この町の空

けんじろう

第1話 この町の空

僕がこの町に来てから、もう五年くらい経つ。

最初は同居人の夏樹と色々あったし、近所に住んでいる健人とも、それこそ色々あった。


今はあの時のことが嘘だったみたいに、充実した毎日を送っている。

僕はとある災害で両親も、それまでの友達も全部失ってこの町に来た。もちろん、そのことについて考えると今でも辛い。

ただ、そんな風に本当にゼロだった僕が、ある程度、以前に近いくらいまでに回復しているのは、夏樹と健人のおかげとしか言いようがない。


ただ、だからこそ僕はたまに、今のこの現状が怖くなる。またこんなにも大切だと思える人ができた、それをまた何かの拍子に失うかもしれない。

あの時の災害の後遺症で、僕はそういう風に考えてしまうのだった。現に夢で何度も二人を失った世界にいる自分を見る。

何もない世界で、ただただ生きている空っぽの僕。

現実の世界でそうなってしまったら、僕はどうやって生きていけばいいんだろうか。


そんな風に悩んでたどり着いたのが、この日記と言ってもいいような手記だ。

日記と違うのは自分自身のことだけじゃなくて、夏樹や健人はもちろん、それ以外のたくさんの人たちのことを、僕の目線じゃなくて、本人たちの目線で書こうと思っていることだ。


もちろん、見たり聞いたりした話で書くだけだから、本当にその人が思っていたことを書けるわけじゃない。

でも、何であれ形として残しておけば、僕は大切な人を仮に失っても、この手記を頼り生きていけるかもしれない。


僕はこの手記の名前を「この町の空」と呼びたいと思う。

僕のもともといた町に比べて、ここはとても田舎で、初めて空を見上げた時、何だか違うような世界に感じたイメージが強烈に残っているからだ。


この手記もそんな大切な瞬間を切り取って、保存したい。その想いで僕は書いていく。

だから、これは本当に本当に、個人的なものでしかない。

ただ、僕は個人的だからこそ、きっと信仰者の聖書のように大事なものとしていくだろう。

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この町の空 けんじろう @toyoken

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