なほあまりある 9


「なんか、面白い奴だったなー」


 空を見上げるように言った弘人の声が、周りの空気に溶け込む。


 しばらくは込み上げる少しの嬉しさを噛み締めながら歩いていたが、「そういや!」と叫んだ弘人の言葉でその空気は壊れてしまった。


「さっき、逆ナンされたとかって言ってなかったか?」


「聞いてたのかよ」


 昭仁の友人達に夢中で、俺と昭仁の話は聞いていないのだと思っていた。


「その娘とも、その……」


 そこで言葉を途切らせた弘人が、次を出せないままで固まっている。


「その娘って言うか、女子大生だったけどな」


 突っ込むように言うと、ギッと弘人が睨んできた。それに笑い返して、「まあ妬くなって」と背中を叩いた。


「妬いてねぇ!」


 プイッとそっぽを向いた弘人が、歩きながら何度も「バカじゃねぇ?」を繰り返す。その度に「バカはお前」と、律儀に返した。


 弘人が何を訊きたいのかは、最後まで聞かなくても解った。


 ――『その娘とも、キスしたのか?』


 訊かれてしまったら、嘘は吐けないから。弘人には、嘘を吐きたくないから。


 だから。解っていて、はぐらかした。

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