イチゴ大福

道端道草

第1話 イチゴ大福

「今年の目標は?」

 少し馬鹿にした口調で彼は尋ねた。

「二個だな」

 僕もまた彼の調子に合わせ、ふざけた態度で応える。

 二月に入ると学校内は妙に落ち着きを失くし、学校中がそのイベントを心待ちにしていた。バレンタインという日はなぜこうも気持ちを高揚させるのだろうか。僕は毎年そんな疑問を抱いては、友人の川北康弘かわきたやすひろに答えを求めていた。康は「お近づきになれるから」と言っていたが、僕たちにとってはそのお近づきすらもない。ここ数年間まともにチョコなんて貰った事がない僕たちにとって、バレンタインというイベントは普通の平日と差ほど変わりなかった。そんな事を考え、自分とは無関係だと割り切っていても、いざバレンタインが近づくとなぜだか気持ちが昂るのを抑えられないのもまた事実だった。

「女バスの子とかくれないかな?」

 やすは叶いもしない願いを呟いたが、僕は「ないない」と大きく首を横に振った。

僕と康は小学校から同じバスケットクラブに所属しており、いつまでもずっと一緒にバスケをしよう、という子供頃の恥ずかしい約束を今でも守っていた。中学三年の頃、高校まで同じところに行くと言った康に、そこまでして一緒にいなくてもいいだろう、と口に出したりもしたが、今ではこうして一緒にバスケを出来る事を嬉しく思っている。彼の事だろうからきっと気付いているかもしれないが、今さらそんな事を口に出す柄でもないし、今後も言う予定はない。

「でも悟はいいよな。一個は確実に貰えるし」

「確実って誰の事言ってんの?」

「え? 奈々じゃん」

康はそう言うと眉を少し上げた。

本松奈々もとまつななは僕たち男バスのマネージャーをしている同級生だ。律儀で真面目な彼女なら確かにチョコをくれそうだが、それはマネージャーとしてであって、女性としてくれている訳ではないだろう。頂いた所で完全な義理チョコであり、それを言うのであれば康も一個は確実に貰える事になる。安東悟あんどうさとるにではなく、仲間として贈られるチョコに意味などないのだ。

「マネージャーとしてだろ? それは数に入らないだろ」

「意外と本命とか貰えたりするかもよ?」

 康がいつものようにからかうが、僕は再び「ないない」と今後は右手を左右に振った。

「ところでさ、聞いたかあの話。三谷って先輩と別れたらしいよ。これはもしかするともしかしないか?」

「まじかよ! それは大チャンスだな。ちなみに三谷からチョコ貰ったら百個分な」

 僕と康は昔からどっちが多くチョコを貰えるか競い合っていた。だが結果はいつも一個、二個とドングリの背比べだ。康に勝とうと姉ちゃんと母さんから貰ったチョコを数にも入れたりしたが、康にはお見通しだった。

クラスのマドンナである三谷沙紀みつやさきは、僕たちが所属しているバスケ部のキャプテンと交際をしていた。三谷はキャプテンと付き合うようになって、興味のないバスケ部のマネージャーにまでなったのだが、僕たちにとっては嬉しい出来事だった。髪の毛は茶色く、爪は長い上にバスケの事も知らない。ただ先輩のプレーを見にくるだけの存在だったが、男バスには彼女の事を悪く言う人は誰もいなかった。彼女の容姿はそれだけ周りから評価されていたのだ。そんな彼女がこのイベントを前にしてフリーになったという。これは他の男子も気合が入っているに違いない。

「なんの話してんの?」

 僕と康の肩を叩くショートカットの彼女。僕の横を通り過ぎる際、女性特有の良い香りが僕の鼻を刺激する。綺麗な黒髪は彼女に良く似合ってあり、三谷とは正反対の美しさを持っていた。だが三谷の前では彼女も霞んでしまうのか、これだけの容姿を持ちながらも彼女の人気は三谷の足元にも及ばない。

