3、ベルゼラ国第二王子アズール
アズール王子は20才。
傲慢で尊大な雰囲気があるが、端正な顔立ちの美丈夫である。
意思の強さをうかがわせる切れ長の黒眼に、黒髪。長髪を後で無造作に結ぶ。
飛び道具の改良型のクロスボウを活用し、他国を圧倒する力で草原の強国になった、ベルゼラ国の第二王子である。
彼は決してもてないわけではない。
むしろ、彼の周りには多くの男も女もむらがっている。
ベルゼラ国では戦も強いアズール第二王子は一番人気。
戦で破れた国では姫や王子を将や王に差し出すことは多いが、アズールは全て無視をする。
戦は容赦なく血の雨を降らせるが、それ以外は人道的な統治を行っていることが、さらにアズールの人気に拍車をかける。
ベルゼラ国の次期王に望む声は方々であがる。
多くの浮き名を流しはしても、長続きせず、いっこうに妻を娶ろうとしないアズールに業を煮やしたのが父王である。
「私はまだ結婚するつもりはありません!」
アズールは16の誕生日から父王から持ちかけられた縁談を断り続けてきた。
20の誕生日を迎えた今年も同様だと思っていたが、王は戦で体を痛めたこともあり、強くいい放つ。
「王位継承権を剥奪されたくなければ、お前の付き合っている女の中から花嫁を選べ!」
アズールが付き合ってきたのは後腐れのない女たちばかりである。
「選べないなら、私が選んだ姫たちから選ばせてやる!」
そう言うと父王はアズールの前にあらかじめ描かせていた姫たちの、花のような肖像画をずらりと並べたのだ。
アズールが適当にでも指差せば、即結婚となりそうな勢いである。
「、、、絵で選べというのですか?」
つい、アズールは言ってしまう。
ベルゼラ国王はにやりと笑う。
思い出したのが、デクロア国王と交わした、いずれ娘をやるとの約束であった。
「では絵でなく、直接あって選ぶなら良いというのか?
そういえば、デクロア国に三人年頃の姫がいる。21、18、16だ。
私の息子にもらい受ける約束を交わしている。花嫁でも愛人にでも良いからひとりでもふたりでも選んでこい!
デクロアは美人の国だ。お前が満足できる女がいるだろう!」
ということで、アズール王子はこの初夏にデクロアに出向くことになったのだ。
デクロア国への出で立ちは、軽めではあるが胴体と腿の真中近くまである鎖帷子、使い込まれた長剣を帯刀し、折り畳んだクロスボウを愛馬に乗せている。
己の直属の小隊は国境の町で留め置き、デクロアの森に入ったのは選りすぐりの12人の精鋭。
彼らもアズール王子と同様の軽めの防備であるが、戦火を潜り抜けた盟友たちでもあり、アズールを守る強力な盾になる。
精悍で命知らずな若ものたちである。
12人とアズール王子の一行は、どこにいっても歓待され、女たちのため息と憧れをもって迎えられるのが常である。
この旅もあちらこちら立ち寄る街で、歓声とため息に迎えられ、送られていた。
アズール王子にとって、全く乗り気でないデクロア国への道行きであった。
アズールの精鋭12人のひとり、側近のラリマーは、ベルゼラ国王から、アズール王子が花嫁を選び、連れて帰るまで見届けることを厳命されていた。
既にデクロアの森を渡る石畳の街道に入っている。王子とその12人は馬上であった。
軽快な蹄の音は、普段なら心地よいのだが、アズールには気分をさらに重くする音にしか聞こえない。
「長女のアクア様は白銀の髪、アイスブルーの瞳。舞い降りた雪の女神のごとく神々しく美しいそうです。
賢く、性格は穏やかでお優しい。
語学も得意で8ヵ国語を話せるとか。
趣味は(以下省略)
才色兼備の21才。ひとつ歳上ではありますが、お似合いでしょう」
ラリマーは、デクロアに入ってから姫たちの概要を伝える。
全く前情報なしというのもどうかと思ったのだ。
この釣書で決めてもらえるならば、この花嫁選びの旅は楽である。
「二番目のマリン様は燃えるような赤毛で大層色っぽい、豊穣をもたらす女神のような、才色兼備の姫だそうです。18才。
趣味は(以下省略)
性格は激しいそうなので、操縦する必要はありますが踊りもダンスも得意で、外交の場では素晴らしい働きを期待でき、閨では大層良い思いをされることでしょう」
アズール王子は鼻を鳴らした。
誰の釣書も同じようなものである。
「三人目は?」
実際より盛られた良いことしか書かれていないので、もうどうでも良いとは思ったがひとまず聞く。
ラリマーは器用に馬上で釣書をめくる。
「末の姫はリシア姫。16才。才色兼備で健康美に自信あり!。花嫁修行中。以上」
アズールは片眉を釣り上げ、並走するラリマーの手元の資料を覗き込んだ。
「それだけか?」
「それだけです。少ないですね?デクロア国が寄越したものですが、上の二人と比べて気合いが入っていないというか、、。才色兼備は枕ことばですし。」
「健康美というのが笑えるな!」
とアズール。
ラリマーは深読みする。
「健康であることは世継ぎを生むには重要です!
でもまあ、デクロアの一押しが二人の姉ということでしょう。美人の産地としての名声を高める、デクロア美人のふたりの姫。
三人目は、残念ながら普通なのかもしれませんね。
普通だとまだいいかも知れませんが、三人もいれば不出来な姫も生まれるかも?
もしくは末の娘を手放したくない理由があるのかもしれません」
「どういう理由だ?」
少し興味をひかれてアズールはきく。
「さあ?実はもっとも美しいとか?」
ラリマーは適当にいう。
「明日の夜にはデクロアの王都に着きますから、時期にわかりますよ。先にひとりを王都に遣っておきますか?先方も準備があることでしょうし」
「そうだな」
アズールは早駆けに遣わせる。
その者は怒濤の如く馬を走らせた。
街道は森を切り開いて作った道である。
定期的に手入れをされているのか、人通りがないのに、道を塞ぐ枝などはない。
デクロア国は、頂きに雪を抱く切り立つ岩山を背にして、辺境に位置する。
草原の国々のように混乱と戦乱から無縁であった。
その分、多民族多国籍の入り乱れた喧騒と賑わい、繁栄から取り残されているようだった。
街道の両サイドには深い森が広がる。
この道の先には美女の国の桃源郷があるのかもしれない。
この道を渡る者は一度は思うことである。
「それにしても、森が深いな。どんな野生動物がいるかわからないから、皆に気を抜くなと伝えよ」
とアズール。
そういう先から、彼らの前方に、うさぎがはねる。
狸が歩く。
街道沿いで一泊した後、昨日から数えて何頭目かの牝鹿がゆうゆうと歩いたとき、とうとうアズールに流れるの古き狩猟民族の血が押さえられなくなったのだった。
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