気で若々しい110歳がいるものだ。


「じゃあ、ここにあるお酒を買って、今晩は一緒に呑みましょうか。ここら辺にあるものは全てお酒なんですよ」

「へえ、たくさんあるんだね! 結構安いね」

「ええ。甘いものが好きなら、こっちのカクテルやサワーがオススメです」

「そうなんだ。代金は私が出すから、宏斗さんもこっちのカゴにお酒入れて」


 エリカさん、いくつもカクテルやサワーをカゴの中に入れている。どうやら、甘いお酒が好みのようだ。

 エリカさんのご厚意に断るのも気が引けるので、俺もビールと日本酒をエリカさんのカゴの中に入れた。

 今回は食材の代金は俺が出して、お酒の代金はエリカさんが出す形をとった。エリカさんが結構な量のお酒をカゴに入れていたので、お酒の代金の方が高くなった。もしかして、エリカさんって強いお酒はあまり呑めないけれど、量はかなり呑むのかな。



 スーパーから帰宅し、少しゆっくりした後、俺はお酒のつまみとして野菜炒めを作る。お酒を呑むときこそ野菜を取った方がいいと考えているので、家で呑むときは野菜の多い料理を作ることが多い。

 あと、スーパーで安くて新鮮なお刺身の盛り合わせが売っていたので、それもお酒のおつまみにする。エリカさんに気に入ってもらえると嬉しいな。


「さあ、エリカさん。お酒を呑みながら夕ご飯を食べましょうか」

「うん! お酒出してくるけど、何がいい?」

「俺はビールがいいですね」

「分かった。私はこのカシスサワーっていうものにしようっと」


 カシスサワーか。そういったサワー系は学生時代のときはメインに呑んでいたな。今はビールを一番呑むようになったけれど。


「はい、宏斗さん」

「ありがとう」


 俺はさっそくビールを開けて一口と呑もうとするけれど、


「ちょっと待って、宏斗さん。乾杯したい」

「そうですか。すみません、呑もうとしてしまって」

「ううん。……じゃあ、宏斗さんと私が出会ったことを祝して乾杯!」

「ようこそ地球へ。乾杯!」


 エリカさんのカシスサワーの缶と軽く当てて、俺はビールを一口呑む。


「うん、美味しい!」

「このカシスサワーっていうのは甘くて美味しい! こんなに美味しいお酒が安く買えるなんて地球最高ね!」


 エリカさんは嬉しそうな様子でカシスサワーをゴクゴクと呑んでいる。ダイマ王星ではお酒は高い飲み物なのだろうか。日本よりも酒税がかかっているのかな。

 夏に呑むお酒は特に美味しいな。お酒は好きだけれど、今のように家でゆっくりと呑んだり、友人や同僚と気軽に呑んだりするのが好きだ。

 スーパーで買ったお刺身はもちろんだけれど、俺の作った野菜炒めもなかなか美味しくできている。

 エリカさんはまずお刺身から食べるようだ。ちなみに、今、口の中に入れたのはトロか。お目が高い。


「エリカさん、どうですか? 地球のお刺身は」

「……脂が乗っていてとても美味しい」

「それは良かったです。エリカさんが食べたのはトロと言って、人気のあるお刺身の一つです。ダイマ王星ではこうやってお魚を生で食べる習慣はあるんですか?」

「うん、あるよぉ。あとは焼いたり、煮たり、揚げたりもするかなぁ」

「地球とさほど変わらないですね。気に入ってくれて良かった」

「ふふっ。あっ、こちらの白くて細長いものも美味しいねぇ。食感がいいなぁ」

「イカのお刺身ですね。俺もイカは好きです」

「私も好き。宏斗さんと同じものを食べて美味しいって言えるっていいねぇ。……うん、宏斗さんの作った野菜炒めも美味しいよ」

「良かった」


 エリカさんのお口に合って一安心だ。好き嫌いはないと言っていたけれど、それは本当のようだ。野菜も普通に食べることができるから、色々な料理を作っても大丈夫そうだ。

 それにしても、エリカさん……本当にゴクゴク呑んでいるな。カシスサワーを呑みきって、今度はコーラハイを呑んでいる。これはかなりの酒飲みかもな。


「これはもっと甘くて美味しいよぉ。これならどんどん呑めちゃいそう」

「お酒を呑むのはいいですが、呑みすぎには注意してくださいね。体調を崩してしまったらお酒も美味しくありませんから。あと、安いお酒でも量が多くなったらお金もかかりますし。あと、エリカさんの場合はあまりにも長い時間眠ってしまうかもしれませんから」

