2-7 燻る炎と

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本編前告知(できれば読んで)


 本作『Vapor Trail』原作アニメの劇場公開が決定となりました。声優を一新し8月30日より名古屋市の大須シネマにて2週間限定上映となります。詳細はFANBOX(https://ash.fanbox.cc/)か公式Twitter(https://twitter.com/Vapor_Trail_O)まで。


 更新は不定期ですが再開します。


 以下本編です。何卒。

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 戦争。その行為について私が実感として知っていることは非常に少ない。私が生まれた年からベイカントとの戦争が始まったものの激戦区でもなかったからか見えない敵と戦っているような感じで、どこか遠くのことのような感覚だった。


 その後実際に軍に入り、一人のセヴンスライダーとして終戦まで最前線で戦うこと約二年。それでも戦争というものに対する解像度が上がることはなかった。


 ベイカントは言葉を持たない。意識を持つかすらも不確かだ。では仮に彼らが意識を持っていたとしたら? きっと戦争と言うものに対する私の認識は変わらないだろう。セヴンスの密閉された無重力のコクピットに身体を預けコンピューターと繋がり情報の海に揺蕩たゆたっていた私には、現実感というものがなかった。先輩と飛べるという事実以外、どうでもよかったのかもしれない。だからきっと、戦争の相手が同じ人間だったとしても、そういった当事者意識というものは湧かなかっただろうと思う。


 第三次世界大戦以降、大国たちは表向き団結している。ベイカントから開放された中東~東南アジア諸国は国という概念が薄れ自治体による群雄割拠の混沌とした情勢らしいが、ベイカントという共通の脅威を前にパフォーマンスとしてだとしても、それら――特に太平洋沿岸の国々は平和を生きながらえさせてきた。しかしベイカントは敵ではなく研究対象となった。現在はどの国も主が不在となった軌道エレベーターの中を探索しようと、ベイカントの技術を研究しようと躍起になっている。宇宙から現れ、無尽蔵の兵力を持ち、自らを強化し続けた謎の存在。その力を自由に行使する事ができたならば、人類は新たなステージに移行することができるだろう――という理想論。それについては私たちも同じで、八洲は水面下でベイカントの研究を行っている。


「んで、その戦争と関連してなんだけど――これはちゃんとノルンちゃんに話とけって鈴ちゃんが言うからさ。」


 しかし私たちには一つの大きなアドバンテージがあった。リコと、天螺あまつみの存在である。銀の矢作戦オペレーションシルバーアローの後、秘匿されてきたそれらはしかし何故か噂というものはどこからか広がるもので、


「天螺の接収!? ってどういうことっすか」


「言葉通り。アメリカさんがどこからか嗅ぎ付けたっぽくてね――今回は何とか押し返したけど次は微妙かも」


 天螺あまつみ。正式名称、F/SX-02 天螺あまつみ弐型にがた。世界で唯一ベイカントの本拠地内部へと足を踏み入れたブラックボックス。未宙――先輩とリザを連れて行った鋼の悪魔。部屋の小窓からその機体の一部が見える。


「悔しいけど確かに今私たちはこの機体の解析ができてないからね――私にできないことがあいつらにできるとは思わないけどさ」


 コーヒー臭い息を吐きながらそうこぼす小糸こいと有須あるす。普段からちっこいと思っていたがいつも以上にその姿は小さく見えた。


「今うちらは表向きただの旧軌道エレベーターの監視のための機関だから。しらばっくれるのが限界なの」


「……リコのことは」


「分からない。多分向こうはまだそこまで知ってはいないだろうけど、少なくともあの日ここが軌道エレベーターから何かを持ち帰ったっぽいくらいまではアタリをつけてるんじゃないかな。というかこの前二人が襲われた時点で完全に黒だよ。ほんと無事でよかった」


 リコのことが露見すればどうなるかは自明だった。だから聞くことはなかった。


「……リコは、家族です。だから――」


「皆まで言うな少女よ」


 有須が急に芝居がかった口調でこちらを指さす。そもそも私はもう少女と言う歳でもない気がするが。


「彼女を守る方法ならある――リコくんを我らが八洲軍専属のパイロットとして登録する」


 開いた口が塞がらなかった。


「何、戦場に送るとかそういうわけじゃない。あくまで名目上。これ司令が言うべきなのに私が言えってうるさくてさ。民間人ではなく軍属にすることで守りやすくなるし――」


 間。私が口を開こうとするより先に、彼女が続ける。


「八洲軍、結構な数の子どもが軍人として登録されてたんだよ」


 そのことについては、薄々知っていた。未宙から聞いたリザのこともそうだが、私たちのいた孤児院の子どもたちはすべて登録上軍人だった。主に、クレイドル研究のための存在として。今の司令に変わってからはそれもなくなったそうだが、書類上はまだ子どもの軍人が多く存在している。


