0-0 夢現

 全ての始まりも、一人の少女の願いだった。第三次世界大戦から数十年が経過した2100年。ベイカントの襲来もない世界。人類は大深度地下より一体のヒト型存在を発掘した。『惑星ほしの意思』と呼ばれたその少女の姿をしたそれが、この宇宙の長きにわたるサイクルの始まりだった。


 日本の研究グループが発掘したそれは、意識を有していた。故にそれを監視・教育する人員が必要だった。そのメンバーの一人が、納戸のとてるだった。照はその存在を一人の少女として育てていった。


 それをどこからか嗅ぎ付け、単身日本に飛び込んできたのが、母の遺志を継ぎアメリカでジャーナリストをしていたノルン・ルーヴだった。


 はじめ、照とノルンの仲は険悪そのものだった。だが次第に二人は打ち解け、少女もまたノルンと交流を深め、照とノルンはその少女にとって家族のような存在になっていた。


 三人が出会って何度目かの春。少女を保護していた研究所が、何者かによる襲撃に遭った。それは一種のカルト宗教で、同じ研究所で開発されていたクレイドルシステムに対する反対運動がエスカレートした結果だった。


 その襲撃に偶然居合わせた照とノルンは死亡。研究所の防壁が破られ、その緩衝材として使用されていたDDLが少女の身に降り注ぎ、生身のままDDLと接続。そして、少女はその意思をもって三人が再び出会える宇宙を作り出した。


 次の宇宙。少女は誕生の業火に焼かれ、巨大な人型をしたものに姿を変えていた。肌は赤く焼けただれ、辛うじて人型と形容することのできる歪んだ四肢をもった存在に。

 

 感覚器官は触覚のみであったが、ただ異常発達した知識をもとに、声に似た音波の反射を体表で知覚し、体内のガスを噴射する反動によって原始宇宙を駆け抜け、地球へと到達する。そして人類から攻撃を受け、ベイカントを作り出し、次へ、次へ、次へ――


 では。DDLとは何か。DDLとは、剪定した枝宇宙の処理場である。


 人類が設定した西暦2100年の宇宙において生命という現象は――人類が知覚することではなかったが――さして珍しいものではなくなっていた。だが意識――即ち意思という無数の可能性分岐を生じさせる現象の外側にある概念を獲得していたのは人類だけだった。その意思を持つという罪を雪ぐため現象へと立ち向かった者たちの物語はまた別の話であるが、つまり地球上の人類が持つ意思という概念は宇宙の分岐の枝を無限に増やしていった。


 だがそれらは有限である宇宙のメモリを圧迫してゆく。故に一般的に近しい分岐の枝は収束・もしくは剪定され、切り取られた宇宙は夢という地球の生物が睡眠時に見る映像と言う形で消費、処理されていた。


 これまで大きな歴史の動きに合わせ増減していた可能性分岐は、第三次世界大戦によって爆発的に増加。更に宇宙に定められた『ノルンと照、リコの三人が出会う』という命題達成の時期が近づいたことも重なり、命題から少しでも外れる可能性のある分岐の枝を宇宙はそれこそ神経質なほどに全て剪定していった。


 それにより夢という形では消費しきれなくなった宇宙の残骸は主となる宇宙のメモリを再び圧迫し始めた。その問題の解決のために生まれたのが『物質化された可能性』による宇宙による宇宙のための宇宙残骸処理場増設計画である。


 物質化された可能性分岐宇宙をフォーマットして物質化、地球内部奥深くに生成することでメモリ圧迫の問題は解決された――人類がそれを掘り起こすまでは。


 愚かなる人類はそれを掘り起こし、DDLと名付け研究を始めた。それにより更に可能性分岐は増加、いたちごっこのようにDDLは生成され、人は処理が追いつかず剪定され処理される前の宇宙の情報を夢として消費することとなり、異様にリアルな夢を見ることが増えていった。そして138億年の末にリコはノルンと照に出会い、全てを失った末、新たな宇宙が誕生。これの繰り返しだった。




 だが。あの日。羅刹に乗り込んだリコがDDLによって融けた意識は、厳密にはリコだけではなかった。


 アダーを用いてノルンと1つになっていたリコの中に、確かにノルンは存在していた。それは小さな、無意識とも呼べるような小さなものだった。しかしそれは確かにノルンであり、故にその残滓はDDLの宇宙に確かに融け、膨大な熱量により焼き払われた末残った彼女の記憶は1バイトにも満たなかったが、新たな宇宙のノルンの意識に接続されていった。


 はじめはただの僅かな残りカスだった前の宇宙のノルンの記憶はしかし幾度となく宇宙が統合、再生産される過程で堆積していく。


 それが彼女が幼少より感じていた『自分の中にいる別の自分の声』の主だった。


 そして。更なる果てなき宇宙誕生の果て。1.5×10の14乗回目にして、点と点でしかなかったノルンの残滓が遂にこの先起こる全ての記憶を持ったノルンとして、ノルンの中に誕生した。しかしそのノルンはあくまで主体であるノルンを第一とし、これまで自分を助けた声以上のことはしなかった。


 そしてノルンはいくつかの喪失を超え未宙に出会い、恋をし、戦場へと赴く。


 それだけでなく、リコの中にあった照の記憶をはじめとした、記憶の中にある他者——それが正しくその存在かは断言できないが――の存在がもつ輪郭もまた記録として確かに堆積していた。


 1.5×10の14乗回目の2099年8月、銀の矢作戦オペレーションシルバーアロー。これまでの全ての宇宙と想いを以て、新たな世界を切り開く一瞬が始まろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る