「奈々が俺たちにチョコくれないかなって話してたんだよ」

「別に私から貰わなくても康くんなら他に貰えるでしょ」

「奈々。俺と悟を甘く見てもらっては困るよ。俺たちは通算でも十個も貰った事ない男なんだから」

「俺は十個以上貰ってるけどな」

 康が僕を巻き込もうとしているのを避ける為に、僕は咄嗟に否定したが「親族抜きだぞ」という指摘に何も言い返せなかった。奈々は僕たちのやり取りを見て「男の子も大変だね」と言い残してその場を後にした。その言葉がなぜか僕の胸をえぐり、頭から離れない。たかがバレンタインというイベントに固執している姿が、無様と言われたようなそんな感覚だ。金持ちが庶民を見てあざ笑うかのように、たかがチョコ一つに必死になっている自分が情けなく思った。

「男ってさ、なんか必死過ぎて虚しくない?」

「男なんてみんなそうだろ。そんな惨めな男が好きな人もいるよ」

 康の言葉が少しだけ僕の心を癒してくれたような気がした。





冬の体育館は好きだ。冷たい床を朝日が照らし、反射しているのが心に染みる。別に誰に共感して欲しい訳ではないが、この事を康に話すと「わかる」と謎の感情を共有出来た。

 土曜日の練習は九時からだったが、僕のわがままで一時間前に集合と康に伝えていた。別に練習が好きな訳ではないし、全国大会を目指している訳でもないが、今日だけは早く体育館に来たい理由があった。

「おっ! 買ったんだ」

 僕が言うよりも先に康が気付く。

 まだ固いソール。僕の足に馴染みきれていないバッシュは、いつもと違うスチール音を鳴らし、体育館を響かせた。

「どう? 中々いいだろ?」

「六十点だな。まだ悟には似合わないよ」

「すぐに似合うようになるさ」

早速バッシュの性能を試す為に、ドリブルをしながら体育館を走り回る。ボールの弾く音がやけに大きく聞こえ、この世界に一人だけのような感覚に陥る。いつもの聞きなれたスチール音ではなく、少し甲高いスチール音が体育館を奏で、僕の気持ちを更に高鳴らせた。

「あれ? 二人とも早いね」

 僕たちの十分ほど後に、奈々が体育館へ来た。いつもこんなに早く来ているのだろうか。そう言えば僕たちが練習に来ると、モップ掛けは済んでいて、雑用も全て終わっていた。本来なら一年である僕たちの仕事なのだが、奈々は文句も言わず、誰の手も借りずに一人で全てをこなしていたのかもしれない。

 息が上がるまで体育館中を走り回り、左手のリストバンドで汗を拭う。バッシュを買った時にこのボロボロのリストバンドも一緒に替えればよかったと後悔したが、また次の機会に替えようとすぐに納得した。

「バッシュ買った。どう?」

「本当だ。カッコいい! でも明後日練習試合なんだけど、大丈夫?」

 奈々は明後日にある一年だけの練習試合で、僕のプレーに影響が出ないか心配してくれていた。確かにいきなり新しいバッシュで試合をする事を良く思わない人もいるが、僕はそれほど神経質でも無ければ、バッシュを替えただけでプレーに影響が出るほどバスケは上手くなかった。

「全然問題無い。むしろこっちの方がいい感じ」

 根拠はないが、前のバッシュより良いプレーが出来ると思い込んでいた。そんな僕を横目に康がトイレに向かうが、その背中は小刻みに震えて、明らかに笑いを我慢しているのが分かった。

「ところでさ」

 康がトイレに行ったのを見計らったように奈々が僕に尋ねる。

「なに?」

「悟もチョコとか欲しいの?」

「そりゃ男なら誰だって欲しいだろ。でもチョコって俺はあんまり好きじゃないんだけどな」

「どうして?」

 奈々は床に座り、僕を見上げた。

 僕はバレンタインに生まれたせいで、母からも姉からも誕生日プレゼントはいつもチョコをプレゼントされていた。それはそれで嬉しかったのだけど、僕の中ではバレンタインはバレンタインとしてチョコを貰い、誕生日プレゼントは別で用意してくれないと、なんだか損をした気持ちになってしょうがなかった。だが我が家では僕がバレンタインに生まれたのをいい事に、誕生日とバレンタインを一緒にするような習慣が生まれてしまった。何度も抗議をしたが当然覆る事も無い。それから僕は罪のないチョコに憎悪を抱き、生きてきた。バレンタインの日に女性からチョコを貰えるのは嬉しいが、それはチョコが嬉しいのではなく、貰えた事が嬉しい訳で、今でもチョコへの憎悪が鎮まる事はない。

