0-1 散華
夜空を黒と赤の閃光が切り裂いてゆく。方や漆黒の外殻と一対の翼を携えた、戦闘機に手足と顔を生やしたような機械の巨人。方や獣のような頭部を持った無機物とも有機物ともつかぬ深紅の巨人。それらは音を置き去りにするほどの速度で舞い、交差し、駆けてゆく。
黒の巨人は満身創痍であった。頭部のバイザーは砕け赤いアイカメラが露出し、失った右腕からは血液のごとく紫の液体をまき散らしている。左腕に本来携えていた機銃の弾は尽き、それでもなお背部にある一対の翼に搭載されたエンジンを吹かし赤の巨人を追撃する。右肩にあしらわれた翼のエンブレムが月光を照り返し輝く。
対して深紅の巨人は不可思議なほどに傷一つなかった。左腕に滑空砲、右腕にチェーンソー。どちらも体の半分はあろうかという巨大な武器と同化した両の腕は健在。狼を連想させる攻撃的な頭部は依然として黒の巨人を狩ろうと鈍く光る。
今宵は満月、凪いだ水面に月光が映る。空と海がどちらかわからなくなるほどに。 幻想的と銘打つに相応しい夜だった。
黒の巨人が加速。左腕にマウントされた小型機関砲の照準を合わせる。しかしロックオン手前で深紅の巨人がバレルロール。その数舜後クルビット機動による急減速を行うが深紅の巨人は黒の巨人へ突撃。滑空砲の射撃。黒の巨人は大腿部のバーニアによりすんでのところで回避する。しかし一瞬、対象を見失う。一射一射が必殺級の一撃。しかしそれらは牽制に過ぎない。本命のチェーンソーが黒の巨人を襲う。急速離脱。掠るだけで骨格を抉り取る切っ先が掠める。闇にオレンジの火花が散る。深紅の巨人の追撃。紅い機体から蒼銀の火が噴射される。その刹那に姿は消え、黒の巨人のセンサ―がそれを感知した時、既にそれは背後にいた。振り下ろされたチェーンソーを的確に回避。音速で右から上から背後から下から繰り出される剣閃すべてを無為な行為に変えてゆく。最後に虚空に刻まれた剣の残光を見て、仕掛ける。
黒の巨人が攻めに転じる。関節を狙って弾を撃ち込むが全て難なく回避された。誘導だと気付いたのか人狼が後退。マガジンを交換する隙すら致命的だった決死圏でのやりとりが一時終わる。
たった二機による戦闘。しかし大気を叩き付ける彼らの機動と銃声、そして黒の巨人によるエンジン音で空域はあたかもハリケーンの最中のごとき様相を呈していた。音速を超えそれでもなお苛烈さを増す二機の攻防が、止んだ。
刹那の静寂。一秒か、一分か。
黒の巨人が機体出力を最大まで上げ急上昇。パワーダイブ。ヴェイパーコーンを生み、大気に爆音を轟かせる。
彼我の距離を消し飛ばす。本来この黒い巨人はこのような高速機動を想定して建造されていない。出力を限界まで上げ機体重量をそぎ落とした上で、高速機動戦に耐えうる情報処理を叶える操り手――黒の巨人の中枢、コクピット内にいる少女によって実現されたものだ。
残る弾薬を深紅の巨人の予測回避ポイントに向けて撃ち込む。しかし当然というように対象は回避。視界から見失う。がセンサーにより感覚的に敵の位置は理解できていた。
相手の動きを予測し制動すらせずに旋回、捉える。その時、ついにガタが来る。左の翼が折れた。しかし、よく持った方だと言わんばかりに残りの燃料全てをつぎ込み加速する。軌道を再計算。銃口を向け照準を合わせさらに加速して誤差修正、引金を引く。
黒の巨人が放った弾丸は虚空を貫き。
深紅の巨人のチェーンソーは、黒の巨人の胸部――コクピット――を的確に貫いていた。
戦場の時が止まる。月は天頂に座し、夜風は冷たく、かつて人類のものであった空を吹き抜ける。
チェーンソーを引き抜く音が一瞬、その静寂を破り、今度こそついに終局。
落ちる。海へ。深紅の巨人が彼方へと消えてゆく。体が言うことを聞かない。コクピットが破壊されたはずなのに、自分は死んだはずなのに、なお視界があることが不思議だと、漠然とした疑問が浮かぶ。
しかし、そんなことがどうでもよくなるほどに、今日の月は綺麗だった。青い月だった。きっと昼間なら、どこまでも広がる青空が見えるのだろう。ああ、これをあの人と見たかった。暗闇に落ちてゆく意識の中で、黒い機械の巨人は手を伸ばす。縋るように、何かを手繰り寄せるように。どこかにいるはずの、愛したひとを求めるように。
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