1-2 帰着

 二〇六八年、人類は三度目の世界大戦を経験した。二つの陣営に分かれて行われたその戦争で、地球には四つの核による大穴が空いた。そしてすぐ、両者はこれ以上の犠牲を恐れ和平を結び、戦勝国のいない大戦として一か月足らずで終結した。


 国連は解体。新国連が発足し、彼らが主導となって太平洋の赤道上に国際軌道エレベーターの建造を開始した。宇宙に進出する我々が、地上で争っていてはいけない。これは未来と平和の象徴であるという題目を掲げて。そして二〇七九年に完成、そのセレモニーの最中、その存在は現れた。


 全長約500m、深紅の外殻に歪な四肢と翼を持った形状の、人体と獣を掛け合わせたような巨人。出現当初は軌道エレベーター周辺を周回するだけだったが、防衛システムによる攻撃を受けた途端攻撃を始め、一夜にして軌道エレベーターを占領した。その巨人はそれ以来一度も姿を現すことはなかったが、そこから出現する紅の飛行物体により、人類は新たなる戦争、人類史上初の外来生物との戦争に身を投じることとなった。人類はその敵性飛行物体を空虚な存在、ベイカントと呼称。セヴンスの開発により殆どの空を取り戻した現在においても、未だ旧軌道エレベーター周辺では苛烈な防衛戦が繰り広げられている。


 その戦争の最前線。旧軌道エレベーターから西へ約二千キロ。太平洋上にある巨大な円形の人工島。直径十キロ、高さ六百メートルの円筒が、八洲軍の対ベイカント迎撃用の前線基地だ。海上に露出しているのは上部の二十メートルのみ。各国に割り当てられた同型のオブジェクトは合計で八。それらが旧軌道エレベーターを囲むように円周上に配置され、それぞれが背後にある人類の領土を守るべくベイカントを抑え込んでいる。


 空から見ると、それはまるで海に空いた大穴だった。未宙は基地からの着陸許可を確認。レーダー誘導による自動着陸を試みる。基地の天井部は、巨大な滑走路と管制室があった。天螺あまつみは一切の無駄なく地に足をつけ、静止。ドックに続くエレベーターへ移動してゆく。背部の飛翔噴射翼と翼を折り畳み駐機状態へ移行。セヴンス用の大型エレベーターで基地内部へと降りてゆく。途中何度かの洗浄が行われ、放射線検査の後天螺とGleipnirのみが納められた特殊技術研究部のドックへたどり着いたのは着陸してから十五分後のことだった。毎度この全てのシークエンスを行う必要があるためテンポの悪さは感じるが、未宙にとっては一秒でも長くリザとともにいたかったからむしろ好都合だった。


 今日は、少し昔の話をしていた。リザが初めて孤児院に来た時のパーティーの話だった。緊張して声が上ずり、それ以降数日未宙の影に隠れて離れなくなった。リザは何故今その話をするの、と怒っていたがどこか懐かしそうで、未宙もまた、その想い出は決して忘れられるものではなかった。遠い、薄くもやのかかった想い出。だが未宙にとって、リザと過ごした時間全ては決して忘れることのできない宝物であった。

 エンジン出力を落とす。各種電源を切る。メインジェネレータ停止。外部電源に切り替わる。コクピットブロックの外殻ハッチが解放され、ホースが接続される。DDL(Different Dimension inclusion Liquidの略。異次元内包液。第三次世界大戦直後にマントル付近で発見された薄紫色の粘性を持った液体。組成は不明だが外部からのあらゆる力を吸収する機能があり、戦闘機のコクピット周辺を満たすことでパイロットへのG負荷を軽減する。一説では内部は別の次元に繋がっているとされている。)排出。遮断されていた重力が戻り自身の肉体に重力を感じる。


「じゃあ、リザ。また」


『うん。今日は会えてよかった。ゆっくり休んで』


「ああ――」


 クレイドル1の接続が切れる。視界が暗いコクピット内の自身のものに切り替わり、機体コンピューターと脳が切り離される。今まで分かっていた機体情報が分からなくなる。起動時の脳が拡張される感覚もそうだが、一人の体に戻るこの感覚も、中々慣れない。先ほどまでそこにいたはずのリザはもうどこにもおらず、コクピット内には未宙一人がただ座っているのみだった。


 少しして、外からコクピットのロックボルトが外れる音がした。空気の抜ける音とともにコクピットハッチがせり出し、透明なキャノピが開く。DDLの排出作業が終わり降機許可が下りたのだ。未宙は徐に首の後方に接続されたコードを抜き取り、コクピット横にあるドックの足場へ身を乗り出し、しかし意識がそこで薄れる。遠くから、誰かの声が聞こえる。自分の背中を預けられるような、安心する声だった。

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