 そんな過去を奈々に話すと「わかるかも」と大きく頷いていた。奈々は七月七日生まれで、名前もそれにちなんで奈々と付けられたらしい。他の家庭では七夕を祝うが、奈々の家庭でも七夕と誕生日パーティーを一緒にする事に腹を立てていた。

「あれってやる側はいいけど、される側って損だよね? 本当ならもう一日楽しい思いが出来たのにね?」

 少し声を張りながら奈々は僕の思いに共感していた。

「だよな。俺は未だに家族からはチョコを貰ってるよ」

 二人だけの体育館に笑い声が響く。そこに濡れた手をズボンで拭きながら康が帰ってきた。

「なに? なんの話?」

「康くんって誕生日いつ?」

「クリスマス」

 康がそう答えると、僕と奈々は思わず笑ってしまった。





「絶対に洋菓子だろ! 大福ってお爺ちゃんかよ!」

「お前和菓子馬鹿にすんじゃねぇよ! ケーキとか食って喜ぶのなんて小学生までだろ」

 練習帰り。くだらない話題で言い合いをする僕と康。その横を奈々が静かについて来る。洋菓子派の康は無類のケーキ好きで、和菓子という物への偏見が強かった。一方、僕は洋菓子よりも和菓子が好きで、祖母の影響で昔から饅頭や大福に目が無かった。

「奈々はどうなんだよ? ケーキの方が美味しいよな?」

「いや、絶対大福の方が美味いって」

 奈々は首を傾げながら考え込み「どっちも好きだけどね」と当たり障りない受け答えで、どちらの味方もしないスタンスを取った。冬空の下を白い息が激しく僕と康の間を行き交う。

「三谷はさ、ケーキと大福どっちが好き?」

 康が僕との言い合いに終止符を打ちに来たのか、後ろにいた三谷に話を振った。三谷は康からの突然の質問に驚く事もなく、すぐに「ケーキ」と答え、「安東くんってさ、少し変わってるよね?」と馬鹿にしたような口調で言った。三谷の周りの男共も一緒になって僕を変わり者呼ばわりしている。

僕が変わっているのだろうか。好き嫌いは人それぞれであって、大福を好きなだけで人格そのものが変わっていると言われると少し違う気がする。ここで何を言い返しても無駄と思ったので「そうかもね」と少し冷たく返した。

康は僕との勝負に勝ち、満足そうな表情を浮かべていたが、三谷が僕を馬鹿にしたのが気に障ったのか、なぜかぼくよりも不機嫌になっていた。

「どら焼き」

微妙な空気の中、僕の横で小さく呟く奈々。

「なに?」

 はっきりと聞き取れなかった僕は、奈々の口元に耳を近づけた。

「私、どら焼きが一番好きかな」

「ははっ。いいね、それ。奈々も和菓子派ってことだな」

「悟も奈々も渋いよな。今時どら焼きって中々食べないぞ?」

 康が話に割って入る。

「えー。美味しいよ? でもケーキも好きだけどね!」

「なんだよそれ。結局両方かよ。この世で一番美味いのはイチゴ大福って決まってんのに」

 僕は足元にあった小さな小石をけ飛ばすと、大きく跳ね上がり長い坂を上っていく。

「イチゴ大福って微妙だな。確かに大福は和菓子だけど、イチゴってなんか洋風って感じじゃない?」

 康がふとそんな事を言い出す。確かにケーキにもイチゴを乗っているし、大福にもイチゴが使われている。イチゴはそもそもどっちの味方でもなく、中立の立場であり、それぞれの良さを引き立ててくれているのかもしれない。僕たちの関係で言うのなら、僕が大福で康がケーキ。そして中立の立場であり、僕たちそれぞれを引き立ててくれる奈々がイチゴという役割がピッタリハマって可笑しかった。

