第13話 無敵の煙

 殺意を持った田子倉は、響の首に向けて背後から煙を近づけていく。煙を首の周りに巻いて締め付けるつもりだ。


 ボォォォ!!


 しかしその時、田子倉の視界が遮られた。…紅蓮の炎によって。ついさっき地面に着火した炎が風に流されるように移動してきたのだ。


「ちっ…!あのアマ!!」


 攻撃を阻まれ田子倉は苛立つ。煙は自分から見えなければ操作できなくなる。それを姫佳が理解していたかどうかはわからないが、このままでは攻撃ができない。今は視界の開けた場所へ移動するのが先決だ。


 ボオォォォ!!


 しかし、田子倉が移動しようとした矢先、それを塞ぐように炎が回り込み、田子倉は炎に囲まれてしまった。


「な、なに…!?」


 これでは攻撃するどころか動くことすらできない。しかも炎に囲まれた空間は高温の灼熱地獄。熱にやられて倒れるのも時間の問題だ。

 ――だが、その代わりに煙の供給源は無限にある。だから田子倉は悲観することなく逆にチャンスだと考えた。


「煙で炎を引き裂いてやる!」


 田子倉は炎から発せられている煙を操ろうと上を見上げた――――が、彼の期待はすぐに裏切られた。煙が少しも出ていなかったのだ。


「煙が出てねぇだと…!?どういうことだ!?」


 ドサッ…!


 一方、響は落下してきた姫佳をなんとか受け止めるが、バランスを崩して地面に倒れ込んだ。ともあれ、ブレザーをパラシュート代わりにして落下スピードを抑えられたことと、響が受け止めたおかげで姫佳は怪我を負わずに済んだ。


「ハァ…なんとか…」


 響は緊張がほぐれて安堵の声を漏らす。対する姫佳は受け止められた体勢のまま頬を赤らめていた。

 すると、響は何か柔らかい感触を得る。ハッとして姫佳に目を向けると、彼女の胸が体に当たっていた。姫佳自身はそれに全然気づいていないようだが、このままでは恥ずかしさで沸騰してしまいそうなので早急に離れなくてはならない。


「く、倉十…!早く…起き上がってくれ…」


「えっ…!?あっ…ごめん…!」


 姫佳は我に返ったようにハッとして慌てて体を起こす。そして動揺を隠すように視線を逸らしながら響の手を掴んで起こしてあげた。


 ボワッ…!


 ――次の瞬間、2人の前で燃えていた炎が不自然に引き裂かれた。2人がそれに気づいて顔を向けると、引き裂かれた炎の間を歩いてくる田子倉の姿を目にした。

 田子倉はタバコを咥えており、その煙が彼の周りをドーム状に覆ってバリアのように炎を引き裂いていた。炎の空間から外に出た田子倉は2人を見てフッと余裕そうににやけて見せる。


「炎から煙が出なくても、俺には簡単に作れるんだよ」


 ライターは失ったものの、姫佳の放った炎がある限りタバコに火をつけることは可能だ。そして、煙をいくらでも作りだすことができる。


「くっ…!」


 姫佳は歯を食いしばり、右手を前に素早く伸ばした。すると、炎が田子倉の背後から襲い掛かってきた。

 しかし、田子倉は炎に見向きもしない。そして、襲い掛かった炎は煙のバリアによっていとも簡単に弾かれてしまった。

 攻撃が効かずに唖然とする2人を見て、田子倉はケラケラと嘲笑う。


「無駄だ。俺の煙のバリアはなんだろうと弾く。しかも!」


 ヒュッ…!


 瞬間、煙のバリアから勢いよくカッター状の煙が放たれた。狙いは響の顔!


 ピシッ…!


 響は両腕をクロスさせて何とか顔を守るが、切れ味の鋭い煙のカッターによって腕から出血していた。


「うぐっ…!」


 突き刺すような鋭い痛みが走り、響は苦しそうに顔を歪める。


「猪苗代…!」

「次はてめぇだ」


 姫佳は心配そうな面持ちで響に目を向けようとするが、田子倉がそれを許さなかった。姫佳は自身に向けられている殺意を感じ、冷や汗を垂らして田子倉に目を向ける。

 なんとかしなくては自分も響もやられてしまう。関係ない響を巻き込んだあげく、また怪我をさせてしまった。これ以上彼が傷つくのは嫌だ。―――そう思った姫佳は、心の中の畏怖を振り落とし、落ち着きを取り戻した目で田子倉を睨み付けた。

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