2-EX→0-0 Crimson Advent

 DDLはあらゆる宇宙の可能性そのものを内包する物質だ。その物質が気化し充満した空間にDDLによって生まれたリコという存在が侵入、自らをDDLそのものと直接に接続した瞬間、彼女と、彼女と接続し同一存在となっていた羅刹の存在定義はDDLに帰化し、彼女たちは宇宙の可能性そのものとなった。


 しかし、リコというDDLには意識があった。DDL内宇宙で唯一の主体であるその存在は羅刹とともにあらゆる可能性と言う名の宇宙に拡散し、無限に引き伸ばされていく。それらと同一化した彼女はそこにあるあらゆる可能性、過去や未来の事象、情報すべてと接続し、己のものとしていった。

 

 だがひとつの存在、ひとつの意識にとって、羅刹というセヴンスのコンピューター全てを持ってしても、その情報はあまりに膨大過ぎた。

 

 飽和した情報は崩壊し、選別され、意識ではなく特定のアルゴリズムによって機械的に再構築されてゆく。リコと羅刹によってDDL内部の宇宙が構築されていく。それは1度限界まで膨らませた風船を萎ませるような行為だった。


 不可逆のものを無理矢理に崩し、再構築した時、伸ばしきったゴムのようにそれは歪なものを生み出す。羅刹は従来の20倍のサイズとなり、内部構造は大きく変化した。内部構造――その一部であるリコも含め――はドロドロに溶け、羅刹のフレームと融合していた。二つの存在が物質的に一つのものとなり、機械の体と人体を模して造られた体の双方の性質を持ったオブジェクトへと変換された。


 しかしリコは死んではいなかった。死を意識の喪失と定義するならば、確かにリコは生きていた。無限に引き伸ばされ茫漠たる情報の海に晒され肉体と意識をぐずぐずに融解されたにも関わらず、ひとつだけ、彼女の意識は生きていた。


『ノルンと照に、会いたい』


 ただそれだけであった。リコにとってノルンは母のような存在だった。照は姉のような存在だった。自分という存在にいつも寄り添い、愛してくれた家族。私を助け、命を落とすその瞬間ですら、私を支えてくれた人。けれどいなくなってしまった人。引き離されてしまった人。ただその人たちに会いたい。会って抱きしめたい。抱きしめて欲しい。


 その意識だけは、その唯一にして最後の願いだけは強固なる輪郭を保ったまま、リコの中に存在し続けていた。


 故にDDL内の宇宙はその願いに従って再構築された。リコというDDLが持つ唯一の意識によって。ノルンと照が存在する宇宙という命題のもとに。それに基づき二人が生まれるために必要な全ての条件を揃えた宇宙が生まれた。それは限りなく彼女たちが元いた宇宙と同じ宇宙であった。


 そしてその宇宙は因果の鎖に引かれリコが元いた宇宙に接近していく。静かに、大質量の情報の塊が接近し、限りなく同一の二つの宇宙が、衝突する。閃光。巨大な情報体同士がぶつかり、スパークがそれぞれの宇宙を包む。情報同士の衝突はそれぞれを統合し、同一のものは同化し、相反するものは最適化処理の演算の末命題に沿ったものが確定事象として宇宙に残る。ふたつの宇宙全てを巻き込んだ途方もない情報のバトルロワイヤルが開幕した。10の34乗分の1秒後、決着。膨大な熱量を吐き出しながら、二つの宇宙が一つの新たな宇宙として再誕した。


 これが後にこの宇宙においてビッグ・バンと呼ばれることとなる現象である。そして新たに生まれた宇宙は再びかつての宇宙と同じ発展をしていった。


 38万年後。宇宙のどこか、見渡す限りの漆黒。ぽつんと、宇宙誕生の熱量によって溶かされ歪な形となった羅刹とリコであったものが浮遊している。巨大な人型オブジェクト。その身を紅の外殻で覆い、頭部と両手はあたかも人のように生白く生物的。それは唯一残ったノルンに会いたいという意識のもとに、将来あの青い水の惑星が生まれる場所へと飛翔する。それは途方もない、永劫にも近い旅だった。だが、決して止まることはなかった。唯一にして最大の、最も純粋な恋は、数億光年程度の距離で阻めるものではなかったのだ。


