第11話 炎と煙

 2人の前に現れた金髪の男。姫佳は3日前にこの男と出くわし、能力を使って蹴散らしたが―――まだ懲りずに吸い殻をポイ捨てしているのか。それも全く反省していないどころか挑発さえしている。その態度は姫佳にとって許し難いものだ。


「大目に見る?あんたみたいな確信犯を甘やかす気なんかさらさら無い」


 姫佳はギロッと金髪の男を睨み付ける。もう一度能力を使って蹴散らした方が良さそうだ。


 ボゥ…!


 瞬間、姫佳の隣の地面から炎が燃え上がった。辺りは紅蓮に染まり、圧倒的な熱が容赦なく放出される。

 響は冷や汗を垂らしていた。日常がまたもや非日常へと転げ落ちてしまったのだ。かと言って今の姫佳を止められるだろうか。彼女の表情を見ただけで、容赦しない気でいることがわかる。

 しかし、金髪の男はへらへらした態度を変えようとはしなかった。喧嘩慣れした不良でもビビってしまいそうなこの状況で、この男はなぜ余裕でいられるのか。……響は何か嫌な予感がした。


「熱い熱い。早くその火を消してくれよ。熱くてしょうがねぇ」


 金髪の男はわざとらしく手でパタパタとあおいで見せる。


「えぇそのつもり。ただし……あんたを懲らしめてから!!」


 ボオォォ!!


 姫佳が叫んだ途端、炎が形を変えて男に向かって猛進した。…しかし、男は逃げようとせずにじっと佇んだままだった。炎は確実に直撃する――姫佳はそう確信した。

 …その時、炎の先端から上がっていた煙が不自然に男の前に流れていき集まりだした。そして―――


 バシッ!!


 炎は壁に当たったかのように左右に弾かれてしまい、男にかすりもしなかった。


「なっ…!?」


 響も姫佳も驚愕した。気体である煙が炎を弾くなんてあり得ない。しかも、風が吹いているわけでもないのに、直前に煙が不自然な動きを見せた。


『あいつも能力者…!』


 響は確信を持つ。この不可思議な現象は間違いなく異能の力によるものだ。そしてこのただならぬ雰囲気……この前と似ている。

 一方、姫佳は炎を弾かれたことに少なからずショックを受けていた。そしてそれが、自分の周りへの注意が向かなくなる原因を作った。


 シュウゥ……


 姫佳が先程燃やした吸い殻の燃えカスから煙が上がっているのが響の目に映る。響が煙に意識を向けていると―――煙が手の形に変わるのがわかった。瞬間、響は本能的に体を動かす。


「倉十危ない!!」


 その叫び声に姫佳がハッとして響に顔を向ける。そして、目の前の煙が手の形になっているのを目にした。

 次の瞬間、響が姫佳を押し退けようとした―――が、逆に姫佳に押し飛ばされた。


「倉十…!?」


 体が倒れていく中で、響は姫佳を見つめながら驚愕していた。なぜ姫佳が押し飛ばしたのかわからない。

 すると、こんな緊迫した状況の中で姫佳が表情を綻ばせた。


「だめだよ猪苗代。また怪我しちゃうから」


 ガシッ!!


 煙の手は姫佳の首を掴み、そのまま勢いよく上空へと掴み上げた。


「倉十ぉーー!!」


 地面に倒れ込んだ響は煙に拘束された姫佳を見ながら絶叫する。……やばい。かなりやばい。このままじゃ姫佳の命が危ない。あんな高いところからもし投げ出されたら……ひとたまりもない。


「はははぁ!!いい気分だぜ!!高い金出したかいがあったってもんだ!炎でいきがってるくそアマがよぉ!なんだよ!!タバコだってそうだ。火はあくまで煙を吸うための手段に過ぎねぇ!!」


 気分最高潮の男は声高らかに笑って見せる。3日前の屈辱を晴らすことが直近の最優先事項だった男にとって、姫佳が無様に掴み上げられている光景は至福そのものだ。


「うぐっ…!」


 姫佳は苦しみながらも、右手を眼下の男に向かってかざして炎を放とうとする。―――が、彼女の行動が読めている男は余裕そうににやけた。


「今の状況が理解できねぇのか?はは!マヌケだなぁ!俺は自由に煙を操ることができるんだぜ?てめぇの首を掴んでいる煙をただの煙に戻したらどうなるか…」


 男の脅し言葉に姫佳は攻撃ができなくなってしまう。そして悔しい表情を浮かべつつ右手を引っ込めた。

 しかし、それと対照的に響が立ち上がって男に体を向けた。それに気づいた男は響に向かってガンを飛ばす。


「あぁ?なんだよ。おまえは何の能力者だ?」


「俺は能力者じゃない」


 響が正直にそう答えると、男はプッとバカにしたように笑い出した。


「ははは!じゃあどうやって俺に立ち向かう気だ?尻尾巻いて逃げた方が身のためだぜ」


「んなことするかよ…」


 響は男を睨みながらゆっくりと近づいていく。それは間違いなく日常から遠ざかる行動。このままでは…


「猪苗代が危ない…!」


 姫佳は歯を噛みしめると、覚悟を決めたように鋭い表情になり、一度戻した手を再び前に突き出した。

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