「案外ここもヤバいとこでしょ? 当然クレイドルを実装するための手術は必須。今の軍人でやってない人はいないからね」


 私個人に関して言えば、不服はなかった。しかし


「一応聞いときますけど、クレイドルを実装するのは小糸さんの興味じゃないんすよね?」


 それを聞いて彼女は微笑む。


「リコちゃんのことを守りたいのは本心だ。私だってあんないい子をどこの馬の骨とも知らん連中にくれてやるのは嫌だ。――けどねノルンちゃん。私はここでクレイドルシステムの研究をしてる人間だということを忘れないで欲しいかな」


 そこに邪気はなかった。ただまっすぐ、隠すことなく、私に考えるための情報を与えている真摯さだけがあった。




 夜。天螺が収められたドック。私は照といた。


「そうですか。天螺、アメリカに……」


 満身創痍の天螺。声が漆黒の闇に反響する。


「……なんていうか、私、少し安心してるんだ。ずっと先輩を追いかけて、何の確証も根拠もなく先輩にまた会うためにここに残ってさ……なんで、安心してるんだろ」


「……自分は、きっとそれが普通なんだと思います。なくしたものを忘れることで人は前に進めるし、たまにそれを思い出すことで人は自分の進んできた道を思い出せるんだ、と。それを教えてくれた人も、もういませんけど」


 いつになく照の声は落ち着いていた。ベイカントとの戦争で亡くなった者は多い。太平洋まで押し返した頃からは大分損耗率も低下していたが、最終作戦である銀の矢作戦オペレーションシルバーアローでは全参戦国の約4割のセヴンスが撃墜されていた。


「けどたまに、全部引きずったまま前に進もうとして、それができてしまう人がいる。そしてそういう人は大抵強いくせに脆い。だからそんな風になるなっても言ってました」


 照なりの精一杯の慰めなのだろう。きっと照も、何かを引きずったままここにいる人だ。それが何なのかを、私は問う気はなかった、。


「……なんか、ごめんね。……リコは?」


「よく寝てますよ。今日は検査だったので医務室の方で寝てます」


「わかった。……例の提案の話はどうする」


 リコを軍属として登録する、という提案。実際、少なくとも彼女の存在をはっきりさせる必要はあった。


「まともな大人、という立場からしたら反対です。けど合理的判断を行う軍人としては賛成です」


「照自身としては?」


「正直反対」


「だよね……」


「……ノルンさんはもう軍属じゃないんだし、リコを連れて日本に逃げますか?」


「それができたらいいんだけどね」


 リコはここの設備がないと生きられない。それに彼女をみすみす手放すほど、八洲と日本は馬鹿ではないだろう。


「……すみません」


「いいよ。……私としてはリコのことは賛成なんだ。勿論最後はリコの意思に委ねるけど。あの子の残りの時間を、できるだけ安全で楽しいものにしてあげたい」


「わかりました。……しかし」


 照がため息をつき、笑う。


「なんか子どものいる親みたいですね、私たち」


「みたいじゃなくて親だよ。私たちは、あの子の」


 照との付き合いも3年になる。出会った頃の狂犬のような姿も今はなりを潜め、たまに行き過ぎたところはあるがリコを愛するいい保護者だ。実際、先輩がいなくなってから彼女たちにはとても救われた。感謝してもし足りないほどに。


 なくしたものを忘れることで人は前に進み、それを思い出すことで人は進んできた道を思い出せる。照はそう言った。


 けど私はどうも、そこまで器用になれそうにない。




 翌日、リコは自身が軍人になることをあっさりと受け容れた。


 クレイドル実装手術は一週間後。接続テストはその二日後となった。


 そして、天螺がアメリカに渡る日が決定した。リコのクレイドル接続テストの日だった。立会人は司令と照。私は基地でリコを見守る。


 天螺に別れを告げることを、私はしなかった。


 基地の外は今日も強い日差しが照り付けている。オイルと潮風の混じったにおい。彼方に臨む旧軌道エレベーターだけが、あの日のまま停止している。 

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