「なんかさ。私たちみたいだね」

 奈々の言葉に僕は一瞬驚きを隠せなかった。今の瞬間、奈々の頭の中でも僕と同じような妄想が繰り広げられていたと考えると、言葉には出せない感動があった。

「だな」僕は大きく頷く。

「いやいや。なにが? え? 今のでなんか通じ合えたの?」

 二人で話を終えようとする僕たちは、戸惑う康の姿が妙に可笑しく、二人で声を出して笑ってしまった。




「まじかよ?」

 康が目を丸くしてこちらを見る。

「まじまじ。やっぱりわかる奴にはわかるんだろうな」

 調子に乗る僕に冷たい視線を向ける康。

 今から数分前。試合前のアップを終え、ベンチに戻ると、普段僕には構わない三谷が珍しく話しかけてきた。

「安東くんって奈々ちゃんと仲いいよね? もしかして付き合ってる?」

上目遣いをしてくる彼女に胸が高鳴る。三谷の事は遠目で見る事ばかりで、手を伸ばせば届く距離にいると、無駄に緊張してしまう。

「奈々と? 付き合ってないよ。なんで?」

「ちょっと気になっただけ。ところでさ、もしこの試合に勝ったら、私とデートしてよ」

 突然の事に、言葉が詰まる。彼女は確かにデートと言った。この僕があのマドンナである三谷とデートが出来るのだ。てっきり僕の事を馬鹿にして、見下していると思っていたが、どうやらただの思い過ごしのようだ。

「え? 俺と? どうして?」

「いいじゃん、そんなこと。とにかく試合頑張ってね」

 三谷はそう言うと、僕にだけ微笑みかけた。今から試合をすると言うのに、僕の気持ちは有頂天に達し、浮かれきっている。一連の出来事を康に話すと「男見る目は無かったのか三谷。ドンマイだな」と負け惜しみのような言葉をこぼしていた。

 試合開始五分前。相手ベンチから容姿の整った選手がこちらに向かって歩いてくる。僕と康はそいつの事をよく知っていたし、そいつがどんな要件でこちらに来たのかも大体予想出来た。

「久しぶりだな。相変わらず一緒にいるのか」

 僕と康の前に立ち、宇野亮太うのりょうたは爽やかな笑顔を向けた。彼とは小学校まで同じバスケットクラブだったが、中学校からは強豪の学校へと入学した。彼とは別々の中学に進学し、それからはバスケの試合会場で顔を合わせても、軽く世間話をする程度。特別仲が良い訳ではないのだが、会場で会う度に亮太から「あの子紹介してくれよ」と面倒な事を頼まれていた。

「久しぶり」

 康が明らかに面倒くさそうなトーンで返す。僕も後を追うように少しだけ明るく応じた。

「ところでさ、あの子可愛いよね。紹介してくんない?」

 二人で小さくため息を吐き、亮太が指した方へ向く。どうせお目当ては三谷なのだろうが、生憎三谷には僕という先客がいた。今この場でそれを突きつけてやりたいとも思ったが、亮太が三谷に振られるのを見るのも面白いなと思い、言葉を飲んだ。

 亮太の指した方には黒いショートカットの女性がいた。いつもチームの為に人一倍働いてくれ、誰よりもバスケが大好きだった。彼女は誰に言われる訳でもなく、コートにモップを走らせていた。

「あの子名前なんて言うの?」

「本松奈々」

「彼氏とかいんの?」

「いや、いないと思うよ」

「なら試合の後で紹介してよ」

 亮太は用事が済むと自分のベンチへと戻って行った。

 モップをかけ終わり、奈々がベンチに戻ってくると、僕は先ほどの出来事を奈々へと伝えた。意外にも嬉しそうな表情を浮かべた。彼女はそういうものに興味が無いと思っていたので、予想外のリアクションだ。

「集合!」

 会話の途中だったが集合の呼びかけに応じ、チームが監督の元に集まる。今日の試合は一年生だけで行われる。当然、僕と康も試合に出してもらえる事になっていた。ミーティングでは、相手の一年に良い選手がいると事前に聞かされ、そのマッチアップにはなぜか僕が選ばれた。本来なら断りたい所だが、相手があの亮太と聞けばこちらも引くに引けない。

 センターサークルに両チームの五名が集まり、握手を交わす。

「この試合、俺たちが勝ったらさっきのお願いは聞けないから」

 ボールは審判の手から離れ、高く舞い上がる。サークルの中で向かい合った僕と亮太は、そのボールに向かって高く飛び上がった。





「負けちゃったねー。それもボロボロに」

 僕を励ますでもなく、起こった事実を口に出す奈々。いつもの道をゆっくりと歩き、疲れた体を無理やり前進させる。僕のペースに合わせ、奈々も横に並んだ。

「言うなよ。俺が一番落ち込んでるわ」

 威勢よく亮太に挑んだものの、結局亮太から四点しか奪えなかった。亮太は僕から二十点以上も奪いながら、監督からこっぴどく叱られ、その光景を見ていると僕と亮太の差が浮き彫りになるように思えた。楽しくバスケが出来ればそれでいい、と頭で言い訳をしてみるが、そんな事をしている自分が惨めに映って仕方ない。