「はい! 気を付けます!」


 エリカさんは右手をピンと挙げ、大きな声で返事をした。いつも以上に柔らかい表情になっていて、口調も変わっているから、もう完全に酔っ払っているな。俺がしっかりと彼女のことを見守らないといけないな。

 ビールを呑み終わったので、次にエリカさんに買ってもらった日本酒を呑む。


「この日本酒美味しいなぁ」

「見た目、水と変わらないのにお酒なんですかぁ」

「そうです。エリカさんの呑んでいるコーラハイと比べたら甘味はないですけど、一口呑んでみますか?」

「うん! じゃあ、一口交換しよう!」


 そう言って、エリカさんは椅子を俺のすぐ隣に動かしてくる。既にお酒をたくさん呑んでいるからか、エリカさんの吐息から甘味を含んだお酒の匂いが。

 お猪口に日本酒を注いで、エリカさんに渡す。すると、エリカさんはそれを一気に呑んだ。


「どうですか?」

「……悪くはない。ブラックコーヒーを飲んだときと一緒で、大人の味って感じがする。私は甘いお酒の方が好き!」

「ははっ、そうですか。自分の好きなお酒を楽しく呑むのが一番いいですよね。コーラハイも美味しいです」

「美味しいよね! でも、ダイマ王星で呑んだときはここまで楽しくなかったな。きっと、宏斗さん一緒だからお酒も美味しいんだと思う」


 そう言うと、エリカさんは横から俺のことを抱きしめてくる。


「ねえねえ、宏斗さん。昨日よりも私のことを好きになってくれているかなぁ。そうだったら嬉しいんだけど……」

「……昨日よりも好きになってますよ」

「……ほんと? 何かいつも落ち着いていて、優しい笑みを浮かべているから。私に好きっていう感情をあまり抱いていないんじゃないかと思って。猫カフェで猫に触っているときの方がいい笑顔だったような気がして」

「猫は昔から大好きですし、触っていると幸せな気分になれますから。エリカさんのことを知っていく中で、少しずつですが、魅力的な人なんだなって思うようになってきました」

「えへへっ、良かった。じゃあ、今日は一緒にお風呂に入ろうよ!」

「どうしてそうなるんですか。さすがにお風呂はまずいのでは」

「いいの! 宏斗さんと一緒にお風呂に入りたい!」 


 おーふーろー! と、エリカさんは不機嫌そうな様子で頬を膨らませてくる。どうやら、エリカさんは酔っ払うと甘える性格になるらしい。


「……だめ?」


 今度は悲しげな表情を浮かべて、上目遣いで俺のことを見つめてくる。俺も酔っ払っているからなのか、エリカさんが普段以上に可愛く見える。

 女性と一緒にお風呂に入ることは美夢や有希で慣れているからな。もちろん、ここまで成長した女性と一緒に入浴するのは初めてだけれど。


「分かりました。でも、魔法とか地球人よりも強い筋力を使って、俺を襲うようなことはしないでくださいね。もちろん、俺も気を付けますから」

「分かった!」


 エリカさんは本当に嬉しそうな表情を見せ、しっぽを激しく振る。そして、俺の頬に何度もキスをしてくる。

 エリカさんの可愛さにやられて一緒に入浴していいと言ってしまったけど、そういうときこそ素面でいるべきなんじゃないかと今になって思った。

 それからもエリカさんがお酒をゴクゴク呑んでいく。本当にお酒が好きなんだな。

 俺は日本酒を呑み終わった後は、できるだけ酔いから早く覚めるように、水や麦茶などを飲むようにしたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る