 138億年後。銀河系内、太陽系第三惑星、地球。西暦2079年、夏。ノルン・ルーヴがこの世界に生まれた日、その存在は辿り着いた。青い水の惑星の1点を貫く軌道エレベーター、その完成式典の日に。


 紅の外殻を纏う巨人は、ノルンを探した。地球のへその緒。止まり木で羽を休めるかのように、それは軌道エレベーターへと降り立つ。


 しかし、そこにいた原生生物はその巨人を敵と見なした。無数のミサイルと曳光弾が巨人に降り注ぐ。しかし宇宙誕生の熱量にすら耐えた、宇宙そのものでもあるその巨人にとって、それらは障害とならなかった。


 羅刹の残った機械としての機能が、軌道エレベーターの電波塔としての機能を探知する。ここを使えば、ノルンを探せるかもしれない。


 紅の巨人は軌道エレベーターを我がものとした。しかし、138億年という旅は、その体を確実に死へと近づかせていた。


ノルンも、照も、自分も、空にいた。だから、空を探さなければならない。


 巨人は残った時間を使い、宇宙と接続した際に得た情報をもとにDDLを用いてノルンを見つけるための手足を作り出した。自身と同じ紅の外殻に、気化DDLを充填した単一で飛行可能な自律稼働ユニットだ。


 しばらくして、ノルンや照の種族と自らの体が全く違うことに巨人は気付いた。飛行ユニットたちに情報の収集を命じた。その後自らと同じ飛行ユニットの制御機能を持つヒト型モジュール――のちにフェンリルと名付けられるものを生み出し、それにノルンたちとまた、対等の存在として会えるよう収集したヒトと呼ばれる原生生物のコピーの作成を命じた。かつてリコであった巨人は全てを託し自らの体をDDLへと還元。永遠の眠りについた。


 その後、飛行ユニットたちは空を探した。空にあるあらゆる存在を虱潰しに探した。

 各地の生物の情報を回収、研究を行い、それらへの変化を試みた。原生生物による攻撃を受けたが、それでも尚自己進化を続け命題達成のために探し続けた。邪魔をするものは排除し、中にいる存在を確認し、目的のものでなければこれも排除した。


 彼らは地球の原生生物にこう名付けられた。


 空虚なる宇宙からの使者、ベイカントと。


 そして数年後、空にノルンを見つける。彼らは全存在を以てノルンに会いに行った。しかし抱きしめる手を持たぬただの飛行ユニットはノルンを傷つけることしかできなかった。その反省から彼らは手を生み出し、ノルンを抱きしめられるよう進化した。


 照の存在も見つけた。だが別の存在に阻まれ、それを排除しようとした際に誤って傷つけてしまった。


 その後は、元の宇宙と同じ顛末を辿る。未宙とリザがベイカントの制御モジュールであるフェンリルを破壊、ベイカントが生み出していた少女の姿をした人型ベイカントを持ち帰り、それがノルンや照と出会い、リコと名付けられる。そしてその後、戦いの最中その少女は全てを失い、新たな宇宙を創造する。二人に会いたいという願いのもとに。


 かくして宇宙は西暦2103年を以て閉じた。いや、新たな宇宙が生まれ続けている以上閉じたという表現は適切ではない。だが人類の、彼女たちの、リコの、ノルンの、照の、未宙とリザの物語はここで138億年の永遠の環に閉じ込められてしまった。


 これは、少女たちが、最も愛した人たちと出会い続け、別れ続ける物語である。


 それでも、黎明は確かに近づいていた。




 NEXT


Project Silver 3rd Rebirth


『Silver Arrows』

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