「三谷さんとデート出来なくて?」

「違うわ! ていうかなんで知ってんだよ。俺は純粋にバスケに負けたのが悔しいだけなの!」

 反論する僕に奈々は「どうだか」といたずらに笑う。

「まぁ奈々からすれば亮太のカッコいい所いっぱい見れてよかっただろうけど。連絡先もちゃっかり交換してたしな」

 嫌味を吐き捨て、僕は石段に腰を落とした。

「私、あの人に連絡先とか教えてないよ?」

「さっき二人で話してただろ? 携帯持ってさ」

「うん。でも教えてない」

「でも試合前は嬉しそうだったじゃん」

「それは、人から好意を持たれたら嬉しいよ。でもあの人ってほら、なんか軽そうじゃん? 私、ああいう人ってちょっと苦手だしね」

 奈々がそう言ったのを聞いてなぜか少しだけホッとした。迷子になった子供がやっとの思いで母親を見つけた安心感に似ている。

「で? 悟は三谷さんとのデートはどうなったの?」

「断ったよ。最初は嬉しかったけど、俺と三谷って合わないし」

 試合後、負けたけどデートはしようという三谷の提案に僕は応えなかった。三谷に対して好意が無いと言えば嘘になるが、なぜかこの時は自然と誘いを断っていた。

「なんで? 悟って三谷さんの事好きじゃなかったの?」

「可愛いとは思う。けど好きではないかな」

 恐らく、僕が三谷に抱いていた気持ちは、恋愛のそれではなく、芸能人を見るような感覚に近かった。そんな気持ちを素直に奈々に話すと「そうなんだ」と言い、僕の前に立った。

「ならこれあげる。可哀そうな悟に少し早いけど誕生日プレゼント」

 奈々はカバンから手のひら程に包装されたものを僕に手渡した。「開けてみて」と言うので、綺麗に包みを破り中身を確認すると、赤色のリストバンドが出てきた。

「悟の使ってるのボロボロだったから」

 奈々は少し照れながらそう言った。

 赤は僕の好きな色で、リストバンドのメーカーも僕が愛用しているものだった。なにより、普段から僕が使っているリストバンドの状態を把握してくれている事に感動した。

「ありがとう。まじで嬉しい。久しぶりにちゃんとしたプレゼント貰ったよ」

 僕は早速貰ったリストバンドを手首に着け「どう?」と奈々に向かって見せた。奈々は「いいね。似合ってる」と微笑んだ。

「あとね。これ」

奈々はカバンを探り、目当ての物を見つけると僕に差し出した。次はなんだというのだろう。気になった僕は受け取るよりも先に「なに?」と聞いたが、「いいから、いいから」と奈々は僕の手のひらにそれを置いた。

「バレンタインチョコ。悟も欲しいって言ってたじゃん?」

 僕が誕生日とバレンタインを一緒にされるのが嫌だとぼやいていたからか、奈々は誕生日プレゼントとは別にチョコを用意してくれていたのだ。リボンで閉じられた箱を開ける。箱の中はチョコかと思ったら、そこには僕がこの世で一番好きな物が入っていた。

「バレンタインチョコの代わりにバレンタイン大福。なんちゃって」

 奈々は背を向けて「さっ。帰ろう」と足早に去ろうとするが、彼女の耳が真っ赤になっているのを僕は見逃さなかった。


翌週。三谷が僕にデートを誘ったのは、僕と奈々が仲良かったのを引き裂きたかったからと康から聞かされた。実際にそれが本当かは分からないが、あの時断っておいてよかったと心底思った。

「そういえば奈々からバレンタイン貰ったか? 皆貰ったみたいだぞ」

「あぁ貰ったよ」

「悟のだけイチゴ大福じゃなかった?」

 冗談を言う康に僕は「ないない」と小さく横に首を振った。


                完

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イチゴ大福 道端道草 @miyanmiyan

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