第3話『ダイマ女王』
ダイマ王国の女王、ルーシー・ダイマ。
直接ではないけれど、こうして顔を合わせていると緊張してくる。仕事での緊張なんて比べものにならないくらいに。
『ふふっ、緊張しちゃって。さすがはエリカ。お母さん好みの男性を見つけてきたわね』
「何を言っているんですか。お母様にはお父様という愛おしい人がいるでしょう?」
『ふふっ、そうね。……エリカが地球に出発してから結構経ったわね。地球時間だと20年くらいかしら。私達にとっては短いけれど、地球人にとって20年はかなりの時間ね。エリカに結婚したい相手が見つかって良かったわ。それで、いつ結婚する予定なの? それに合わせて、お母さんも仕事を調整して地球に行こうかなと思っているの』
「え、ええと……」
エリカさん、気まずそうな様子で視線をちらつかせている。もしかして、地球に到着してからつい最近まで、ずっと宇宙船の中で眠っていたことを言っていないのか? 言い辛いのは分かるけれど、正直に言わないと。
「エリカさん。眠り続けた事実を隠すのは止めておいた方がいいと思いますよ」
「……そうですね」
『どうしたの?』
「……実は、地球に到着してから20年間、ずっと眠っていました。風見宏斗さんに一目惚れしたのは本当ですが、彼から結婚の承諾をもらうことはできていません。彼のご厚意で、彼の自宅に住まわせてもらうことになりましたが」
『……えっ?』
さすがに、ルーシーさんもきょとんとした表情を浮かべている。
地球のことをしっかりと分かっているルーシーさんのことだ。20年というのがどれだけ大きな時間であることは分かっているはず。その全てを娘のエリカさんは眠りに費やしたんだ。言葉が出ないのは当然か。
『はあっ……あなたって子は。眠ることが大好きで、のんびりとした子なのは分かっているけれど、この20年間何をしていたの!』
「ううっ、ごめんなさい……」
やっぱり、20年は眠りすぎだったようだ。
どこの星の人でも、親に叱られる子供の様子って変わらないんだな。2人には悪いけれど、何だか安心した。
『結婚をする予定だったら、これを口実に地球の方に支部設置の交渉について準備に取りかかろうと思ったんだけれど。……あっ、この話って風見さんは知っていますか?』
「はい。エリカさんから一通りは聞きました。ダイマ王星地球支部計画ですよね」
『その通りです。エリカも地球のことを勉強し、大人になったので地球へ行くことを命じたのですが……定期的にこちらから連絡を取るべきでした。風見さんのご自宅で一緒に住むとはいえ不安もありますから、メイドのリサに地球へ行くように命じておきます。地球時間だと、数日もあれば到着すると思います。風見さん、女性がもう一人住むことになりますが大丈夫でしょうか?』
「それはかまいません。私には2人の妹がいて女性と一緒に住むことは慣れていますので」
『ありがとうございます。娘のエリカとメイドのリサがお世話になります。できれば、娘とは末永くお世話になってほしいのですが』
「……末永くお世話になるかは分かりませんが、とりあえずよろしくお願いします」
メイドのリサさんか。きっと、その方もエリカさんやルーシーさんのように耳やしっぽがついているんだろうな。
あと、リサさんは数日で地球に来るのか。エリカさんの乗った宇宙船では地球まで10日ほどかかったそうなので、20年で半分に減ったことになる。ダイマ王星の技術力が進化している証拠だろう。
『一般人だそうですが、とても骨のある方に見えますね。魅力的な地球人です。私、気に入りました。エリカ、風見さんをゲットできるように頑張りなさい。それが母であり、女王であるからの一番の命令です。あと、定期的に風見さんとの進展具合や、地球のことについて報告をするように』
「分かりました、お母様!」
『お母さんさえ良ければ、お父さんを落としたときのテクニックを教えてあげるから! 何だったら、お母さんが地球まで行っていいし』
「うん! ありがとう!」
親子だけあって似ているな。エリカさんだけならまだしも、ルーシーさんと一緒に迫られたら正直厄介だな。あとは、後日やってくるリサさんが2人に似ていないことを祈る。
「エリカさんのことは責任を持って家でお預かりしますので、その……とりあえずルーシーさんはダイマ王星のお仕事を頑張ってください」
『あらぁ、お預かりするということは、風見家の一員としてエリカを受け入れてくれるということですか?』
「そういう意味ではありません。エリカさんに地球での居場所を与え、家主である俺が地球でのエリカさんの保護者になるということです。いずれ来るリサさんというメイドさんについても」
『……あらぁ、そういうことだったんですねぇ』
残念、とルーシーさんは文字通りの残念そうな表情をしてため息をついていた。地球に来なくても厄介な人だな。
『どうやら、一筋縄ではいかないようね。じゃあ、エリカ、頑張ってね』
「はい!」
ルーシーさんは笑顔で手を振ると、程なくしてテレビ画面から姿を消した。これからも定期的にこうしてルーシーさんと話をすることになりそうだな。
「……面白いお母様でしたね。女王という位の方ですから、もっと厳格な感じだと思ったのですが」
「仕事中でなければ今のような感じですよ。さすがに20年間眠り続けたことには怒られてしまいましたが、宏斗さんという素敵な方と出会い、一緒に住むことができたことに安心してくれたのかな」
「女王であると同時に母親ですからね。娘のエリカさんが、地球での居場所を見つけたことに安心できたのだと思います」
「……かもしれませんね」
エリカさんは落ち着いた笑みを浮かべながら、そっと俺に寄り掛かってきた。そのことでエリカさんの温もりと甘い匂いを感じる。それは2人の妹から感じるものと似ていた。
「お母様の姿を見て、ダイマ王星が恋しくなりました。でも、地球にもここに居場所があることが嬉しいです。しかも、そこが大好きな宏斗さんのご自宅だなんて。ゆくゆくは宏斗さんの妻になって、あなたと一緒にずっと暮らしていきたいです」
「……そうですか」
本当に俺のことが好きなんだな、エリカさんは。
異星人だけれど、悪い人ではなさそうだし、しばらくの間は彼女と一緒に暮らしてみよう。彼女であれば一人で暮らしているときよりも楽しく生活できるかもしれないし。数日以内にメイドのリサさんが来るけれど、その方もいい人であってほしい。
「エリカさんはその気持ちは俺の心に大切に持ち続けます。とりあえずは、一緒に暮らしていきましょう。これからよろしくお願いします」
「よろしくお願いします、宏斗さん」
「はい。……ところで、エリカさん。エリカさんは俺よりも年上ですし、王女様でもありますから、俺に敬語を使わなくてもいいような気がします。もちろん、今のような話し方が喋りやすいのであれば、それでもいいのですが」
「ふふっ、では、お言葉に甘えて。……これからよろしくね、宏斗さん」
「……タメ口も可愛いですね」
妹達を思い出し、思わずエリカさんの頭を撫でてしまう。ただ、こうして頭を撫でているとまた妹達の顔が頭に浮かぶ。
「えへへっ、宏斗さんに頭撫でられちゃった」
「撫でていると地球の人と変わらないですけど、耳に当たってしまいますね。……もし、エリカさんさえ良ければ触ってみてもいいですか?」
「そういう風に言われたのは初めてだよ。もちろんいいよ」
「ありがとうございます。それじゃ、失礼して」
そっと、エリカさんの耳に触ってみると、
「あっ……」
エリカさんは可愛らしい声を漏らした。
「大丈夫ですか?」
「うん。くすぐったかったから変な声が出ちゃった」
「可愛い声でしたよ」
「あうっ。くすぐったいけれど、宏斗さんに触られると幸せな気持ちにもなるな。宏斗さんだったら、私の色々なところを触っていいんだよ?」
そう言って、エリカさんは俺のことを上目遣いで見てくる。友達が上目遣いをしたときの女性は可愛らしいと前に言っていたけれど、確かに可愛い。地球人にないこの耳がエリカさんに合っているというのもあるかもしれない。
色々なところを触っていいと言われたので、その言葉に甘えてみよう。耳の他にも気になっている箇所が一つあるから。
「ひゃあっ!」
しっぽを触ってみると、エリカさんはさっきよりも大きな声を挙げた。一瞬にして、彼女の顔が赤くなる。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。耳はくすぐったいだけなんだけど、しっぽを触れるのは弱くて。ぎゅっと掴まれるならまだしも、今みたいに撫でられると体の力が抜けちゃうというか」
「そうなんですね」
実家で飼っている猫と同じように、エリカさんのしっぽは触らないように気を付けないといけないな。
「でも、宏斗さんに触られていると思うと興奮してくる。今までにない感覚かも」
エリカさんはそう言って微笑むと、俺の腕をぎゅっと抱きしめてきた。さっき寄り掛かってきたときよりも、彼女の感触をよりはっきりと感じる。そのことに温かな気持ちが生まれてくるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます